第二十話 顔
「申し訳ありませんが、誰も中に入れるなとの仰せでして……」
城門の前で立ち往生していると、脇の詰所から門番たちが出てきた。
俺はすぐさま彼らに事情を尋ねるが、知らないの一点張り。
その焦燥ぶりから、どうやら本当に何も知らされていないようである。
「……仕方ないな、ここは退くしかなさそうだ」
「そうですね。お騒がせしてすいませんでした」
「いえいえ。我々としても、急な命令でしたので戸惑っているぐらいで」
「そう言ってもらえると助かります」
こうして俺たちは、ひとまずヴァルデマール家の城を後にした。
あの宝物庫にある美術品を、もう一度見せてもらえればいろいろと参考になったのだけど……。
城自体に入れてもらえないのであれば、どうしようもない。
「こうなったら、他の場所で題材を探そう。そうだな、やはり湖畔などいいのではないか?」
そう言うと、ライザ姉さんは遥か彼方に見える湖面を指さした。
確かに、大陸でも有数のリゾート地なだけあって実に見事な光景である。
あれを題材とすれば、傑作が描けることは間違いないだろう。
「うーん、でもちょっとあり来たりじゃない?」
「お姉さまの言う通りです。もうちょっと捻った方がいいのでは?」
ライザ姉さんの提案に、クルタさんとニノさんが異を唱えた。
彼女たちの言うことにも、一理ある。
審査するのはこの街の人々であるし、湖の絵など飽きるほどに見ていそうだ。
「だったら、こういうのはどうだ?」
「お? なんです?」
「美人画だよ。最高に美人で色っぽい姉ちゃんを探してだな……」
――パシンッ!!
ロウガさんの背中に、ニノさん渾身のツッコミが炸裂した。
うわー、けっこう痛そうだな……。
響き渡った快音に、俺は思わず目を見開く。
「イタタッ!! いま、結構本気だったろ!?」
「こんな大事な時に、ロウガが変なことを言うからです」
「俺は割とマジだぞ? 定番だろ、美人画って」
「思いっきり鼻の下が伸びてたけどねー」
クルタさんの言葉に、女性陣が揃ってうんうんと頷いた。
……しかし、アイデアとして無いわけではない。
ロウガさんの言う通り、絵画の題材としては決して悪くはないからだ。
「うーん、どうしようかな……」
期限は今日を抜いてあと三日。
製作時間を考えると、題材探しにあまり時間を使っても居られない。
できれば明日ぐらいには決めてしまわないと、いろいろと厳しいだろう。
するとここで、ニノさんがハッとしたように言う。
「そうだ、ロウガのことで思い出しましたけど。人魚さんなんてどうでしょう?」
「む、いいのではないか? 絵の題材にはぴったりかもしれん」
「おお、いい! いいですよそれ!」
思わず、俺は手を叩いた。
まさしく天からの僥倖とも思えるアイディアだった。
見る者を魅了する美しい種族である彼女たちは、絵の題材としてこれ以上ないものだろう。
「決まりだな。よし、今からあの場所まで行くか」
「はい!」
こうして俺たちは、再び人魚さんに会うべく桟橋へと急ぐのであった。
――〇●〇――
ジークたちが絵の題材を求めて、人魚のいる場所へと向かっていた頃。
レオニーダは城の一階にあるワインセラーを訪れていた。
彼女は杖を手にすると、セラーの壁をカツカツと叩く。
するとたちまち、壁を構成するレンガが滑らかな音を立てて移動していく。
やがてぽっかりと、黒い洞穴のような隠し通路が現れた。
「……ふふふ」
レオニーダの口から、魔女を思わせるような不気味な笑いが漏れた。
愉悦に歪むその眼からは、悍ましい狂気が感じられる。
彼女はそのまま闇の中へと飛び込むと、躍るような足取りで奥へと向かう。
そうして進むこと数分。
湿気と静寂に満ちた通路の先に、小さな石室が現れた。
床に描かれた魔法陣によって、青白く照らし出された小空間。
大人が十人も入れば一杯になるようなそこには、黒い棺が置かれていた。
さらにその周囲には、人間大ほどの巨大な水晶の柱が配されている。
「今日は、いい知らせを持ってきたわ」
レオニーダは静かに膝をつくと、棺の蓋に顔を寄せた。
そして、甘くとろけるように囁く。
「涙は手に入らなかったけれど、代わりに予想外の情報が手に入った。あと少しよ」
そのまましばらく、うわごとのように語り続けるレオニーダ。
そうしていると、通路の奥から足音が響いて来た。
彼女が急いで振り返ると、仮面をかぶったテイルが立っていた。
「レオニーダ様、ここにおられたのですか。ここは寒いですので、お体に……」
そう言って、テイルは石室の中へと足を踏み入れようとした。
だがここで、レオニーダが鋭い声を上げる。
「入るな、汚らわしい!!」
「……ッ! 申し訳ありません」
慌てて身を引くテイル。
レオニーダはふうっと大きなため息をつくと、髪を振り乱して彼女に接近していく。
「ここは私たちの聖域なの。あなたにも教えたでしょう?」
「誠に申し訳ございませんでした」
「……ふん、まあいいわ」
そう告げると、レオニーダは不意にテイルの仮面に手を掛けた。
突然の行動にテイルは驚き、思わずレオニーダの手を掴みそうになる。
「レオニーダ様!? 何をなさるつもりなのです!?」
「久しぶりに顔が見たくなったわ。いいでしょう?」
「ですが……」
「いいから、外しなさい!」
声を荒げるレオニーダ。
その勢いに屈服するように、テイルはゆっくりと仮面を外していく。
やがて現れた少女の顔は、レオニーダとどこか重なるものがあった。
「ああ、その顔を見ると何とも言えない気持ちになる。愛情、憎悪、嫉妬……」
テイルの顔を凝視しながら、ぶつぶつとつぶやき続けるレオニーダ。
そうしてしばし物思いにふけった彼女は、やがて吹っ切れたように告げる。
「もう仮面を着けて」
「……はい」
「準備を整えたら、出かけましょう。満月は何日後だった?」
「二日後の夜です」
テイルの返答に、満足げに頷くレオニーダ。
彼女の黒い思惑が、今動き出そうとしていた……。




