第三十六話 事の後始末
「ふぅ~~!! 最高だな!」
事件の数日後。
俺たちは迷宮都市で最も高級とされるレストラン『天の晩餐』へとやってきていた。
ここは値段が高いのはもちろんのこと、入れるのは選ばれし招待客のみ。
その上、基本的に予約は数年待ちという物凄く敷居の高い場所である。
それを今回、アエリア姉さんが『騒動に巻き込んだお詫び』として貸し切ってくれたのだ。
「初めて見る料理ばかりですね。名前がポエムみたいですし……」
「迷宮産トネリコ茸の大籠焼き、高原の爽やかさと共に。……確かに、高原の爽やかさって何だろう」
「いいだろ、旨けりゃ何でも」
「もう、ロウガはガサツだなぁ……」
一皿で数万ゴールドはしそうな高級料理を、遠慮なしにガツガツと食べるロウガさん。
いくら貸し切りで他の客がいないとはいえ、見ていてちょっと恥ずかしくなる。
それとは対照的に、クルタさんは実にお行儀よく料理を食べていた。
何でも、Aランクともなると有力者と会食する機会もあるらしく。
こういったマナーの基礎は押さえているそうだ。
「ラーナさんも来られると良かったんですけどね」
「まあ、しょうがねえだろ。むしろ、三か月の謹慎で済んで良かったぜ」
俺とアエリア姉さんの戦いが終わった後。
ラーナさんはすぐに、コンロン商会と取引したことをギルドに報告した。
それによって下された処分が、謹慎三か月。
冒険者資格の取り消しもあり得たことからすると、かなり寛大な処置だったらしい。
ラーナさんの方から自首したことが奏功したようだ。
「コンロンの方も、ラーナさんの証言をもとにギルドと商会がきちんと調査してくれるそうです」
「あんな危ない武器を見せられたらね。そりゃ放っておけないよ」
「どうも、製造には黒の塔が絡んでるって話だ。デカい山になるかもな」
黒の塔というのは、禁忌の闇魔法を研究する魔導師集団だ。
十年ほど前に大規模な爆破事件を起こして以来、あまり表には出ていないのだが……。
今なお、地下に潜って活動を続けていると言われている。
ただでさえ魔族との緊張が高まっているこの時期に、面倒な連中が出てきたものだ。
「……まあ、あんまり関わらない方がいいでしょう」
「そうだな、こっちも魔族関連のことがあるしな」
「だね。今はその聖剣をどうにかする方法を考えた方がいいよ」
そういうと、クルタさんは聖剣を納めている俺のマジックバッグを見た。
錆の浮いた聖剣は、このままでは武器として何の役にも立たないだろう。
というより、下手なことをすれば折れてしまうかもしれない。
「ラージャに戻って、バーグの親父に見てもらうか?」
「そうですね、それで直ってくれるといいんですけど」
「ちょっと難しいかもな。たぶんその聖剣、オリハルコンで出来てるだろうから」
神々の産み出した完全なる金属、オリハルコン。
この世で最も硬いとされるこの金属は、同時にこの世で最も希少な金属でもある。
これだけ錆びてしまっているとなると、修理するにも材料を足す必要があるだろう。
そうなると、どこかからオリハルコンを調達してくる必要がある。
「オリハルコンとなると……カナリヤ鉱山か」
「だね。あるとしたらあそこぐらいかな」
「迷宮の次は鉱山ですか。地下が続きますね」
困ったなという顔をするニノさん。
そう言えば、迷宮内でもよく「日光を浴びたい」とか言ってたなぁ。
忍びという職業柄、暗い場所での戦いの方が得意そうなのだけれども。
本人の性向としては、日当たりのいい場所の方が好きらしい。
まあ、お日様に当たりたいのは人間なら誰でもそうか。
「とにかく、一度ラージャに戻ってこの剣を見てもらおう。剣に関しては、あっちが本場だしね」
「じゃあ、軽く挨拶を済ませたら街を出ますか。何か、ここでやり残したことはありませんか?」
「そうだなぁ、予定より短い滞在になったから……。飯屋の制覇がまだできてないな」
「もう、そんなことぐらい別にいいじゃん!」
「いやいや、食うことは大事だぜ? 俺ぐらいの歳になると、あと何回食事ができるかって意識して……」
何やら語り始めるロウガさん。
普段はおじさんじゃないというのに、こういう時だけは人生の先輩風を吹かせてくる。
こういうところがなければ、渋くてカッコいいんだけどなぁ……。
俺たちがちょっぴり冷めた目をしていると、部屋にそっとアエリア姉さんが入ってきた。
「失礼しますわ。ふふふ、楽しんで頂けているようですわね」
「アエリア姉さん! 仕事はいいの?」
「ええ、とりあえずは落ち着きましたわ」
心なしか、普段より疲れた様子のアエリア姉さん。
街中で大暴れしてしまったため、事件の後始末が相当に大変だったようだ。
俺も、ダンジョンの床を壊してしまったのだけれど……。
あちらについては、すぐに修復されてしまったらしく上手く誤魔化せたらしい。
壊れた壁や床が元に戻るなんて、流石は神が造ったと言われるだけのことはある。
「あなたたちは、これからどうするつもりですの?」
「いったん、ラージャに戻って聖剣のことを馴染みの鍛冶師に相談しようかと」
「なるほど、それは良いですわね」
既に勝負は決まったからであろうか。
これまでとは違って、穏やかな態度のアエリア姉さん。
すかさず、給仕たちが彼女の前にも食事を運んで来ようとした。
しかしそれを手で制すると、姉さんは穏やかながらも真剣な顔で語り出す。
「ですがその前に、考えなくてはいけないことがありますわよ」
「何ですか?」
「決まっているじゃありませんの。エクレシアのことですわ」
……そうだ、エクレシア姉さん!
俺は最後に残った一番厄介な身内の存在に、思わず唸るのであった。




