第三十一話 思いがけない遭遇
「ふーっ! 流石にちょっと疲れましたね!」
数時間ぶりに地上に戻って来た俺は、胸を広げて深呼吸をした。
十三番迷宮の上層部は自然を模したような空間となってはいるが、やはり地上とは空気の味が違う。
深夜の涼やかな風が、疲れて火照った身体を撫でて心地よかった。
「何事もなく出られてよかったぜ」
「ええ。目的も達成することが出来ましたしね」
俺のマジックバッグを見ながら呟くニノさん。
するとクルタさんが、どこか納得のいかない様子で言う。
「けど、あれが本当に聖剣なの? 錆だらけだったけど」
俺が隠し通路から持ち帰ってきた聖剣は……ううーん。
まあ何というか、ものすごく年季が入っていた。
百年ぐらいずーっと野晒しにされていたかのようである。
普通、聖剣のような力のある剣はそう簡単に錆びたりはしないのだけど。
その耐久性をも上回る年月を放置されていたのかもしれない。
「でも、間違いないと思いますよ。あの通路にあった剣はそれだけでしたから」
「そもそも、隠し通路じゃなかったかもよ?」
「それはないです。だって、入り口にものすごく強力な封印が掛けられてましたから」
当時の教団関係者が仕掛けたものであろうか。
通路の入り口には、恐ろしく強力な結界が張られていた。
シエル姉さんでも解除できなさそうなほどに、複雑で大掛かりな物である。
聖剣を封印した隠し通路でもなければ、これほどのものを準備しないだろう。
「……ま、とにかく今日は休もうぜ。俺も疲れちまった」
「ですね」
「そうだ、宿はどうしよう? しばらく泊まるつもりだったから、取ってないよ」
「だったら、アタシのとこへ来な。主人とは長い付き合いだ、融通が利くよ」
そう言って笑うラーナさん。
助かった、この時間からだとなかなか宿も取れないからなぁ。
こうして俺がほっと胸を撫で下ろしたその時であった。
通りの向こうから、飛び上がってしまうほどの大声が聞こえてくる。
「ノアッ!!!!」
「ア、アエリア姉さん!?」
通りの向こうから走ってきたのは、何とアエリア姉さんだった。
ど、どうして姉さんがここにいるんだ!?
もしかして、俺が迷宮で騒ぎを起こしたことがもう伝わったのだろうか。
けど、それにしたって早すぎる。
ひょっとして姉さん、迷宮の中でも俺を監視しているのか!?
「無事だったんですのね! 心配しましたわ、迷宮の床を破ったなんて聞いたものですから」
「あはは、もうそんなとこまで伝わってたんですね」
「笑い事ではありませんわ! あなたがそんな騒ぎを起こすなんて、よほどのことがあったのでしょう?」
「ええ、まあ……」
姉さんからの質問攻めに、タジタジになってしまう俺。
そうしていると、ラーナさんが呑気な顔で尋ねてくる。
「誰だい、この美人さんは。ぼうやの家族かい?」
「な! 何ですのあなたは、破廉恥な格好をして!」
「わわ、話がややこしくなる!?」
ラーナさんの格好を見て、激しく反応するアエリア姉さん。
やばい、これはかなりやばいぞ……!!
アエリア姉さんは昔から、俺に近づく女性には厳しかった。
特に美人だったりスタイルが良かったりすると、それはもううるさいのだ。
クルタさんたちのことは、既に知っていたのかあまり言わなかったけれど……。
ラーナさんみたいなセクシーな美女がいたら、ただじゃ済まないぞ!
「破廉恥とは言うねえ。あんただって、人のこと言えないじゃないのさ」
「わたくしのドレスと一緒にしないでくださる? これ、いくらしたと思っているんですの?」
「値段は関係ないだろう?」
「ああ言えばこう言う……うっとおしいですわね!」
額を押さえて、苛立ちを露わにする姉さん。
やがて彼女は深呼吸をして気分を落ち着かせると、改めて俺の方を見た。
「とりあえず、ノアが元気そうで何よりでしたわ。中で何がありましたの?」
「強力な魔物が出て、それと戦ったんです」
「ひょっとして……。その魔物、赤い眼をしたミノタウロスではなくて?」
アエリア姉さんの言葉に、俺はどきりとした。
姉さん、牡牛の存在を知ってたのか……。
まあ、街を牛耳っているフィオーレ商会の代表なのである。
それぐらいはむしろ当然なのかもしれないが、少し驚いてしまった。
「ええ。知ってたんですね、姉さん」
「当然ですわ。しかし、ライザ不在でよく撃退出来ましたわね」
「あ、いや。倒しました」
「……はい?」
俺の答えに、姉さんは間の抜けたような返事をした。
あ、これは……。
俺は自分がやらかしてしまったことを察するが、とっさにうまく言い逃れができない。
みんなに助けを求めようと目を向けるが、生暖かい笑みを返されてしまった。
「倒したってどういうことですの?」
「いや、普通に……討伐したってことだよ。牡牛を」
「……!? あの伝説の魔物を!?」
「はい」
「ライザもいないのに!?」
「ええ」
恐る恐る俺が返事をすると、アエリア姉さんはその場で固まってしまった。
まずい、これはきっと怒られる……!!
アエリア姉さんは、昔から俺が危ないことをするとすごく怒ったからなぁ。
冒険者になりたいという俺の夢に対して、最も強く反対していたのも彼女である。
――ノアはどんくさいから、危ないことはやめてうちの商会で働きなさい。
俺の人生において、千回ぐらいは言われたセリフだ。
「…………」
「あの、アエリア姉さん?」
「…………」
「どうしたんですか?」
呼びかけても、何故か返事が戻ってこない。
あれ、おかしいな?
不審に思った俺が姉さんに近づき、その肩を揺らすと……。
「き、気絶してる!?」
ふらりと倒れる姉さん。
その姿を見て、俺はたまらず悲鳴を上げるのだった。




