表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/301

第二十九話 大波

「……まずい、自爆する気か!」


 見る見るうちに膨れ上がっていくベルゼブフォの身体。

 風船のように薄く延ばされた皮膚の内側では、膨大な魔力が渦巻いている。

 ……こんなのが破裂したら、ここら一体が吹っ飛ぶぞ!

 高まり続ける魔力に、俺はたまらず冷や汗をかく。


「みんな、こっちだ! とりあえずあの船に乗れ!!」


 姉さんも危険を察知したのだろう。

 レオニーダ様の軍船を指さし、すぐに移動するように皆に促した。

 とりあえず、このまま何もない場所にいるよりはいいだろう。

 俺たちは可能な限り急いで船まで泳いだ。

 ――ミシ、ミシッ!!

 ベルゼブフォの巨体から、何かが軋むような音が聞こえてくる。

 限界を超えて膨らんだ骨格が、今まさに悲鳴を上げているようだ。


「止まるな、急げ!!」

「ひいぃっ……! ど、どうしてこんなことに……!」

「手を止めないで! そのまま登り切ってください!」


 いまにも破裂しそうなベルゼブフォの身体を見て、泣き言を漏らす漁師さん。

 動きを止めてしまった彼の背中を、ニノさんが懸命に押す。

 そうしていると、不意に甲板から縄梯子が降ろされた。


「これをお使いください」

「テイルさん……」

「さあ、早く! いまは余計なことを考えている場合ではありません」


 思うところはいろいろとあったものの、俺たちは素直に縄梯子を使うことにした。

 そうしてどうにか全員が昇り切ったところで、周囲から音が消えた。

 嵐の前の静けさとでもいうのだろうか。

 にわかに風が止まり、周囲に異様な虚無が満ちる。

 そして――。


「うおっ!?」

「まずい! みんな、姿勢を下げて!!」

「ひぎいいぃっ!!」

「やべえぞこれは!!」


 閃光、爆音、押し寄せる暴風。

 船が大きく揺さぶられ、俺たちは危うく放り出されそうになった。

 それを何とか船縁につかまってやり過ごそうとするのだが、そこへ容赦なく波が襲い掛かってくる。

 爆発の影響で起きた高波が、船を飲み込んだのだ。


「ぐおっ!?」

「ロウガさん!」

「やばっ……! もう限界……!」

「クルタさんまで!」


 圧倒的な水の暴力。

 それによって、ロウガさんたちが次々と流されて行ってしまった。

 俺はどうにか耐えていたものの、やがて船自体が壊れ始める。

 魔力を流して材質を強化するものの、元がただの木材では限界があったようだ。

 やがて竜骨が折れて、船体が折れてしまう。


「くっ! どうすれば……!!」


 懸命に思案しながらも、身体が激流に呑まれていく。

 まともに息をすることができず、次第に意識が朦朧とし始めた。

 俺は……このままおぼれて死ぬのか……?

 視界が黒く染まっていく中、そんな考えが脳裏をよぎった。

 だが次の瞬間、俺の背中を誰かが強く抱きしめる。


「しっかりしてください! 人間さん!!」

「この声は……!」


 閉じてしまっていた眼を開くと、そこには美しい少女の顔があった。

 この眼は間違いない、サマンさんだ!

 集落への連絡を済ませ、戻って来てくれたらしい。

 俺はそのまま彼女によって水面まで引き上げられ、俺は思いっきり息を吸い込む。


「ぷはぁ! サマンさん、ありがとうございます!」

「いえいえ、お友達を助けるのは当然ですから」

「……あの、厚かましいお願いなんですけど。他のみんなも助けてもらえませんか、さっきの大波ではぐれてしまって……」


 俺がそう申し出ると、サマンさんは柔和な笑みを浮かべた。

 そしてそのまま、何かに呼び掛けるかのようにそっと手を振り上げる。

 すると、たくさんの人魚たちが一斉に浮上してきた。


「うわぁ……! サマンさんのお仲間ですか?」

「はい! 何かあるかもしれないと思って、みんなに来てもらいました!」

「ありがとう! いい判断だよ!!」


 俺は心の底からサマンさんに感謝した。

 もしここで彼女が仲間を連れて来てくれなかったら、誰かが死んでいたかもしれない。

 そんなことになったら、悔やんでも悔やみきれなかっただろう。

 俺は彼女の手を握ると、改めて深々と頭を下げる。


「本当に、本当にありがとう!」

「あはは、そこまで頭を下げないでくださいよ。こっちが緊張しちゃいます」

「おーーい! 大丈夫かー!!」


 やがて遠くから、ロウガさんの声が聞こえてきた。

 姉さんたちはもちろん、テイルさんやレオニーダ様まで一緒である。

 どうやら全員、サマンさんの仲間によって無事に救出されたようだ。


「良かった……。これで一件落着だね!」


 皆の無事な姿を見て、ほっと胸を撫で下ろすクルタさん。

 何はともあれ、これで一件落着。

 あとはレオニーダ様たちに事情を聴いて、騎士団に引き渡せば……などと思っていると。

 ニノさんが青い顔をして、彼方の湖面を指さす。


「待ってください! 波が、波が消えてません!」

「え? ああ、そうみたいだなぁ」

「そうみたいじゃありません! もっとよく見てください!」


 ニノさんに言われて、目を凝らすロウガさん。

 すると彼の表情がたちまち凍り付いた。

 俺たちもロウガさんに習って、ニノさんが指さす先をよーく見てみると……。


「あ、あれは……!!」

「厄介なことになったな……!」


 黒い波頭の向こうに、煌々と輝く無数の灯。

 波に吞まれようとするエルマールの街の姿が、そこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ