第十二話 人魚を探して
翌朝。
俺たち五人は、さっそく鱗を発見した漁師の元を訪れた。
漁師のおじさんは突然の来訪に驚いたものの、事情を説明すると詳しい話を聞かせてくれる。
「その鱗を見つけたのは、一週間ぐらい前だったかな。ここから岸に沿って一時間ぐらい行ったところに、いい漁場があってね。そこで網を上げた時に引っかかってたんだよ」
そこで捕れるブラックフィッシュは絶品だと、漁師さんはニカッと白い歯を見せて笑った。
そう言えば、昨日の夕食にも大きな黒い魚が出されていたっけ。
淡白で美味しい肉質の魚だったけれど、このラミア湖の特産品だったのか。
「人魚も魚を食べに来たんでしょうか?」
「意外とその可能性はあるかもな」
「今からその場所へ行けますか? 船賃なら払いますから」
そういうと、俺は財布の中から金貨を一枚取り出して見せた。
船賃としては破格といっても良い額である。
それを目にした途端、漁師さんの眼の色が変わる。
「ははは、ずいぶんと気前がいいな! スゲーぜ兄ちゃん!」
「別にそこまでのことは」
「すぐ連れてってやるぜ。ほら、乗りな!」
ノリのいい漁師さんに誘われ、そのまま船へと乗り込む俺たち。
しかし、もともとは一人か二人で乗ることを想定していた船なのだろう。
俺たち全員が乗ると、船体が水に深く沈み込んで今にも沈没してしまいそうになる。
「おっとっと! こりゃいけねえな! 誰か降りてくれるか?」
「……なら俺が引くか。男だしな」
そう言って、ロウガさんは桟橋に戻ろうとした。
人魚が誘惑魔法を使うとするならば、彼が引くのは賢明な判断かもしれない。
しかし、相手がまだどんな戦法を取ってくるかはわからないのだ。
ここで戦力を減らしてしまうのは、ちょっとばかりまずい。
「ロウガさん、降りなくていいですよ」
「んん?」
「ロウガさんの防御力は貴重ですから。相手の出方を見るのに必須です」
「だが、そうはいっても誰か降りないと船が出せないだろう?」
「こうすればいいんですよ」
俺は船べりから身を乗り出すと、水面に手を付けた。
そして魔力を軽く放出すると、水の流れに干渉する。
たちまちブクブクと気泡が上がり始め、水流が船体を押し上げた。
「おわっ!? 魔法か!?」
突然のことに、驚いてよろめく漁師さん。
俺はその背中を急いで支えると、笑いながら答える。
「はい、これならいけませんか?」
「行けると思うが……制御はできるのか?」
「もちろん、行きたい方向に船を動かせますよ」
「……むしろ、俺はいるのか?」
何故か、自信を無くしたように肩をすくめる漁師さん。
するとクルタさんが、その肩をポンポンと叩いて言う。
「気にしちゃ負けだから」
「そう、なのか?」
「ああ、俺なんてもっと圧倒されっぱなしだ」
いつの間にか、俺と姉さんを抜いて謎の共感の輪が出来ていた。
うーん、そんなみんなに避けられるようなことしたかな?
俺はとっさに姉さんの方を見るが、姉さんもまた分からないとばかりに首を横に振った。
そして、少しいらだった様子で言う。
「まったく、何の話をしているのだ? それよりも早く、行こうではないか!」
「……っと、そうだな。よし、俺が行き先を手で示すからそれに従ってくれ」
「了解です!」
こうして、俺は漁師さんの案内で船を進めた。
水流に押された船体は、軽やかに水面を切っていく。
湖を渡る風が心地よく、身体が程よく冷えた。
「次はこっちだ。たまに浅瀬があるから気をつけてな」
やがて岸が近づいて来たので、俺はそれに沿うようにして船を進めた。
そのまま進み続けること、十五分ほど。
漁師さんが言っていたよりも、はるかに速い時間で目的地周辺に到着する。
「このあたりだ」
「うわ、いかにもって感じのところだね」
岸は高く切り立った崖となっていて、さらに湖に向かって突き出ていた。
その下には大きな影ができ、深い闇が広がっている。
まだ日も高いというのに、どことなく不気味で陰気な雰囲気のする場所だ。
「あの崖のおかげで、この辺りは魚のたまり場になっていてな。ちょっと暗いが、いい漁場なんだよ」
「へえ……」
「人魚が潜むにも、ちょうどいい場所なのかもしれないですね」
「……む、あそこに洞穴があるではないか」
やがて、姉さんが崖下に小さな洞穴があるのを発見した。
ちょうど暗がりにあるのでわかりにくいが、人が立って入れそうなぐらいの穴である。
人魚のような魔物が住み着くには、まさしくうってつけの場所だろう。
「見るからに怪しいですね」
「ああ、ぷんぷん匂うな」
「よし行くぞ! 進め!」
「ちょ、ちょっと! いきなり立ったらバランス崩れますよ!」
バランスを崩しかけ、ふらつく船体。
それをどうにか落ち着けると、俺はゆっくりと舳先を洞窟の方へと向けた。
だがここで、不意に妙な気配を感じる。
「ロウガさん!!」
「おうよ!」
俺が声を掛けると、すぐさまロウガさんが大盾を構えた。
直後、巨大な水の塊が盾に直撃する。
これは、ブレス攻撃か!?
俺たちが驚いていると、やがて水面が不気味な音を立てて盛り上がる。
「こ、こりゃ……!!」
「カエル!?」
俺たちを船ごと吞み込んでしまうような、巨大なカエルが姿を現したのだった。




