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第三十二話 人魚の女王

「うぐっ……!! すごい圧力だ……!!」


 波が膜へと到達した瞬間、魔力の消費量が跳ね上がった。

 急激に魔力を吸い上げられた俺は、力が抜けて倒れそうになる。

 思っていた倍、いや三倍ぐらいの負荷だ……!!

 こりゃ、気を抜いてたらあっという間にぶち抜かれるぞ!


「……もう、ダメ!」

「お姉さま……!」


 再び倒れそうになるクルタさんを、ニノさんが慌てて支えた。

 しかし、彼女自身も息を荒くして辛そうだ。

 このままでは、直に共倒れになってしまうだろう。


「うぅっ……!!」

「みんな、あともう少しなのです……!!」


 続いて水上からは、人魚さんたちの悲鳴が聞こえてきた。

 俺やクルタさんたちに次いで魔力を供給してくれている彼女たちは、他と比べて負担が大きいようだ。

 中には、あまりの消耗に耐えかねて水に沈み始める人魚さんまで現れる。


「はあぁ……!! うおおおおっ……!!」


 身体の芯に力を込めて、どうにか魔力を絞り出す。

 既に限界をいくらか超えているのだろう、容赦のない倦怠感と激しい頭痛が襲ってきた。

 痛い、頭を鉄で殴られたみたいだ……!!

 あまりの苦痛にうめき声が漏れるが、今倒れるわけにはいかない。

 ここで俺が倒れたら、すべてがおしまいなのだ。

 

「はぁ、はぁ……!!」


 あとほんの数十秒。

 それだけ耐えることができれば、波は収まる。

 しかし、その数十秒が今の俺にとっては果てしない。

 普段なら意識すらしない時間が、さながら永遠のように感じられる。

 ほんの少し、ほんの少しだというのに……届かない……!!


「もう……持たないぞ……!!」


 いよいよ耐えきれない。

 俺がそう思った瞬間、にわかに負担が軽くなった。

 姿の見えない何者かが、急激に魔力を供給し始めたのだ。

 そして数秒後、町全体を呑み込むようだった水の壁がふっと消えていく。

 どうやら俺たちは、無事に大波を乗り切ったようだ。


「やった、やったぞ……!!」

「街を守ったんだ!!」


 やがて俺たちの後ろにいた人々が、次々と歓声を上げた。

 俺も喜びの声を上げたいが、疲れすぎてそれすらできない。

 そのままストンとその場に腰を下ろすと、深呼吸をしてどうにか呼吸を整える。

 ここまで魔力を絞り出したのは、シエル姉さんと特訓した時にもなかったことだ。


「大丈夫か、ノア?」

「ああ、姉さん……」


 やがて戻ってきたライザ姉さんが、心配そうに声を掛けてきた。

 ……よっぽど俺の顔色が悪いのだろうか?

 いつもの厳しさはどこへやら、ずいぶんと優しげな雰囲気である。

 俺はその呼びかけに対して、かろうじて言葉と頷きを返す。


「ポーションだ、飲め」

「ありがとう……」


 手渡されたポーションを呑むと、すぐに体が楽になり始めた。

 ……これ、もしかしてエクスポーションか?

 かなり高級品のはずだけど、流石はライザ姉さんだな。


「だいぶ楽になったよ、姉さん」

「良かった。これからはあまり無理をするんじゃないぞ。お前、死にそうな顔をしていたからな」

「……そんなにヤバかったの?」

「ああ。ゴブリンみたいな色をしていた」


 ライザ姉さんの例えに、俺は思わず吹き出してしまいそうになった。

 確かに、そんな顔をしていれば心配にもなるだろう。

 こうして俺が笑っていると、今度はエクレシア姉さんとクルタさんたちが近づいてくる。


「ふぅ、何とかなって良かったよ! またジークに助けられたね」

「街を一つ救っちまうとはな、やっぱり大したもんだよ」

「……でも、勝負は別。勝たない限りは認めない」


 俺を褒めるクルタさんたちの一方で、エクレシア姉さんは妙に冷静だった。

 いや、これは冷静に見せようとしているのか……?

 言葉や表情こそ落ち着いているが、眼鏡がズレてしまっていることに気付いていない。

 どうやら、危機を乗り切って精神が大いに緩んでいるようだった。


「勝負はもちろんやりますよ。それより、さっきすごい魔力を感じたんですけど……」


 そう言うと、俺は改めて周囲を見渡した。

 しかし、先ほど感じたような膨大な魔力の持ち主は見当たらない。

 さっきの感じからすると、シエル姉さんにも匹敵しそうなぐらいだったのだけど……。

 そう思ってさらに探知範囲を広めると、水面下に大きな魔力を感じた。

 これは、もしかして……!!


「よく頑張りましたね、人の子よ」


 やがて急速に浮上した魔力の持ち主は、ザブンっと湖面を割って姿を現した。

 大きな槍を手にした、威厳のある人魚さんである。

 その身体は他の人魚よりも一回り大きく、さらにその頭には美しい珊瑚の王冠が輝いていた。

 どうやら彼女が、人魚の女王であるようだ。

 その登場に合わせるように、他の人魚たちが深々と頭を下げる。


「で、でっけえ人魚!?」

「ほんとにいたのか……!」

「こりゃ、すげえ美人さんだなぁ……」


 女王の姿を見て、街の人々は大いに驚いた。

 さらに彼らは、桟橋の下に人魚たちが集まっていることに気付いて眼を見張る。

 魔法を展開するのに必死になっていたため、今まで人魚さんたちがいたことを知らなかったようだ。


「あなたが、さっき俺たちを助けてくれたんですね? ありがとうございます」

「いえ、礼には及びませんよ」


 そう言うと、女王は過去を懐かしむように遠い眼をした。

 そして、エルマールの街並みを見て楽しげに語り出す。


「ここは私たちにとっても大切な街ですから。

 この街の礎を築いたヴァルデマール家の初代とは、浅からぬ縁があるのです」


 ふと、胸元からペンダントのようなものを取り出す女王。

 そこには紳士然とした男性の絵がはめ込まれていた――。


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