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第六話 月影の結界

「うめえ! 最高だな!」


 その日の夜。

 俺たち一行は、城の食堂で夕食を饗された。

 流石は芸術の都を治める大貴族というべきか。

 食卓に並べられた料理の数々は、洗練された美食ばかりであった。


「……それで、明日からどうするのさ? 安請け合いしちゃったけど、当てはあるの?」


 ライザ姉さんの顔を見ながら、クルタさんがチクリと刺すように言った。

 レオニーダさんの勢いに押されてしまったとはいえ、人魚の涙を持ってくると約束してしまったのである。

 今更取り消すこともできないし、これはちょっと不用意な判断かもしれなかった。


「……当てはない。だが、ラミア湖が広いと言っても知れてるだろう? 何とかなる」

「やっぱり、そんなことだと思った」

「ラミア湖が小さいと言っても、しらみつぶしで調べるのは無茶ですよ」

「うぐぐ! そこはほら、気合で……」


 言葉を詰まらせるライザ姉さん。

 ヴェルヘンでいろいろとひどい目に遭ったというのに、勢いで行動する癖は直っていないらしい。

 性格のことだから、これからずっと直らないのかもしれないが。


「人魚の居場所については、既にある程度判明しております」


 やがて、ライザ姉さんを見かねてテイルさんが助け舟を出した。

 彼女は湖のものと思しき古地図を取り出すと、それをテーブルの空いているスペースに広げる。

 俺たちは急いで食事を終えると、地図の周りへと集まった。


「この×印が書かれている場所に、人魚の集落があるとされています。しかし、普段は近づけません」

「どういうことだ?」

「この場所には小さな岩があるのですが、そこに近づこうとしても近づけないのです。ループしているとでも言えば分かるでしょうか」


 なるほど、恐らくは人魚たちによって結界でも張られているのだろう。

 空間を捻じ曲げているのか、幻覚を見せているのか、はたまたこちらの認識を歪めているのか。

 方法はいろいろと考えられるが、いずれにしてもかなり厄介そうだ。


「そりゃ、なかなか面倒そうだな……」

「うん。でも、ここに人魚の集落があることは分かってるんだよね? ということは、誰か中に入った人がいるってことじゃないの?」


 ふと疑問を呈するクルタさん。

 言われてみればその通りだ、誰も入ったことがなければ中の様子など分かるはずもない。

 するとテイルさんは、軽く微笑みを浮かべる。


「ええ、そうです。結界の中に入った記録があります。その資料によれば、満月の夜は結界が弱まって突破できるとか」

「なるほど、月の魔力が関係しているんですかね」

「恐らくはそうかと。資料を残した冒険者もそのように推測しています」

「んじゃ、とりあえず人魚を拝むことはできそうだな」

「うーん、けどねえ……」


 ここにきて、渋い顔つきをするクルタさん。

 人魚というのは、人間と同等の知能を持つとされる亜人族である。

 伝承によれば、性格も比較的温厚だとか。

 涙を得るためには、結界の内側で平和に暮らす彼女らに手荒なことをする必要があるかもしれない。

 そのことに、クルタさんはどうにもためらいを感じているようだった。


「できるだけ、協力は得られるようにしましょう。お願いすれば、きっと何とかなりますよ」

「だといいんだけどねえ」

「まあ、そこは頭下げるしかねえかもな。それで、満月って言うと……」

「五日後ですよ、ロウガ」


 シノビという職業柄であろうか。

 ニノさんは考える素振りすら見せずに、次の満月がいつなのかを即答した。

 うーん、残り五日か……。

 準備期間とするには、意外とちょうどいいぐらいかもしれないな。


「ひとまず情報収集ですかね。テイルさん、さっきから話題に出てる資料って見せてもらえますか?」

「はい。街の図書館にございますので、閲覧できるように手配しておきましょう」

「ありがとうございます」

「じゃ、俺は依頼でもこなしつつ情報集めるか。エルマールにもギルドはあるんだろう?」

「もちろんございますよ」

「私も、そっちにしておくか」


 そう言うと、ロウガさんの方へ行くことを選択したライザ姉さん。

 ……俺と一緒に来ないなんて、ずいぶんと珍しい。

 こういう時はだいたい、いの一番に俺と一緒に行くというのだけれども。

 俺が疑惑の眼差しを向けると、ライザ姉さんはスーッと視線をそらせてしまう。


「た、たまには弟の自主性を尊重しようと思ってな!」

「本当ですか?」

「嘘じゃないぞ! 別に、活字が苦手だからとかではない!」

「あー、そう言えば……」


 ライザ姉さんは、昔からそういうの嫌いだったな。

 本人が言うには、アエリア姉さんに勉強漬けにされた時期があって嫌いになったとかどうとか。

 なにぶん昔の話なので、俺が直接見たわけではないけれども。


「私はジークについて行こうかな。それなりに力になれると思うし」

「ぐぐぐぐぐ……!!」

「ま、まあまあ! 一日だけだし!」


 獣のように唸る姉さんを、どうにか宥める俺。

 しかし、クルタさんはここが攻め時とでも判断したのだろう。

 ここぞとばかりに姉さんを煽る。


「こう見えても、そこそこ学はある方だからね。誰かとは違って」

「むむむ、だったらクルタはこれを言えるか?」

「ん?」

「九九!」

「八十一でしょ?」


 間髪入れずに返答したクルタさん。

 それを聞いたライザ姉さんは、愕然とした表情で告げる。


「……仕方あるまい、今回だけは認めてやる!」

「ハードル低いな」


 思わず真顔でつぶやいてしまうクルタさん。

 とにもかくにも、こうして俺たちは二手に分かれて行動するのであった。



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