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第三十話 力を合わせて

 ラミア湖の湖畔に位置するエルマール。

 古くから湖水を利用した交通の要衝として栄え、芸術の都としても知られる街である。

 圧政の影響で活気は失われていたが、それでも人口は三万を超える大都市だ。

 この街がいま、未曽有の危機に瀕していた。


「……あ? なんだぁ、ありゃ?」


 最初に異変に気付いたのは、港の桟橋で寝転がっていた男であった。

 酔いつぶれて酒場を追い出された彼は、そのままフラフラと港に入り込んだ。

 そして桟橋に横たわって涼を取っていたところ、耳慣れないゴーッという唸りを聞いて起き出したのだ。


「……波?」


 街に迫ってくる黒々とした何か。

 悪酔いしていたこともあり、男はそれを見間違いだと思っていた。

 しかし、だんだんと意識が覚醒するにつれてそうではないことに気付いてしまう。


「……いいっ!? や、やべえ!!」


 ――巨大な波が、街を吞み込もうと迫ってきている!

 男は慌てて走り出すと、まだ営業していた酒場へと駆け込んだ。

 そして、息も整えないまま声の限りに叫ぶ。


「波だ!! でっけえ波が街に迫ってきてる!!」


 男の叫びに、酒場にたむろしていた客は大笑いした。

 いくら大きいと言っても、ラミア湖は海ではない。

 まして天気は快晴、波など来るはずもなかった。

 

「酔っぱらって夢でも見たか?」

「道で寝るからそんなことになるんだよ」

「おっさん、もうボケてるんじゃねーか?」

「違う! お前らも外を見てみろ! 早くっ!!」


 男の声の大きさに、場の空気が白けた。

 何人かの客たちがうんざりした様子ながらも、外に出て湖を確認する。

 すると遥か彼方に、はっきりと巨大な波の壁が見えた。

 微かに、風に乗って滝のような轟音が聞こえてくる。


「……マジかよ」

「あ、ありえねえ! んだよこりゃ!!」

「早く、早く逃げねえと!!」


 瞬く間に恐怖が広がり、周囲はパニック状態へと陥った。

 酒場の客を中心に始まった騒動は、みるみるうちに街全体を呑み込んでいく。

 すっかり寝静まっていた街が、にわかに恐ろしい喧騒に包まれる。


「逃げろ、とにかく早く!」

「逃げるったってどこに! この辺一帯、全部低地だぞ!」

「領主様の城があるだろ!」


 やがて群衆は、街で一番の高台である領主の城へと殺到した。

 しかし、彼らの行く手を巨大な門と衛兵たちが阻む。

 

「お前たち、下がれ! この先は立ち入り禁止だ!」

「何を言ってるんだ! あれが見えねえのかよ!!」

「我々は何人たりとも、城に入れてはならないという命を受けている。下がれ!」

「んなこと聞いてられっか!! 領主様を出せ、お前らでは話にならねえ!」


 そこかしこから、領主を出せと怒号が上がった。

 衛兵たちは何とか彼らを押しとどめようとするが、そう簡単には止まらない。

 なにせ、命がかかっているのだ。

 せめぎ合いはみるみるうちに激しくなり、やがて双方ともに武器を手にする事態となる。


「領主様はおられん! いまは出かけておられるのだ!」

「信じられねえな! 自分だけ引きこもってるんじゃねーのか?」

「そうだ、あの方はいつもそうだ! 俺たちばっかり苦しめやがって!」


 一触即発。

 群衆がいよいよ暴徒と化そうとした時であった。

 どこからともなく、少女の声が響いてくる。


「落ち着いて」

「これは……エクレシア殿!」


 人波を割って現れたのは、エクレシアであった。

 彼女は衛兵たちの前に立つと、いつになく強い口調で告げる。


「ここをどいて。この人たちを中に入れてあげるの」

「しかしですね、我々は領主様から……」

「レオニーダ様はここにはいない。だったら、決定権があるのはあなたのはず」


 エクレシアはスッと、衛兵隊長の額を指さした。

 皆から一斉に視線を向けられた隊長は、その圧力に耐えかねて冷や汗を流す。

 これほど重要な判断を下すのは、彼の役職からすると本来はあり得ないことであった。


「……わかった。城を解放する、まずは老人と子どもを優先だ!」

「おおおおおっ!!!!」


 たちまち拍手が巻き起こり、人々は城の中へとなだれ込んだ。

 こうして避難が始まったのを見届けたところで、エクレシアは残った人々に声を掛ける。


「この中に、魔法を使える人はいる?」


 彼女の呼びかけに対して、何人かが手を上げた。

 思ったよりも人数がいたことに、エクレシアは満足げに頷く。


「なら、あなたたちは私について来て。あれを止めに行く」

「無茶言わないでよ! あんなの止められるわけないじゃない!」

「そうだ、いくらなんでも無理だ!」


 エクレシアの発した言葉に、反発する人々。

 魔法の心得のある彼らだったが、あれほどの波を前に何かができるとは思えなかった。

 するとエクレシアは、自信ありげに言う。


「平気。私たちは協力するだけ」

「……その言い方だと、もう誰かが止めようとしているってことですか?」

「ええ。私の弟と仲間が、今動いているはず」


 実のところ、エクレシアはノアたちの動きを知る由もなかった。

 互いの宿の場所すら知らない有様である。

 しかし、エクレシアはノアのことを絶対的に信頼していた。

 このような事態を黙って見過ごすはずがないと。

 そして、あの大波をどうにかできるだけの手段を持っているはずであると。


「だがなぁ……」

「いくら、エクレシア様の言うことでも……」


 エクレシアの言葉を聞いてもなお、動きの鈍い人々。

 見かねたエクレシアは、とうとう奥の手を使うことにした。

 彼女はマジックバッグの中から、剣を振り上げた勇者の絵を取り出す。


「こうなったら、奥の手。みんな、これを見て」


 たちまち、エクレシアの取り出した絵に眼を奪われてしまう人々。

 彼らの中で、大きな高揚感と戦意が沸き起こる。

 それは次第に拡散し、やがて抑えきれないほどの熱となった。

 そこへさらに、エクレシアが発破をかける。


「みんな、この美しい街を守る。今こそ立ち上がる時!」

「おおおおおっ!!!!」


 こうしてエクレシアたちは、魔法を使える者たちを連れて港を目指すのであった――。


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