第二話 芸術の都
「おおー! ここがラミア湖!」
ラージャの街を出て、快速馬車で南東に向かうことおよそ三日。
鬱蒼と茂る森を抜けると、煌めく水面が目に飛び込んできた。
大陸中央部を流れる大河川の合流地、ラミア湖である。
その大きさは対岸の山々がかすんで見えるほどで、海と間違えてしまいそうなほどだ。
「いい景色だ。流石、大陸屈指のリゾート地だぜ」
「時間に余裕があったら、泳ぐのもいいかもしれないねぇ」
「お姉さまがそう言うと思って、水着は持ってきてありますよ」
「お、気が利く!」
美しい湖と彼方に見える白い山脈。
一幅の絵画を思わせる風景に、俺たちは自然と盛り上がった。
こうして皆であれこれと話しているうちに馬車は進み、やがてエルマールの街が見えてくる。
「あの丘の上にあるのが、ヴァルデマール家の城ですかね?」
「ああ、そうだ。もともとは街を守るための要塞だったとか」
「へえ、それで他と雰囲気が違うんだ」
淡いクリーム色の外壁に、赤いレンガの屋根が映える美しい街並み。
その奥に広がる丘に、重厚な巌のような城が聳えていた。
芸術の都を治める領主にしては、ずいぶんと武骨な建物に住んでいると思ったが……。
なるほど、もともと要塞だったというなら納得がいく。
「中は華やかに改装されているがな。きっと驚くぞ、そこらの王宮よりも豪華だ」
「そりゃ楽しみだなぁ……」
「……ん? あれはなんだろ?」
不意に話を遮って前方を指さすクルタさん。
その視線の先を見れば、街道を遮るように検問のようなものが設けられている。
なんだろ、事件でも起きたのかな?
俺たちが馬車を止めると、すぐに衛兵らしき人物が駆け寄ってくる。
「エルマール衛兵隊の者だ。身分証を出してくれ」
「ああ、はい。どうぞ」
俺たちはすぐに、それぞれのギルドカードを手渡した。
それを確認した衛兵さんは、少し驚いたような顔をする。
「ほう、ラージャからとは珍しいな」
「大きな依頼をこなして、ちょっと余裕が出来まして。骨休めに」
「そういうことか。それだと五人で……入市税として五万ゴールド払ってくれ」
「……え?」
予想外の金額に、俺たちはすぐに返事をすることができなかった。
入市税を設けている都市はたまにあるが、一人千ゴールドほどが相場である。
一人一万ゴールドなんて、流石に聞いたことがない。
「ちょっと待ってくれ。前に訪れた時は、こんな法外な税はかからなかったはずだ」
「前というのは、どのぐらい前の話だ?」
「二年ほど前だ」
「それならば、知らなくても無理はないな。この税が設定されたのは一年前の話だ」
「……街に何かあったのか?」
怪訝な顔をして、思わずそう尋ねるライザ姉さん。
すると衛兵は、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「理由は俺たちも知らん。領主様の一存で決まったことだからな」
「そんな無法が通るのか……」
「すまないが、規則は規則だ。払わないというのであれば、通すわけにはいかない」
「……しょうがないなぁ」
クルタさんがそっと懐から、金貨を五枚取り出して衛兵に手渡した。
ライザ姉さんはどうにも納得がいかないような顔をするが、クルタさんはそっと耳打ちをする。
「ここでトラブルを起こしたら、ヴァルデマール家に行けなくなるよ」
「それはそうだが……何だか負けた気がするぞ」
「勝ったとか負けたとかじゃないでしょ、こんなの」
「だが、何というか……」
「通ってよし、これが許可証だ」
もやもやしているライザ姉さんをよそに、衛兵は手早く清算を済ませると許可証を手渡してきた。
それを受け取った俺たちは、再び街に向かって馬車を走らせる。
「しかし、何でまた急に税金が上がったんだろうな?」
「さぁ? 城の改築でもしたんじゃないの?」
「にしても、一万ゴールドはやりすぎに思うが……」
「考えても仕方のないことだと思いますよ。あ、そうだ。お姉さまこれを」
そう言って、ニノさんはクルタさんが立て替えた入市税を手渡した。
俺たちもまた、自分の分をクルタさんに手渡す。
こういうのは早め早めにきちんとしておかないと、あとで揉める原因になるからね。
「はい、着きましたよ」
やがて街の広場に入ったところで、御者をしていたニノさんが馬車を止めた。
いななきと共に、馬がゆっくりと足を止める。
こうして馬車の外に出ると、そこはまさしく大都会。
華やかなる芸術の都……のはずだったのだが。
どことなく、街全体に活気がない。
「……何だか静かなところだね」
「これは静かというよりも、寂れているというのが正しいかもしれません」
「おかしいな、以前に来た時はそこかしこに芸人や音楽家がいたのだが……」
そう言って周囲を見渡すライザ姉さんであったが、そのような者たちの気配はなかった。
それどころか、人通り自体がかなりまばらである。
整備の行き届いた道ががらんとしているさまは、いっそ不気味なほどであった。
「これも入市税のせいですかね?」
「それだけじゃ、流石にここまで寂れんだろう。他にもいろいろとあるのかもしれん」
「げ……まだまだ謎の税金があったりするのかな?」
「わからん。だが、さっさと用事を済ませた方がいいのは確かだな」
ロウガさんの言葉に、俺たちはすぐに頷いた。
とにかく、一刻も早くヴァルデマール家に行ってオリハルコンのナイフを譲ってもらおう。
この街にいると、何だかよくないことが起こりそうな気がする。
「じゃあ、姉さん頼みますよ? 姉さんの紹介だけが頼りなんですからね?」
「わかっている。さっさと行こう」
「……あらかじめ言っておくと、理不尽なことがあっても暴れちゃだめだからね?」
「そのぐらいわかっているさ! 子ども扱いするな!」
こうして俺たちは、姉さんと共にヴァルデマール家の城を目指すのだった。




