第三十六話 帰還
「これが、オリハルコン本来の輝きか……!!」
エルマールを旅立ってから、はや一週間。
ラージャに帰還した俺たちは、さっそく工房を訪れていた。
こうして俺たちから短剣を受け取ったバーグさんは、目を大きく見開く。
よっぽど衝撃を受けたのだろう、目玉が飛び出してしまいそうなほどだ。
彼は欲しかったおもちゃを受け取った子どものように、そわそわと落ち着かない仕草をする。
「これを取ってくるのに、ほんと苦労したんだぜ」
「まさか、あんなことに巻き込まれるとは思いませんでしたからね」
エルマールでの出来事を思い浮かべながら、俺は大きく肩をすくめた。
簡単にオリハルコン製の短剣を譲ってもらえるとも思っていなかったが、あれは予想外である。
特にベルゼブフォとの戦いなんて、流石の俺も死ぬかと思った。
「まあでも、無事に帰ってこれたんだし良かったんじゃない?」
「そうですね、誰も怪我とかしませんでしたし」
「ついでに、エクレシア画伯にも認められたことだしね!」
あれは、そういうことで良かったのだろうか……?
喜ぶクルタさんの言葉を、俺は素直に肯定することができなかった。
勝負には勝ったけれど、最後まで滅茶苦茶ごねてたからなぁ……。
すると渋い顔をしている俺を見かねたのか、ライザ姉さんが笑って言う。
「なに、騒いではいたが認めているさ。エクレシアはそういう子だ」
「そういうものなのかな……?」
「ああ。本当に拒否するときは、あの三倍はごねるからな」
「……あー」
駄々をこねるエクレシア姉さんの姿を想像して、俺は思わず納得してしまった。
本当にダメな時の姉さんは、物凄く荒れるからなぁ。
それに、絵画技法を使ってこなかったのも今からしてみれば不自然だ。
俺を絶対に止めるつもりならば、あれを使えば一発だったはずだ。
「しかしそうなると……。とうとう全員に認められたってことか?」
「あっ……! そうですね!」
ロウガさんの言葉に、俺はポンと手を突いた。
ライザ姉さん、シエル姉さん、ファム姉さん、アエリア姉さん、エクレシア姉さん。
これで、五人全員の試練を乗り越えたことになる。
ということは、もう姉さんたちの試練に悩まされることもない。
自由だ、俺はとうとう真の自由を手に入れたぞ……!!
「あはは、あはははは……!! とうとう俺は、解放された……!!」
俺は思わず、その場でステップを踏んだ。
こんなに嬉しいことは久しぶりだ。
気分が高揚して、そのままどこかに飛んで行ってしまいたいような気分である。
「よっぽど、自由になったのが嬉しいんだね」
「ま、あんな姉ちゃんが五人もいたらそうなるだろ」
「いろいろと無理難題を押し付けられてましたからね」
「ああ、特に――」
「いま私のことを見なかったか?」
「……そ、そんなことはないぞ!」
ジロリと睨みを利かせた姉さんに、肩を震わせるロウガさん。
するとここで、バーグさんがごほんっと咳払いをする。
いけない、すっかり身内で話し込んでしまった。
俺たちは慌てて彼の方へと向き直る。
「ひとまず、材料はこれで十分だ。二週間もあれば聖剣の復元ができるぞ」
「む、思ったより時間がかかるんだな」
「オリハルコンを溶かすには、特別製の炉で十日はかかるんでな」
バーグさんは工房の奥にある巨大な鉄の筒のようなものを指さした。
その背後からは太いパイプが何本も伸びていて、パイプオルガンにどこか似ている。
そう言えばこんなもの、前に来た時はなかったな。
オリハルコンを扱うために、新設したもののようだ。
「こいつはすごいぜ。後ろのパイプを使って、自動で吸気されるようになってんだ。
しかも、今まで使っていた炉の倍以上の高温に耐えられる」
「へえ……! 流石オリハルコン、道具まで一流の品を揃えないとダメなんですね」
「あたぼうよ。ま、とにかく全部任せてくれ。バッチリ仕上げてやるよ」
こうしてバーグさんに短剣を預けた俺たちは、彼の工房を後にした。
二週間後か、ちょっと時間がかかるけど今から楽しみだな。
あの錆びた剣が、一体どんな姿に生まれ変わるのか。
想像しただけでもワクワクしてしまう。
「きっと、修理された聖剣は何でも切れるんだろうなぁ」
「一度、試し切りをしてみたいものだ」
「姉さんが使ったら、逆に切れすぎて危ないんじゃなかな?」
「ははは、それはそうかもしれん。しかし……」
急に、姉さんの表情が険しくなった。
彼女は俺の方を見ると、ひどく真剣な調子で語る。
「魔族の動きがどうにも気にかかる。聖剣が修理されるまでの間、何もないといいのだが」
「そう言えば、ヴェルマールでも暗躍してたみたいだね」
「ああ。もしアルカのような者が攻めてきたら、厄介なんてものではないからな」
アルカというのは、以前に姉さんが対峙した魔王軍の幹部である。
本調子ではなかったとはいえ、姉さんを相手にほとんど引き分けまで持ち込んだ強者だ。
もしあんなのが何人も来たりしたら、とんでもないことになる。
「まあでも、今まで来なかったから大丈夫なんじゃねえか?」
「そうそう。魔王軍内部でも派閥争いがあるみたいだし」
珍しく弱気な姉さんの一方で、楽観的な見方をするロウガさんとクルタさん。
確かに、今まで来なかったのだから急に来るとは考えづらい。
でも、姉さんの勘ってこういう時はだいたい当たるんだよな……。
「とりあえず、ギルドに行って最新の情報を聞いてみましょうか。何か動きがあるかもしれませんし」
「そうだな。最近、ルメリアちゃんとも話してないし」
「ロウガがまーた受付嬢をナンパしようとしてる」
「冗談だって! あーほら、いくぞ!」
誤魔化すように走り出すロウガさん。
こうして俺たちは、久しぶりにラージャのギルドに顔を出すのだった。
そこで思わぬ知らせが待ち受けているとも知らずに……。




