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第三十五話 長女の内心

「けほ、こほ……。すごいことになっちゃったな」


 ゴーレムの落下をギリギリで躱した俺は、広場の端から中央付近を見た。

 濛々と砂埃が舞い上がるそこは、まさしく爆心地とでもいうべき惨状が広がっている。

 あと少し避難が遅れたら、俺もちょっとヤバかったかも……。

 アエリア姉さん、流石にちょっとやり過ぎである。


「ははは、上手いことやったじゃねえか!」

「流石にこれじゃ、もう動けないね」


 穴の中心でひっくり返っているゴーレム。

 それを見たクルタさんたちは、ほっとしたようにつぶやいた。

 この惨状では、流石に勝負は決まったと思ったようだ。

 しかし、ゴーレムの眼が再び輝き始める。


「まだ……まだですわ! この程度で、わたくしはやられませんわよ!」

「げっ!? まだやれるのかい!?」

「どんだけタフなんだよ……!!」


 立ち上がるゴーレム。

 その装甲はひどく汚れていたが、特に目立つ傷などはなかった。

 姉さんが豪語した通り、落下でのダメージはほとんどないようである。

 こいつ……いったいどんな金属で出来ているのだろうか?

 あれだけの勢いで地面にぶつかれば、流石に傷の一つや二つできても良さそうなものだけども。


「さあ、決着を付けましょうか。ノ……きゃっ!」


 いきなり、ゴーレムが大きくバランスを崩した。

 アエリア姉さんは何とか立て直そうとするのだが、なかなかうまく行かない。

 ゴーレムの巨体が、さながら酔っぱらってしまったかのようにフラフラと揺れる。

 よし、どうやらうまく行ったみたいだぞ……!!


「くっ! めまいが……アタタッ! 背中が!」

「無茶しすぎたんですよ、姉さん」


 めまいと全身の痛みを訴える姉さんに、俺はゆっくりと語りかけた。

 乗っているゴーレムは無敵かもしれないが、操縦しているアエリア姉さんは無敵じゃない。

 あんな無茶苦茶な動きをすれば、身体に負担があって当然だ。

 そこを突くために、いろいろと俺も動いたわけだけど……。

 むしろ、一般人の姉さんがここまで頑張ったことに並々ならぬ執念を感じる。

 ぐるぐると回った時点で、相当しんどかっただろうに。


「ぐぐぐ……ここで、倒れるわけには……!」

「姉さん、無茶はやめて!」

「おだまりなさい! わたくしは必ず、あなたを……」

『搭乗者の身体機能に異常を確認。緊急停止します』


 どこからか響いた無機質な声。

 およそ人間のものとは思えないそれは、ゴーレムのものであろうか?

 唐突に聞こえてきたそれに俺たちが動揺していると、にわかにゴーレムの動きが止まった。

 やがて背中の装甲がスライドして、中から姉さんが這い出して来る。


「ううぅ……気持ちが悪いですわ……」

「姉さん、大丈夫!?」


 真っ青な顔をしていたアエリア姉さん。

 俺は慌てて彼女の元へと走り寄ると、すぐさまポーションを取り出した。

 吐き気が酷いのだろう、姉さんはむせながらもどうにかそれを飲み干す。


「……まさか、このゴーレムをもってしても停められないなんて」

「俺だって、いろいろと成長してるんだからね」

「そのようですわね。……はぁ、完全に想定以上ですわ」


 乗り物酔いで弱っているからなのだろうか。

 いつもの強気な態度はどこへやら、アエリア姉さんは実にしみじみとした様子でつぶやいた。

 どこか寂しげな様子を見せる彼女に、俺はゆっくりと問いかける。


「ねえ。何で姉さんは、そんなに俺を連れ戻したかったのさ?」

「もちろん、ノアのことが心配だったからですわ。それに……」

「それに?」

「ノアが、わたくしでは行けない場所に行ってしまうような気がして」


 そうつぶやくアエリア姉さんの顔は、月光に照らされてひどく儚げであった。

 大陸有数の商会を取り仕切る彼女であるが、まだまだ若い。

 普段は隠している弱さが、表に出てきてしまっているようだった。


「わたくしには、戦う力がありませんわ。剣術も魔法も、全く適性がありませんでした。代わりに多少、商才がございましたが……。それだけですわ」

「いや、多少ってレベルじゃないような気がするけど……」


 俺が貯まらず突っ込みを入れたが、姉さんは無視して話を続けた。

 完全に、自分の世界に入ってしまっているようである。


「だから、ノアが冒険者になってしまったら……。置いてきぼりにされるような感じがして。戦えないわたくしでは、後を追いかけることはできませんから」

「姉さん、そんなこと思ってたんだ。じゃあひょっとして、このゴーレムは……」

「ええ。戦えないわたくしが、いざという時にノアを守るために作ったものですわ」


 なるほど、異常に高性能なゴーレムを開発したのはそういうわけだったのか……。

 そう言われると、ちょっと悪いことをしちゃったような気がするなぁ。

 いやまぁ、ゴーレム自体を破壊したわけではないのだけどもさ。


「ですが、こうなってしまった以上はしかたありませんわね。認めますわ」

「ということは……」

「ええ、冒険者として活動してもいいですわ」

「……やった!!」


 許可を貰えて、俺は思わず喜びの声を上げた。

 気持ちが弾んで、その場で意味もなくジャンプしたくなる。

 が、その気持ちをひとまずしまい込むと。

 俺は今にも泣きそうな顔をしているアエリア姉さんの方へと向き直る。


「ありがとう、姉さん」

「……負けましたから、当然ですわ」

「でも、安心してよ。冒険が終わったら、ちゃんと帰るから」


 俺の言葉を聞いて、見る見るうちに姉さんの表情が明るくなっていった。

 彼女は俺に向かって前のめりになると、いきなり手を握ってくる。


「それ、本当ですわね!?」

「う、うん」

「良かったですわ!! では、ノアが三年後に商会を継ぐという方向で話を進めておきますわね」

「ちょっと待ってよ!! 何でそうなるの!?」


 俺の言葉を完全に無視して、どこからともなく現れた秘書と話を進めるアエリア姉さん。

 待って、そんなこと一言も言ってないんだけど!!

 俺の悲鳴じみた叫びが、真夜中の街に響き渡るのだった――。

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