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第十五話 人魚の涙

「……本当なのか、それは?」


 改めて、ライザ姉さんが人魚さんに尋ねた。

 その声は低く、深刻さが滲み出ている。

 ある程度は予想していたこととはいえ、実際に知らされるとその衝撃は大きかった。


「恩人に嘘なんて言いませんよ。人魚の涙には、神秘的な力なんて何もありません。ただ私たちがとても長生きな種族なので、そこから伝説が生まれただけです」

「あー、すっごくありがちな話だなぁ」

「だがよ、それじゃあどうして人魚は隠れ住んでるんだ? 狙われる理由が他にあるのか?」


 ここで、ロウガさんが疑問を投げかけた。

 言われてみれば、確かにそうである。

 すると人魚さんは、何やら複雑な顔をして言う。


「えっと、そのですね……。自分たちで言うのもなのですが、美し過ぎたんです」

「そりゃどういうことだ?」

「私たちを巡って、いろいろと争いが起きたんです。それで、排斥すべしとの声が高まって……」

「いうなれば種族丸ごと、傾国の美女ってわけですか」

「そんなとこですねぇ」


 うんうんと頷く人魚さん。

 彼女自身、思わず見惚れてしまうほどの美貌の持ち主である。

 人魚たちを巡って争いが起きたというのも、十分に納得できる話であった。


「……しかし、どうしたものか。真実を伝えたところで、レオニーダ様は納得しないぞ」

「うーん、こうなったら直接人魚さんに会ってもらうしかないかもですね」


 俺はそう言うと、改めて人魚さんの顔を覗き込んだ。

 すると彼女は、任せてほしいとばかりに胸を叩く。


「お任せください! それぐらいのことなら、こなして見せますとも!」

「それなら、できるだけ早くレオニーダ様をここへ連れてきます。その時、また来てもらえますか?」

「はい! あ、そうだ。これをどうぞ」


 そう言うと、人魚さんはどこからか白い貝殻を取り出した。

 かなり大きな巻貝で、人魚さんの顔ほどもある。

 手にすると軽く、揺らすとガラスを叩いたような澄んだ音が響いた。


「これを軽く振って、私の名前を呼んでください。私はサマンって言います!」

「サマンさんですね、わかりました」

「ではまた! 集落に無事を報告しなくてはならないので!」


 そう言うと、サマンさんはちゃぷんっと水音を立てて潜っていった。

 その姿はあっという間に青い水の底へと消えていく。

 こうしてみると、湖の底は俺たちが思っているよりもずっとずっと深いようであった。

 道理で、人魚たちの集落が今まで見つからなかったわけだ。

 こんなに深いのでは、人間が行くことはまず不可能だろう。


「行っちゃいましたね」

「ボクたちも戻ろっか」

「そうですね。早く戻ってレオニーダ様に知らせましょう」


 俺は再び船べりから身を乗り出し、湖面に手を突いた。

 たちまち水流が巻き起こり、船が軽快に進み始める。

 こうして俺たちは、ひとまずエルマールの街へと戻るのであった。


――〇●〇――


「さて……どうやって知らせたものかね」


 城に戻るや否や、ロウガさんは大きなため息をついた。

 それに同調するように、クルタさんやニノさんも渋い顔をする。

 俺もこれからのことを想像すると、どうにも憂鬱だった。

 あのレオニーダ様が、素直に事態を受け入れるとは思えない。


「取り乱したりしたら、どうする? 最悪、自殺すらしかねないよ」

「そこは、あのテイルというメイドに任せるしかねーだろ」

「もし暴れたら、私が取り押さえよう。なに、ケガはさせんさ」


 そう言って自信を見せるライザ姉さん。

 何だかんだ、こういったときはすごく頼りになるなぁ。

 

「けど、問題はその後のような気もしますね」

「短剣を譲ることを拒否するかもってことか?」

「それもありますけど、今よりもっと無茶をするんじゃないかって」


 俺はそう言うと、城の窓から街を見下ろした。

 夕刻の忙しい時間だというのに、人通りはまばらでひどく物寂しい。

 ヴェルマール家の課した重税の影響で、街の活気が失われているのが明らかであった。


「たぶん、レオニーダ様は税の大半を自らの美容に使っているんだと思います。これでもし、人魚の涙に効果がないってわかったら……」

「今よりももっと税を上げて、金を注ぎ込むかもってか」

「ええ」

「とはいっても、ボクたちに何ができるかな?」

「うーん、そうですねえ……」


 椅子に座り込み、どうしたものかと知恵を絞る俺。

 レオニーダ様に、ありのまま年を取る方が素敵だとか言ってみるか?

 いやでも、そんなことで説得されるような人ならここまでの状況には至っていないだろう。

 進言をする人物は周囲に何人もいたはずだ。

 今更、俺たちが何か言ったぐらいで変わるとも思えない。


「何かいい方法は……」


 かと言って、何もしないまま見過ごすのも無責任だ。

 最悪、街がもっと荒廃してしまうかもしれない。

 俺は姉さんやクルタさんに視線を向けたが、彼女たちも何も思いつかないのだろう。

 困ったような眼差しと、微かな吐息だけが返ってくる。


「……失礼いたします」


 こうして思い悩んでいると、不意に部屋の扉が開かれた。

 振り向けば、テイルさんがこちらを見て優雅に頭を下げる。


「レオニーダ様より、状況を伺いたいとの仰せです」

「……わかりました、俺たちもちょうど伺おうと思っていたところです」


 俺たちは互いに顔を見合わせたのち、意を決してレオニーダ様の執務室へと向かうのだった。


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