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第二十三話 大悪魔

「まさか、封印を解こうとしてるのか?」


 彼方に浮かぶ船を見ながら、冷や汗を流すロウガさん。

 そう言っている間にも、三度、爆音が響いた。

 船から岩場に向かって閃光が迸るのが見える。

 薄暮の空を切り裂く青白い光に、俺たちはたまらず息を呑んだ。

 間違いない、どこの誰だか知らないが結界を攻撃している!!


「まずいですよ! 大悪魔が目覚めたら、みんな殺されちゃいます!!」

「こりゃ、すぐ止めないと大変なことになりそうだね!」

「ああ! ノア、船を出せるか?」

「任せてください!」


 姉さんの問いかけに、俺はすぐさま頷いた。

 そして船縁から身を乗り出すと、湖面に手をついて魔力を練り始める。

 たちまち水面が波立ち、こぽこぽと泡が浮かんできた。

 するとサマンさんが、船から飛び降りて言う。


「私は族長に知らせてきます! 皆さん、どうかお気をつけて!」

「うん、そっちは任せたよ!」

「はい!」


 大きくジャンプして勢いをつけると、そのまま一気に湖底まで潜っていくサマンさん。

 俺も彼女に続くように、すぐさま魔法を発動する。

 水面が大きく盛り上がり、船体がにわかに傾いた。


「うおっ!?」

「しっかりつかまってください! 飛ばしますから!」


 波に乗せるような感覚で、勢いよく船を進める。

 乗り心地はお世辞にも良いとは言い難いが、これが最速の方法だった。

 大きな船体が豪快に風を切り、飛沫が頬にかかる。

 やがて正体不明だった船影が大きくなり、その全容が明らかとなる。


「でけぇ……! 完全に軍艦だな!」

「帆がないですね。代わりについてるのは、水車でしょうか?」

「外輪船というやつだな。前に、見せてもらったことがある」


 いくら広いとはいえ、湖で運用するにはあまりにも大きな船だった。

 ガレオン船からマストを取り払い、その両舷に大きな水車を取り付けたようである。

 頑張れば大人が五十人ぐらいは乗り込めそうだ。

 しかもその艦首には、人が中に入れそうなほどの巨大な大砲が据え付けられている。


「おーーい!! 何やってるんだ、やめろーー!!」


 甲板で作業をしている男たちに向かって、俺は思いっきり声を張り上げた。

 しかし、彼らは構うことなく作業を続ける。

 やがて船楼から巨大なクリスタルを持ち出した彼らは、大砲の横の台座に据え付ける。

 クリスタルの中で光が弾け、砲身が唸りを上げ始めた。

 まずい、また攻撃するつもりだ!!


「ちっ! 仕方がないな!!」


 軽く舌打ちをすると、ライザ姉さんが一気に飛び上がった。

 彼女はそのまま甲板に乗り込むと、光を放ち始めた大砲に斬りかかった。

 飛び散る火花、ザラリと響く摩擦音。

 最後に剣を鞘に納める音が、キンッと小気味良く聞こえた。

 それにやや遅れて、砲身に溜まっていた魔力が解放される。

 爆発が巻き起こり、炎が艦首を飲み込む。

 この間、わずかに一秒ほど。

 まさしく目にも止まらぬほどの早業であった。


「う、嘘だろ!?」

「なんだ、見えなかったぞ!」


 あまりに突然のことに、これまでこちらを無視していた男たちが戸惑いの声を上げた。

 無理もない、ここまでの早業ができるのは姉さんぐらいである。

 俺がやったら、たぶん二倍ぐらいは時間がかかってしまうだろう。


「と、とにかく消火だ! 急げ!!」

「いや、その前にあの女を何とかするんだ!」

「待て、あんなのを止められるわけないだろ!!」


 練度がさほど高くないのだろうか、混乱状態に陥る男たち。

 しかしここで、船楼の中から凛と力強い声が響いた。


「落ち着かぬか! これだから傭兵どもは……」


 やがて姿を現したのは、黒いドレスに身を包んだレオニーダ様とテイルさんであった。

 ……これはいったい、どういうことなのか?

 どうして、ラミア湖を治めるヴァルデマール家が悪魔を復活させようとしている?

 俺たちの頭の中で、たちまち無数の疑問が沸き上がる。


「レオニーダ殿! これは一体どういうことだ!」


 俺たちを代表して、ライザ姉さんが声を上げた。

 するとレオニーダ様は、扇で口元を押さえながら微笑む。

 その顔はとても穏やかな物であったが、瞳の奥からただならぬ情念のようなものを感じられた。

 

「ふふふ、焦らずともすぐに分かりますとも。……さあお前たち、夜が来るぞ!!」


 手を高々と振り上げ、声を上げるレオニーダ様。

 やがて太陽が沈み、入れ替わるようにして月が昇り始める。

 青白い光に湖面が照らされ、やがて岩場の周辺が淡く輝き始める。

 

「霧……?」


 やがてどこからか霧が出てきた。

 いつの間にか、視界はすっかり白に呑まれて隣の人の顔すらぼやけてしまう。

 そして、先ほどの攻撃の影響だろうか?

 時折、バチバチッと空中で火花が飛び散って景色が歪んだ。


「いでよ! 大悪魔ベルゼブフォよ! 今こそ封印を破り、その姿を見せるのだ!」


 そう言って、レオニーダ様は胸元から小さな石のようなものを取り出した。

 その内側では怪しい光が蠢き、魔力の高まりを感じられる。

 ……あれは、魔石か?

 それにしては大きさの割に魔力が強すぎる。

 ひょっとして、魔石に無理やり魔力を注入して暴走させようとしているのだろうか?

 だとしたら……!!


「危ないっ!!」


 俺が叫ぶと同時に、放り投げられた魔石。

 ゆったりと弧を描いたそれは、内に秘められていた膨大な魔力を一気に解放した。

 迸る閃光、吹き抜ける風。

 たちまち周囲に立ち込めていた霧が吹き飛び、そして――。


「グオアアアア!!!!」


 恐ろしい叫びが、夜空に響き渡るのだった。

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