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第十七話 遭遇

「これが……!」


 木箱に納められていた短剣は、言葉を失うほどに美しかった。

 沈んだ銀色に光る刃は、どこか危うさすら感じさせる。

 完全な状態のオリハルコンは、これほどまでに見事な物なのか。

 神々の金属と呼ばれるのは、性能面に限った話ではないのかもしれない。

 外見もまさしく、神と形容されるに相応しいものだった。


「惚れ惚れするな……」

「これを聖剣の修復に使うのは、ちょっともったいない気もしますね」

「錆びついてないオリハルコンが、ここまで綺麗なもんだとはなぁ」


 俺は名残惜しさを覚えつつも、木箱の蓋を閉めた。

 そしてそれを、マジックバッグへと放り込む。

 とにもかくにも、これでエルマールを訪れた目的は達成された。

 後はラージャに戻って、バーグさんに短剣を渡せばおしまいである。


「これで良し。帰りましょうか」

「なーんかすっきりしない感じだけどねえ」

「……まあ、俺たちはよそから来た冒険者だからな。いちいち残って様子を見守るわけにもいかねえ」


 どこか消化不良といった様子のクルタさんに、ロウガさんが諭すようにそう言った。

 彼の言う通り、この街にいつまでも滞在しているわけにもいかない。

 こうしている間にも、魔族の脅威は刻一刻とラージャに迫っているかもしれないのだ。

 できるだけ早く、聖剣を復活させなければならない。


「今日はもう遅いので、いったんこちらでお休みください。明日、出立ということで」

「わかりました、お願いします」


 迎えた翌日。

 城門の前まで来た俺たちは、街の雰囲気がどこか普段と異なることに気付く。

 昨日までとは打って変わって、何やら活気に満ちていた。


「……人が多いですね」

「ああ、ずいぶんと賑やかだな」


 手で庇を作り、周囲を見渡すライザ姉さん。

 その視線の先には、黒山の人だかりができていた。

 閑散としていた街に、まだこれだけの人が残っていたとは。

 正直、かなり驚きである。

 やがてどこからか、景気のいい炸裂音まで響いてくる。


「ほう、こいつは花火か?」

「妙ですね、今日は特に祭りなどなかったはずですが」


 はてと首を傾げるテイルさん。

 彼女に思い当たる節がないとすると、いったい何なのだろうか?

 人々がこんなに大騒ぎする理由がまったく分からない。

 

「……これはまさか」

「ん? 何か思い当たる節でもあるのか?」

「こんな騒ぎを起こすのは、ファム姉さんかあの人しかいないじゃないですか」


 俺がそう言うと、姉さんの顔色がみるみる悪くなった。

 しかし、すぐに気を取り直して言う。


「待て待て、仮にあいつだとしてだ。何故ここに来る?」

「昔から、道に迷うのに何故か必ず追いついて来たじゃないですか」

「…………言われてみればそうだな」

「ちょっとちょっと、さっきから誰の話をしてるのさ?」


 困った顔をしている俺たち二人に、クルタさんが割って入ってきた。

 俺はふうっと息を吐くと、その名を告げる。


「エクレシア姉さんですよ。たぶん、この様子だと素性が漏れたんじゃないかな?」

「え? でもそれなら、今ごろはラージャに向かってるんじゃないの?」

「……姉さんは、すごい方向音痴なんです。でも、きちんと目的地にはたどり着くんですよ」

「ああ。家族で出かけると、だいたいはぐれるが必ず戻ってくるのだ」

「……何か、動物的な帰巣本能でもあるのかな?」


 クルタさんの問いかけに、ライザ姉さんは深く頷いた。

 いや、呆れた顔をしてるけどライザ姉さんもそういうとこあるからね?

 むしろ、エクレシア姉さんよりもよっぽど野生の勘で生きてるような気がするんだけど。

 

「む、今何か失礼なことを思わなかったか?」

「そ、そんなことないよ」

「まあいい、とにかくさっさと逃げるぞ。エクレシアに見つかると厄介だ」

「そうですね、早く行きま――」

「みつけた」


 げげげっ!?

 声がした方を見やると、そこには何故かみこしに乗ったエクレシア姉さんがいた。

 いったい何がどうしてこうなったのか。

 いろいろと突っ込みたくなるが、ここはひとまず逃げなくては!

 エクレシア姉さんにつかまると、いろいろと厄介すぎるんだよな!


「ライザ姉さん!」

「ああ、わかっている! 皆行くぞ、今まで世話になった!」

「うおっ!? いきなり押すなって!」

「わわわ、引っ張らないでよ!」


 皆を引っ張って、無理にでも進もうとする俺とライザ姉さん。

 しかしここで、エクレシア姉さんがマジックバッグから何かを取り出す。


「ここは通行止め、通さない」

「ぐっ!?」


 姉さんが取り出したのは、両手を広げて立つ逞しい男の絵であった。

 それが掲げられた途端、俺たちの背中に悪寒が走る。

 ……まずい、感覚を囚われた!

 それと同時に、前に向かって足を踏み出せなくなってしまう。

 錯覚のようなものだとわかっているのに、身体が言うことを聞かなかった。

 突然のことに、クルタさんたちはパニックに陥る。


「な、なにこれ!? なんで進めないのさ!?」

「これは幻術……いえ、魔力を感じない……!」

「おいおい、どうなっちまってるんだ!?」

「あの像のせいです! あれに心を支配されちゃってるんですよ!」

「そんなことあり得るの!?」


 クルタさんが思わず突っ込むが、俺だって原理はよく分かっていない。

 分からないが、とにかく姉さんの産み出す作品は人を操ってしまう力を有している。

 芸術は魔性のものだが、姉さんのそれはまさしく魔法のような代物だった。

 しかしここで、少し予想外の出来事が起こる。


「おおお!! エクレシア先生の新作だ!!」

「すごい! なんてすばらしいの!?」

「これは、幻想派の技法が……」


 流石は芸術の都の住民たちというべきか。

 あっという間に、姉さんの絵を囲んで人だかりができてしまった。

 後ろから回り込む分には、何の障害もなく近づくことができたようである。

 たちまち姉さんの乗ったみこしは群衆に囲まれ、絵も全く見えなくなってしまった。

 こうなってしまっては、流石の絵も効果を発揮しようがない。


「今のうちに逃げますよ!!」

「ああ、急げ!!」


 こうして俺たちは、エクレシア姉さんの脇をすり抜けエルマールの街に出ようとした。

 しかしここで――。


「ちょっと待ってくれ!! 俺はまだ動けない!!」


 背の高さが災いして、絵が俺たちより少しだけ長く見えて居たらしいロウガさん。

 彼がすっかり逃げ遅れてしまうのだった。


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