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第十三話 湖上の戦い

 湖面から現れた巨大なカエル。

 そのぎょろりと突き出した眼は、何とも言えない嫌悪感があった。

 こういうのを、生理的に無理とか言うのだろうか?

 表皮もねっとりとした粘液を纏っていて、微かに生臭い匂いもしてくる。


「デカッ!! 気持ち悪っ!!」


 カエルに対して、露骨に嫌な顔をするクルタさん。

 姉さんもまた、匂いに耐えられないのか鼻を押さえて額に皺を寄せる。

 しかし一方で、ニノさんは興味津々といった様子だった。


「……かわいい」

「え?」

「な、何でもないです! それより、どうするんですか?」


 ニノさんの叫びに合わせるように、再びカエルが水を吐き出した。

 水の弾丸が次々と湖面に命中し、大きな波を巻き起こす。

 たちまち船が揺れて、水飛沫が顔にかかった。

 このままでは、沈没してしまうのも時間の問題だろう。


「くっそ、わざと離れたところを狙ってやがるな! これじゃ防げねえ!」

「姉さん! 天歩で接近して、斬ってください!」


 こうも揺れが激しいと、斬撃を飛ばして当てることも難しい。

 そこで俺がお願いすると、姉さんはカエルを凝視して顔をしかめた。

 ……たぶん、あのぬるぬるとした生臭い身体を斬って剣が汚れるのが嫌なんだろうな。

 なかなか動き出そうとしないその様子を見て、俺は仕方なく作戦を切り替える。


「ジョリ・ジーブル!」


 迸る冷気の嵐。

 たちまち湖面が凍り付き、船体の揺れが止まった。

 これで、もう船が沈没することはないだろう。

 俺は船から飛び出すと、そのままスケートの要領で氷上を駆け抜ける。


「はああぁっ!!」


 突然の冷気に戸惑い、身動きが取れなくなっているカエル。

 一息で距離を詰めた俺は、その身体の下から掬い上げるように斬撃を放った。

 たちまち巨体がひっくり返り、そのまま氷を割ってザブンと沈んだ。

 やがて浮かび上がっては来たものの、目に光はなく完全に息絶えていることが分かる。


「ふぅ……。これで良しと」


 一仕事終えた俺は、そのまま船に戻った。

 するとたちまち、ロウガさんたちが笑顔で迎えてくれる。


「相変わらずだな! 大したもんだぜ」

「いや、近づくことさえできればどうとでもなる相手だったから」

「普通は、湖を凍らせて近づこうなんてならないけどね」

「姉さんが倒してくれると、手っ取り早かったんですけど」


 ちょっとだけ嫌味っぽく言うと、姉さんは申し訳なさそうに身を小さくした。

 まあ、姉さんの使っている剣は名工の鍛えた最上級品。

 聖剣とまではいかなくても、売れば屋敷が建てられるほどのものである。

 あの生臭いカエルを斬りたくないというのは、わからないでもない。


「…………人魚については任せておけ。私がやる」

「お願いしますよ」

「しかし、こんな魔物が漁場の近くに住み着いていたなんて。道理で、最近水揚げが減ってたわけだよ」


 ぷかぷかと浮かぶカエルの死骸。

 それを見て、漁師さんは呆れた顔をした。

 どうやら、地元の人でも初めて見る種類の魔物らしい。


「山から下りてきたのかねぇ……」

「あとで、ギルドに報告をしておくか」

「そうですね。こんなのが繁殖してたら漁師さんも困っちゃいますよ」

「ま、これぐらいなら地元の冒険者がどうにかするだろ」


 こうして話しているうちに、氷が割れた。

 俺たちは改めて、船を洞窟に向かって進めていく。

 ひょっとすると、また何か得体の知れない魔物が出現するかもしれない。

 穴に接近するにつれて自然と緊張感が高まった。

 やがて、闇の奥で何かがきらりと光る。


「おいおい、まさか本当に……!」

「……来ますよ! かなり強い魔力です!!」


 とっさに魔力探知をすると、洞穴の奥から魔力を帯びた何かが迫ってくるのが分かった。

 これは間違いない、人魚だ!

 俺は急いで船を止めると、剣の柄に手を掛けた。

 クルタさんや姉さんたちも、それぞれに武器を手にする。


「お、俺はどうすれば……」

「頭を抱えて、下を向いてください! 人魚の姿を見たらダメです!」

「ひいぃ! わ、わかった!!」


 俺の指示に従って、漁師さんは背中を丸めて頭を低くした。

 ……さて、一体何が出てくるのか。

 穴の入り口を見守っていると、やがて人間の頭のようなものが見えてきた。

 さらりと薄桃の髪が流れ、陽光に煌めく。

 女性らしい曲線を描く肢体に、山の白雪を思わせる肌。

 顔はまだ見えないが、シルエットだけでも寒気がするほどに美しい。


「……すげえ」

「ロウガさん! しっかり!」

「す、すまん!」

「これを! 古典的ですが、誘惑対策の苦薬です!」


 そういって、ニノさんは竹筒の中から黒い丸薬を取り出した。

 急いでそれを口に入れると、たちまち強烈な苦みが襲い掛かってくる。

 な、なんだこれっ!?

 その辺の雑草を煎じて、苦みだけを取り出して固めたようだった。

 もはや味覚というより、物理的な衝撃とでもいった方がいいような有様だ。


「んぐ……! し、死ぬ!!」

「ニノ、なにこれ!」

「我慢してください、お姉さま! これで感覚を、平静に保つんです……!」

「なるほど……! 他の感覚で誤魔化すわけですね……!」


 そうは言っても、苦しいものは苦しい。

 みんな酷い顔色をして、船上はもはや地獄のよう。

 ロウガさんなど、今にも何か吐き出してしまいそうな顔で口元を押さえている。

 しかし、誘惑されてしまうよりはこの方がはるかにマシだ。

 そう思っていると、俺たちの耳に予想外の言葉が届く。


「あの! ありがとうございました~~~~!!」


 あれ、思ったよりもフレンドリー?

 能天気に手を振り始めた人魚を見て、俺たちはたまらず呆気にとられるのであった。


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