第三十三話 会頭専用機
「う、うっそぉ!? なにこれ!」
「鉄でできた……ドラゴンか……?」
現れた物体の異様さに、俺たちは揃って息を呑んだ。
こいつは、ゴーレムの一種であろうか?
ドラゴンを模した姿をしているが、身体のほとんどが金属で出来ている。
大きさは人の背丈の三倍ほどで、周囲の建物が小さく見えるほどだった。
「これが我が商会の最終兵器、会頭専用竜型魔装人形ですわ!」
ドドンッと胸を張り、高らかに宣言するアエリア姉さん。
いや、確かにすごいゴーレムだけど……!
どうしてこんなもの作ったんだよ!
まさか、国を相手にして戦争でも始めるつもりなのか?
「どうしてこんなものを……」
「決まっていますわ。これも、ノアを危険から守るため!」
「え、ええ!?」
思っていたよりも、さらにひどい理由だった!
というか、これほどのゴーレムである。
いくら魔道具の製作が盛んなヴェルヘンとはいえ、良く作れたものだ。
俺が半ば呆れていると、姉さんは意気揚々と語り出す。
「迷宮内で発見された遺物を元に、シエルの協力も得て実現した最強のゴーレムですわ! 開発に百億ゴールドほどかかりましたが……それ以上の性能はありますわよ」
「ひゃ、百億!?」
あまりの金額に、腰を抜かしてしまうクルタさんたち。
予想がついていたとはいえ、俺もずっこけそうになってしまった。
いや、百億ってどれだけだよ!
金額の大きさに、流石の俺も全く想像がつかなかった。
それだけのお金があったら、千年ぐらい遊んで暮らせそうだ。
……まず、そんなに生きられないけども。
「さあ、この機体の力を今こそ見せつけて差し上げますわ! はっ!!」
ドラゴンの背中が動き、出入り口のようなものが現れた。
姉さんは軽やかに身をひるがえすと、颯爽とその中に入っていく。
このゴーレム、中に乗って動かすタイプなのか!
初めて見る方式に驚いていると、にわかにゴーレムの眼が光る。
「う、動き出した!!」
「こりゃ、ちょっとやばいんじゃないのかい!?」
「あんなゴーレムが暴れたら、とんでもないことになりますよ!」
天を仰ぎ、機械らしからぬ咆哮を上げるゴーレム。
その迫力は本物のドラゴンと比べても劣らない。
いや、むしろ勝っているぐらいだ。
あまりの大音響に、地面が震えて建物の窓が砕け散る。
「さあ、ノア!! 覚悟なさい!!」
「うわっ!?」
振り下ろされる爪。
冴えた輝きを放つそれは、路地の石畳を軽々と打ち砕いた。
なんて破壊力だ!!
こんなのが暴れ回ったら、あっという間に街が壊滅しちゃうぞ!!
俺は慌ててゴーレムの顔を見ると、中にいるであろう姉さんに告げる。
「場所を変えよう! ここじゃ怪我人が出る!」
「いいですわ! では、中央広場ではどうかしら?」
「いいよ、行こう!」
こうして移動を開始した俺と姉さん。
クルタさんたちも心配だったのだろう、後ろから追いかけてきた。
「あれとやり合うつもり!?」
「そうするしかないよ」
「けど、あんなのほんとに倒せるの? どう見ても強そうだけど……」
石畳を粉砕しながら、疾走するゴーレム。
その巨体の迫力はすさまじく、輝く装甲はどんな攻撃でもはじき返しそうだ。
何より、アエリア姉さんがあれだけ自信満々に呼び出したのである。
それなりの勝算があってのことだろう。
「大丈夫、相手がアエリア姉さんなら勝算はある」
俺がそう告げたところで、街並みが途切れた。
ヴェルヘンの街で最も大きな広場である、中央広場が見えてくる。
迷宮への入り口が複数存在するこの広場は、多くの探索者が集まることから広大な面積がとられていた。
「さあ、勝負ですわノア!」
「ああ、やろうか」
広場の中央で、改めてアエリア姉さんの乗ったゴーレムと対峙する。
月影に煌めくその巨体は、異質で異様な存在感を放っていた。
よくこれだけのものを人間が造れたものだと、逆に感心してしまうほどだ。
元になった遺物があるのだろうけど、それ以上に商会の技術力がすさまじい。
たぶん、シエル姉さんとかも全力で協力したんだろうなこれ。
こういうの、結構好きそうだし。
「あらかじめ言っておきますが、この機体の装甲には剣も魔法も通用しませんわ。特殊な液体金属を使っておりまして、何をされても再生いたしますの」
機体の性能をよほど自慢したかったのだろうか。
アエリア姉さんのおかげで、戦う前からいろいろと情報を仕入れることができた。
なるほど、それは確かに厄介だな……。
頑張れば破壊できなくはなさそうだけど、無茶をすると中にいる姉さんが危ない。
だったら、方法は一つだな。
「わかった。じゃあ、俺は剣も魔法も使わないよ」
「あら? それでどうするつもりですの?」
「こうするんだよ」
俺は全身に魔力を行き渡らせると、そのまま一気に踏み込んだ。
――ドンッと鈍い音。
足音というよりも、もはや爆発音といった方が良いそれとともに身体が前に飛び出す。
そして、拳を固く握りしめ――。
「おっりゃああ!!」
「ぐっ!?」
ゴーレムのどてっぱらに拳が突き刺さる。
その瞬間、竜を模した巨体がにわかに傾くのだった――。




