第七話 大図書館
「ここがエルマール大図書館……! 広いなぁ!」
翌日。
俺とクルタさん、そしてニノさんの三人は街の図書館を訪れていた。
流石、芸術の都というべきか。
図書館の規模は大きく、内装も非常に凝っていた。
緑を基調とした壁紙にダークブラウンの本棚が良く映えている。
「ようこそ、エルマール図書館へ。何かお探しですか?」
受付に行くと、さっそく司書さんが声を掛けてきた。
俺はすぐにテイルさんから預かってきた紹介状を手渡す。
するとどうしたことだろうか、司書さんの表情が微かに曇った。
「ああ、領主様に雇われた方だったのですね」
「ええ、資料を見に来ました」
「……どうぞ、こちらへ」
明らかに歓迎されていないような雰囲気であった。
領主への不支持は、既にこんなところまで広まっているらしい。
俺たち三人は、そんな彼女に案内されて本棚の間を奥へと向かう。
「この先に、要望されていた資料の保管されている資料室があります」
やがて目の前に現れたのは、厳重に鍵の掛けられた扉であった。
相当に古いのだろう、ドアノブや金具に錆が浮いている。
司書さんはノブに掛けられていたカギを外すと、さっと俺たちに道を開けた。
「私が案内するのはここまでです」
「ありがとうございます」
「くれぐれも資料の取り扱いには注意してください。それから、万が一資料を破損した際はヴァルデマール家に賠償請求させていただきますので」
「……前に何かあったんですか?」
あまりにも刺々しい司書さんの態度に、俺は思わずそう尋ねた。
すると彼女は、重々しく告げる。
「以前にも、領主様の依頼を受けた冒険者の方が何回か来られまして。その方々のマナーが大変悪いものでしたので……」
「それで、どこか冷たかったわけですね」
「はい。あなた方は、以前に来られた方々とは少し違うようですが」
そう言うと、司書さんはほんのわずかにだが表情を緩めた。
どうやら、ヴァルデマール家は俺たち以前にも冒険者を雇っていたらしい。
そのようなこと、テイルさんからは全く聞いていなかったのだが……。
微かにレオニーダ様への不信感を抱いた俺たちは、互いに顔を見合わせた。
すると、それを意外に思ったらしい司書さんが尋ねてくる。
「その様子……。お三方は、領主様の掛けた賞金目当てではないのですね?」
「ええ。俺たちはただ、領主様にあるものをお譲りいただきたくて。その代価として動いているんです」
「そういうことでしたか。では一つ、忠告をさせていただきましょう。人魚の涙の入手は困難です、諦められた方がよろしいかと」
司書さんお言葉に、俺たちは思わず目を見開いた。
それは一体どういうことなのか?
こちらが尋ねる間もなく、彼女は言葉を続ける。
「領主様は人魚の涙を入手した者に十億ゴールドの賞金を渡すと約束されました。それを受けて多くの冒険者の方々が、この図書館の資料を参考に湖へと向かわれたのですが……」
「もしかして、全員失敗したんですか?」
「正確に言いますと、誰も戻ってきていないのです」
それはまた……重い事実だな……。
しかし、こちらもそうそう簡単に人魚の涙を諦めるわけにもいかない。
レオニーダ様から短剣を譲ってもらわないと、聖剣の修理ができないからな。
「ご忠告、感謝します」
俺は司書さんにそう告げると、そのままゆっくりと扉を開けた。
司書さんは一瞬、悲しげな表情をしたがすぐにそのまま去っていく。
こうして中に入ると、そこは石造りの狭い通路であった。
通路はそのまま地下へと伸びていて、ところどころに魔石灯が置かれている。
「……にしても、十億ゴールドとは。レオニーダ様は、どうしてそんなに人魚の涙が欲しいんですかね?」
歩いている途中、俺はふとクルタさんたちに問いかけた。
いくら大貴族とはいえ、冒険者に十億も払うなんてちょっと普通じゃない。
するとクルタさんは、顎に手を当てて逡巡して言う。
「そうだなー、気持ちはわからないでもないよ」
「え? そうですか?」
「あれぐらいの歳って、自分が若くなくなっていくのを一番実感する時期だからね。藁にもすがりたい思いだったんじゃないかな」
「だからって、十億も出しますかねぇ? 相当、無茶してるようですし」
「……もしかして、誰かに恋してるとか?」
クルタさんにそう言われて、俺は何故だかドキッとしてしまった。
すると彼女は、冗談だとからかうように笑う。
……まあ、レオニーダ様は良い年だし。
流石にそんなことはないだろうと俺も思う。
「ここのようですね」
こうして話をしながらまっすぐに進んでいくと、やがて再び扉が現れた。
貴重な資料を保存してあるためであろう、なかなか深い地下室である。
今度はカギはかかっておらず、押すと重苦しい音を立てて動いた。
「こほっ! ずいぶんと埃っぽいね!」
「えっと、明かりは……これですか」
ニノさんが壁のスイッチを押すと、天井に据え付けられた魔石灯が点った。
普段は人の出入りがほとんどないのだろう。
予想していたことではあるが、埃と黴の匂いがした。
「さてと、『オーランド調査記録』は……あった!」
目的としていた資料の場所はすぐに分かった。
というのも、この本の周辺だけ埃が取り払われていたためである。
いや、正確に言うとこの本というよりもこのノートであろうか?
身内向けに作成されたものらしく、きちんと製本されたものではないようだ。
茶色く変色した表紙が、時代の重みを生々しく物語っている。
「では、開きますよ」
先ほどの忠告もあって、資料を読み始めるのにいささか気負ってしまう俺。
こうして俺たちの調査が始まったのだった。




