第三話 第五回お姉ちゃん会議
ジークことノアたちがエルマールを訪れていた頃。
王都ベオグランの館では、またしても姉妹たちが集い会議を開こうとしていた。
第五回お姉ちゃん会議の始まりである。
その顔ぶれには、ヴェルヘンから急いで帰宅したアエリアも含まれていた。
「まさか、アエリア姉さんが失敗するなんてねぇ」
会議が始まると、すぐに呆れ顔のシエルがアエリアを口撃した。
それに乗っかって、ファムとエクレシアもまた頷く。
長女であるアエリアへの期待は、それだけ大きかったのだ。
「……過ぎたことを言っても仕方ありませんわ。問題はこれからのことでしてよ」
「それはそうだけど、どうして失敗したのよ? そこが気になるわ」
「ノアがわたくしの想像以上に強くなっておりましたの」
「あの魔導兵器を使ってもダメだったわけ?」
「ええ、弱点を突かれましたわ」
自身の敗北について語るアエリアだったが、その表情は穏やかな物だった。
敗北はもちろん悔しいはずだが、それ以上に弟の成長が喜ばしいようである。
他の姉妹たちも同様の感想を抱いたのか、これまでの会議よりは和やかな雰囲気だ。
……が、一人だけそれが気に入らないものがいた。
「笑ってる場合じゃない。ノアを一刻も早く連れ戻すべき」
ダンッとテーブルを叩き、立ち上がるエクレシア。
しかし、強硬策を主張する彼女に対してアエリアがやや諦めたような声で言う。
「……そのことについてなのですが。少し、様子見してはどうかと思いますわ」
「え?」
「ノアも予想以上に力をつけているようですし、ライザもいますから」
「そうね、姉さんの注文通りに聖剣も手に入れたんでしょう? 流石に、文句言えないわ」
お手上げとばかりに両手を上げたシエル。
実際、今のノアの実力ならば例え魔族が来ても大丈夫であろうと踏んでいた。
むしろ、このままラージャに滞在させて腕を磨いてもらった方がいいかもしれないとすら考えている。
姉妹たちが修行を課すよりも、実地で身体を動かした方が身になっているようであった。
「でも、近くにいないとノアが誰かに取られるかもしれない」
「そこは大丈夫そうですわ。いい塩梅で、バランスが取れているようですから」
そう言って、アエリアはにこやかな笑みを浮かべた。
その脳裏には、張り合うライザとクルタの姿がある。
――あの二人が互いにけん制し合っているうちは大丈夫だろう。
ノアの置かれている状況を、アエリアはこう分析していた。
しかし、エクレシアはプクッと頬を膨らませて言う。
「そんなこと言われても、納得できない」
「まあ、エクレシアは実際に様子を見たわけではないですからねえ」
「……姉さんたちがそういうつもりなら、私も行く」
干渉の手を引こうとするアエリア達に、いよいよしびれを切らしたのだろう。
エクレシアはそう宣言すると、そのまま部屋を出て行こうとした。
すると、慌ててシエルが彼女を呼び止める。
「ちょっと待って。アンタが出ていくと絶対やりすぎるでしょ」
「そうですね。ノアの心に変な異常を残されると、私でも治せるかどうか……」
「平気、手加減する」
「手加減って、アンタできるの?」
「……前向きに善処する」
自信がないのか、政治家のようなふんわりした物言いをするエクレシア。
それを聞いたシエルはたまらず、エクレシアを追求しようとする。
するとここで、エクレシアは懐からそっと一枚の絵を取り出した。
「絵画技巧『悲しみの聖女』」
「あ、しまっ!?」
とっさのことに、すぐ反応できなかったシエル。
彼女はエクレシアが掲げた絵を、はっきりと見てしまった。
たちまち、その眼から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「うぅっ……! 悲しい、胸が締め付けられるようだわ……!」
そのまま泣き崩れてしまい、シエルはエクレシアを追求するどころではなくなってしまった。
――絵画技巧。
それは、芸術による感情の支配である。
希代の芸術家、エクレシアの絵が可能とする唯一無二の技だ。
魔法の類ではなくただただ純粋な技量とセンスによるもののため、賢者であっても防げるものではない。
もっとも、その代わりに人間以外の存在に対してはまったく効果がないものなのであるが。
「エクレシア! 姉妹の間でそれは使わないって、前に約束したでしょう?」
「ノアを連れ戻すことの方が、その約束より優先」
「そんなこと言って、勝手は許しませんわ! だいたいあなたは自由過ぎ――」
「絵画技巧『歓喜する民衆』」
再び絵を取り出し、アエリアに向かって突きつけるエクレシア。
すると今度は、アエリアの表情がみるみるうちに明るくなっていく。
やがて彼女は顔を下に向けると、腹を抱えて笑い出してしまった。
「あは、あはははは!! い、いけませんわ……笑いが止まらない……!」
笑いをこらえられず、エクレシアを止めるどころではなくなってしまったアエリア。
それを確認したエクレシアは、絵を懐にしまうとすっかり困り顔のファムに告げる。
「姉さんたちは任せたわ」
「……わかりました。ですがエクレシア、くれぐれもやりすぎないでくださいね?」
「大丈夫、ノアは確実に連れ戻す」
「いや、そうではなくて……」
アエリアが呼び止める間もなく、エクレシアはそのまま部屋を後にした。
ファムは大きなため息をつくと、軽く腕組みをして考え込む。
「予想はしていましたが、嵐が来そうですわね……」
こうして、ノアたちのもとに芸術家エクレシアの脅威が迫るのであった。




