第三十二話 そんなの、認められませんわ!
「まさか、ノアがそこまで成長していたとは……思いもよりませんでしたわ」
すぐに意識を回復させたアエリア姉さん。
彼女はゆっくりと起き上がると、心底驚いたような眼で俺を見た。
きっと、姉さんの中では俺はまだまだ子どもだったのだろうなぁ……。
「俺も成長してるってことですよ」
「ぐぐぐ……。それは認めざるを得ませんわね」
「じゃあ、今日のところはこれで――」
これ以上関わると、また話がややこしくなるような気がする!
俺はさっさと会話を打ち切りにすると、早々にその場から立ち去ろうとした。
しかし、アエリア姉さんが異様な瞬発力で回り込んでくる。
「わたくしからは逃げられませんわ」
「べ、別に逃げるつもりなんて。あはは……」
「まったく。昔からノアは、わたくしを過剰に怖がるのですから」
だって、アエリア姉さんはいろいろ理詰めで問い質してくるからなぁ……。
個人的には、ライザ姉さんよりも怖いとさえ思う。
ライザ姉さんの場合、それっぽいことを言えば納得してくれることも多いし。
「……それで、宝物庫はどうでしたの?」
「え?」
「牡牛が守っていた宝物庫ですわ。その様子だと、入ったのでしょう?」
流石はアエリア姉さん、そこまでお見通しだったらしい。
まぁ、みんなのどこか浮かれた表情を見れば収穫があったことぐらいはわかるか。
ロウガさんとか、結構分かりやすくテンション上がってたしなぁ。
「大魔導師の宝物庫なら、危険な遺物があることも考えられますわ。街を取り仕切るフィオーレ商会の長としては、あなたが妙な物を持ち出していないか聞く義務があります」
そう言って、詳しい報告を求めてくるアエリア姉さん。
これについては、ごもっともと言うよりほかはない。
あの宝物庫……というか実験室の中には、国ひとつ滅ぼせそうなヤバいものすらあった。
そういうものについては、ちゃんと持ち出さないようにしたけれども。
俺は宝物庫で何があったのかを、順を追って姉さんに説明していく。
「なるほど。一度、調査する必要がありますわね」
「ええ、これがそのカギです」
「受け取りましたわ。置いて来たものについては、十三番迷宮の所有権を有する商会のものとなりますがよろしくて?」
俺だけでなく、その場にいた皆に問いかけるアエリア姉さん。
迷宮内に存在する宝物については、持ち出してきたものに限り探索者に所有権が認められる。
ようは、財宝を発見しても持ち帰ることが出来なければ自分のものとはならないのだ。
今回の場合、発見者である俺たちは所有権を放棄した扱いになる。
「ああ、構わないよ。危ない魔導書なんて、持て余すだけさ」
「だね。変に広まったりしても困るし」
「商会が引き取ってくれるなら安心です」
「そうだな、ちょっとばかり謝礼を貰えると……」
最後に、それとなく分け前が欲しいというロウガさん。
いやまぁ、人情としてわからなくはないけどこの場面でせこくないか?
俺がそう思っていると、即座にニノさんがロウガさんの足を踏んだ。
「イタッ! ニノ、何するんだ!?」
「ロウガがちっちゃいこと言うからです」
「ちょっとぐらい良いだろ? 懐が寂しくてな……」
「いくらか報奨金はお支払いしましょう」
「おお! 流石は天下のフィオーレ商会、太っ腹だぜ!」
調子よくアエリア姉さんのことを持ち上げるロウガさん。
本当に現金なんだから……。
まあ、悪い話ではないからいいのだけれども。
「あ、そうだ! 宝物庫の調査をするなら……その。日を改めて言おうと思っていたのだけどさ」
「なんですの、急に」
「ええっと、姉さんは驚くだろうけどさ」
「もったいぶらないでくださいまし」
「宝物庫に転移魔法陣があったんだ。それで開いた転移門で……行けちゃった。隠し通路」
そう言うと、俺はマジックバッグの中から聖剣を取り出した。
それを目にした途端、アエリア姉さんの動きが止まる。
やがて彼女はゆっくりと、油が切れたようなぎこちない動きで聖剣に手を伸ばした。
そして聖剣を手にすると、じっくりとその目で観察する。
「これがもしかして……」
「ファム姉さんの言っていた聖剣だと思います」
「このおんぼろな剣が……聖剣……」
「はい。他にありませんでしたし、間違いないです」
俺がそう言うと、姉さんはどこからともなくルーペを取り出した。
そして、真剣な眼で剣の柄に刻まれた意匠などを確認する。
俺にはどういった由来なのかよく分からないものだが、流石はアエリア姉さん。
何やらぶつぶつと「古王朝時代のものに似ている」とか「この文字は神を示す」とか語り出す。
「……確かに、それらしいものには見えますわ」
「じゃあ、目標達成だね!」
「いいえ」
え、それは一体どういうことだ?
俺が思わず戸惑いの声を上げると、アエリア姉さんは半ば自棄になったような口調で言う。
「あくまで、この剣は聖剣らしいものですわ! これが聖剣だという証拠はありません!」
「そんな……ひどいよ、姉さん!」
「嫌ならば、これが聖剣だという証拠を見せるのですわ」
「そんなこと言ったって、どうすればいいのさ!」
「どうもこうもしませんわ。ノアはわたくしと一緒に家に帰ればいいんですの!」
もはや体面も何もあったものではない。
むむむ……!!
アエリア姉さんがそのつもりなら、こっちにだって考えがあるぞ!
「わかった、もういいよ! アエリア姉さんの許可はいらない!」
「なっ! このわたくしに反抗するつもりですの!?」
「先にめちゃくちゃ言ってきたのは姉さんじゃないか! だから俺も言うことを聞かない、それだけ!」
「待ちなさい、ノア!」
呼び止める姉さんに構うことなく、俺はくるりと背を向けた。
もう怒ったぞ、姉さんの言うことなんて聞くもんか!
俺がそのままみんなを連れて歩きだそうとしたところで、姉さんの方も叫ぶ。
「ならば、わたくしも力づくで連れ戻すまでですわ!」
「……どうやって?」
思わず、足を止めて聞き返してしまった。
ひょっとして、護衛の人たちを動員するつもりだろうか?
でも、彼らが俺に勝てないことぐらい姉さんならわかるはずだけど……。
俺だけでなく、クルタさんたちも不思議そうな顔をする。
すると姉さんは、何やら自信ありげに告げた。
「……今こそ見せてあげますわ。このわたくしの……いえ、商会の圧倒的な力を!」
そう言うと、胸元から謎のスイッチを取り出したアエリア姉さん。
彼女がそれを押すと、たちまち建物の影から巨大な何かが姿を現す。
こ、これは……なんだ……!?
「ド、ドラゴン!? いや、ゴーレム!?」
ドラゴンの形をした何かが、俺たちの前に立ちふさがった……!




