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第十一話 誘惑

「おいおい、そりゃまたずいぶんと怖い話だな……」


 城に戻った俺たちは、さっそく姉さんたちと合流して情報交換をした。

 発見した資料の内容を聞いたロウガさんは、おいおいと困ったような顔をする。

 無理もない、俺たちだってまだ困惑している。

 

「ううむ、それはまたまた面倒な……」


 一方、ライザ姉さんは険しい顔をしつつも落ち着いた様子であった。

 絶対的な実力からくる自信の表れだろう。

 何が出たところで、いざとなればどうとでもなると思っているに違いない。

 まあ、俺も姉さんを倒せるような存在なんてほとんど思いつかないしな。


「姉さんたちの方は、何か収穫はあったんですか?」

「そうだな、私たちは普通に依頼をこなしただけだからな。強いて言うと、ヴァルデマール家の嫌われぶりを再確認したぐらいか」

「ああ。領主の城で世話になってるといった途端、受付の姉ちゃんの目つきが変わったからな」


 たぶん、その受付嬢さんは結構美人だったのだろう。

 ロウガさんの顔はどことなく悔しげであった。


「……なるほど。それで、普通に依頼をこなしたってどんな依頼に出かけたんですか?」

「湖に住みついた水棲モンスターの討伐をしたんだ。ほれ、土産があるぞ」


 そう言って姉さんが取り出したのは、一枚の鱗であった。

 うわー、綺麗だなぁ!!

 照明を反射して輝くそれは、さながら宝石を薄切りにしたかのよう。

 煌めく七色の光に、俺たちはたまらずうっとりと息を漏らす。


「漁師から貰ったものでな。網に引っかかっていたらしい」

「何の鱗なんですか?」

「分からんと言われた。魚ではなく、魔物のものだとは思うが……」

「ちょっと確認させてください」


 鱗を手にしてみると、微かにだが魔力を感じた。

 この状態になっても魔力が残存しているなんて、持ち主はかなり強力な魔物だったのだろう。

 ラミア湖の強力な魔物と言えば……。

 俺と同じことをクルタさんたちも思ったようで、ハッとしたような顔をしている。


「ひょっとしてそれ、人魚の鱗?」

「可能性はありますね」

「おお、そりゃスゴイ進展じゃねえか!」

「だな。さっそく明日、鱗を見つけた漁師の元をもう一度訪ねてみよう!」


 喜ぶ姉さんに合わせて、俺たちは大きくうなずいた。

 もしこれで人魚を見つけることができれば、結界の中に入らなくてもよくなる。

 俺たちにとっては、まさしく僥倖ともいえる話であった。

 しかしここで、ニノさんが懸念を示す。


「でも、人魚に遭遇したとしてですよ。何の対策もしていなければ、私たちもやられてしまうのでは?」

「人魚の一匹や二匹、倒してしまえば良かろう」

「いやいや、そんなに単純にはいかねーだろ」


 再び、問題が振出しに戻ってしまった。

 調査隊に何が起きたのかわからなければ、迂闊に人魚に手を出すことなどできないのだ。

 俺は顎に手を当てると、うんうんと頭を捻る。


「……もしかして、単純に人魚がみんな美人で惚れちまったとかか? それで帰ってこないとか」


 場の雰囲気を和ませようとでも思ったのだろうか。

 ロウガさんがおどけた様子で告げた。

 それを聞いたニノさんが、呆れたように肩をすくめる。


「そんなのロウガだけですよ」

「ははは! 男ならきっとわかると思うぜ、この気持ち」

「行方不明になった人物が、全員男だったとでも?」

「……いや、本当にそうかもしれませんよ」

「え?」


 真顔でそう言った俺に、ニノさんは間の抜けた返事をした。

 ロウガさんも、まさか擁護してもらえると思っていなかったのか驚いた顔をしている。

 しかし、俺は至って真面目であった。

 すぐさま資料の写しを取り出すと、調査隊の名簿を見る。


「見てください。オーランド調査隊は、待機要員を除いて全員が男性です」

「そうか、昔は女の冒険者なんて珍しかったからな」

「そうなると、考えられるのは……誘惑の魔法とか?」

「ええ、その可能性は高いです。他に出かけた冒険者たちも、恐らくほとんど男性でしょうし」


 誘惑の魔法を使われると、思考の大部分が失われてしまうという。

 オーランド調査隊の記録が断絶してしまったのも、それが原因と考えれば納得がいった。

 そして、仮に誘惑の魔法だとすれば対処法はいくつか考えられる。

 まず人魚にとって同性である女性には効きづらいし、魔力で干渉すれば破れるはずだ。

 古典的だが、痛覚など別の感覚で誤魔化すという方法もある。


「……ちょっと光が見えてきたね!」

「はい!」

「これでどうにかなりそうだな。よし、今日のところは寝るか」


 こうして俺たちは解散し、それぞれの自室へと引き上げようとした。

 だがここで、廊下から凄まじい金切り声が響いてくる。


「な、なんだ!?」

「行ってみよう!」


 大慌てで廊下に出ると、俺たちはそのまま声がした方へと走った。

 どうやら声は、上階にあるレオニーダさんの部屋から響いてきたようだ。

 まさか、襲撃でもあったのか!?

 日頃から領民たちの恨みを買っていそうだけに、最悪の可能性が脳裏をよぎる。

 だがここで、階段を駆け上がろうとした俺たちの行く手をテイルさんが遮る。


「いけません!!」

「何故だ! あの声、ただ事ではないぞ!」

「いつもの発作です、しばらくすれば戻られます」

「発作?」

「何日かに一度、あることなのです」

「しかしだな……」


 こうして言い合っているうちにも、レオニーダさんの声が響く。

 低くくぐもったそれは、聞いているだけで背筋がそばだつようだった。

 しかし、テイルさんは頑として俺たちを通そうとはしない。


「皆様が行くと、逆効果なのです。どうか、そっとしておいてください」


 やがてテイルさんのいった通り、レオニーダさんの声が収まった。

 本当に、この城で一体何が起きているというのか。

 俺たちが疑惑の眼差しを向けると、テイルさんは申し訳なさそうに告げる。


「いずれ必ず、お話いたしますので」


 彼女の態度に押されて、渋々自室へと引き上げていく俺たち。

 こうして夜は不穏な気配と共に更けていくのであった。



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