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第八話 うつくしいもの

「えーっと、なになに……」


 資料の中身は、とある国が発した調査隊の日誌であった。

 日付からして、おおよそ二百年ほど前に作成されたもののようだ。

 隊長の名前がオーランドであったことから、オーランド調査記録と題されているらしい。

 王命を受けて国を出たところから記録は始まっており、これがなかなかに面白い。

 記述者の性格によるものだろうが、当時の風俗などが端的に記録されていた。


『聖教歴1450年4月10日。

 二か月に及ぶ旅路を経て、我々はラミア湖へと到着した。

 噂にたがわぬ美しい土地で、強行軍が続いていた我々の心も少なからず癒された。

 首尾よく人魚を発見した暁には、王より賜った褒賞でここに別荘でも建てたいものだ』


『聖教歴1450年4月11日。

 ラミア湖を治めるヴァルデマール家を訪れる。

 歓待を受けるが、彼らは情報提供については消極的であった。

 自分たちが情報を出すのならば、我々もまた情報を出すべきであるとの考えのようだ。

 本国に連絡を取り、彼らに対してどこまで情報を渡して良いか確認を取らなければ。

 現場にこう言った権限を渡さないのは、我らが王国の数多い悪弊の一つだ』


『聖教歴1450年4月17日。

 本国より鳩が届き、ヴァルデマール家に提供できる情報の範囲が定まった。

 ヴァルデマール側もそれに納得したため、我々調査隊との間で情報共有が行われる。

 彼らも人魚の涙を狙っていたようで、得られた情報は多かった。

 特に、人魚の出現場所について詳細を記した地図は非常に役立った。

 さっそく明日、船を出してもっとも目撃の多い湖中央部の小島へと向かう』


『聖教歴1450年4月18日。

 初回の調査は失敗、人魚を発見することは叶わなかった。

 しかし、我々調査隊は小島の周囲に結界が張られていることを確認した。

 同行した魔術師によれば、空間を曲げて形成されるかなり高度な物とのこと。

 その場で行える手段で突破を試みるが効果なし。


『聖教歴1450年4月20日。

 人魚の目撃情報が満月の夜に多いという事実を発見する。

 このことから、月の魔力によって結界が一時的に効果をなくすという仮説が考えられた。

 次の満月は十日後ということで、我々は一時休息をとることとなる。

 せっかく素晴らしい観光地にいるのだ、たまには余暇を楽しむのもいいだろう。


『聖教歴1450年4月30日。

 我々は結界を超え、人魚の集落へと入ることに成功した。

 彼女たちは美しい。』


 ……あれ、おかしいな?

 俺は急いでページを繰ったが、その先はすべて白紙となっていた。

 人魚の集落で、調査隊にいったい何が起きたというのか。

 図書館に記録があることからすると、これを記述した人はどうにか帰還したようだけれど……。

 

「なにこれ……。ちょっと不気味過ぎない?」

「ずいぶんと意味深ですね」


 予想外の内容に、顔色を悪くするクルタさんとニノさん。

 事前に司書さんから、未帰還者が相次いでいるという情報を聞いていただけになおさらだ。

 人魚を見ることで、何か精神によからぬ影響でもあるのだろうか?

 

「ほかにも人魚の資料がないか、探してみましょう」

「そうだね、流石にこれだけだと……」


 俺たちは書架を漁ると、類似の資料がないのかを調べた。

 するとたちまち数冊のノートが発見される。

 しかし、いずれの資料も人魚の集落に潜入したところで記述が止まってしまっていた。

 ごくわずかでも記載がある分だけ、オーランド調査記録の方がマシな状態だ。


「これを見る限り、かなり昔から人魚の集落への潜入は試みられてるみたいだね」

「ええ。でも、いずれの場合においても失敗しているようです」

「うーーん、これは思ったよりもはるかに厄介そうですね……」


 どうして人魚の集落への潜入は失敗したのか。

 そこが分からないことには、俺たちが突入しても同じ轍を踏みそうだ。

 せめて、帰還者のその後について書かれた資料でもあればいいのだが。

 そちらについても、何故だか記載がない。


「これは、意図的に記述が削除されているのかもしれませんね」


 やがて、ニノさんがぽつりとつぶやいた。

 彼女はとある資料を取り出すと、その余白を指し示す。


「この部分、わずかですが他と色が違います。紙を削ったのではないでしょうか?」

「紙を削るって、そんなことできるの?」

「古い紙は厚いですから、砂で削れるんです。忍びもそうやって資料を改竄することがあるので」


 ニノさん自身も、以前に何かやったことがあるのだろうか?

 ずいぶんと詳しそうな様子に、俺とクルタさんは少しばかり引いてしまった。

 すると彼女は、少し気恥しそうに咳払いをする。


「まあとにかく、これらの資料には隠蔽の可能性があるということです」

「けど、何のためにそんなことをしたんだろう?」

「そこの動機が分かれば、糸口が見えてきそうですね」

「レオニーダ様に、何かしらないか聞いてみる?」


 そう提案するクルタさんであったが、俺は首を縦には振らなかった。

 そもそも、事態の隠蔽を主導しているのはヴァルデマール家のように思える。

 それを考えると、レオニーダ様に相談するのはかなりの悪手に感じられた。


「とりあえず、伏せておきましょう。それで、姉さんたちとも情報共有するということで」

「そうだね。私も、やっぱりレオニーダ様はちょっと信用しきれないかも」


 こうして資料の閲覧を終えた俺たちは、城に戻って姉さんたちの帰りを待つのであった――。


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