第三十話 宝物庫
「これが大魔導師バルクの宝物庫……。にしては、辛気臭い場所だな」
転移独特の浮遊感が収まると、俺たちの目の前に広がっていたのは地下室のような空間であった。
恐らくは、バルクが亡くなってから誰も立ち入る者などいなかったのであろう。
薄暗い室内は、埃と黴が混じりあったような匂いで満ちていた。
「宝物庫というよりは、実験室ですかね?」
「そうみたいだね。なんか変な物もいっぱい置いてあるし」
壁際には本棚が置かれ、大量の資料で埋め尽くされていた。
さらに得体の知れない実験器具らしきものも、そこかしこに置かれている。
劣化しないように魔法が掛けられていたのだろうか。
瓶詰のポーションらしきものまで、棚に並べられていた。
「これのどこが宝物庫だよ……。やっぱりガセネタだったってことかねえ」
「いや……ここにあるものはどれもお宝ですよ」
本棚に置かれている本を手に取ると、古代文字で記された魔導書であった。
中身は……たぶん、錬金術に関するもののようだ。
永遠の従者を生み出す方法などと記されている。
俺の知識では完全に解読することはできないが、間違いなく第一級の資料だろう。
たぶん、同じ大きさの金塊などよりもよっぽど価値がある。
「ここの中身を売れば、国ひとつ買えますよ」
「マジか……!」
「そう聞くと、急にお宝の山に見えてきたねえ……」
「二人とも現金だなぁ」
急に眼を輝かせるロウガさんとラーナさんに、クルタさんは呆れたようにつぶやいた。
まあ、二人ともお金がなくて困ってるだろうからなぁ……。
ロウガさんの場合は、ほとんど使いすぎの自業自得だけれども。
「まあ、売れませんけどね」
「え?」
「見た感じ、ほとんど闇の魔法に関するものですから。こんなの外に出したらヤバいですよ」
「なんだい、結局くたびれ儲けってわけか……」
「出せる分だけだと……一人百万ってとこですかね」
俺がそう言うと、ロウガさんたちはいくらかほっとしたような顔をした。
ま、最低限の儲けといったところであろうか。
特にロウガさんは、さっそくお金を使う算段を付け始める。
すると――。
「ダメですよ、遊びに使っては」
「俺が俺の分け前をどう使おうと、勝手だろう?」
「盾のメンテナンスをしないと。ついでに、少し改良してもらってはどうですか」
言われてみれば、今回も結構無茶してたもんなぁ。
ニノさんにそう促されて、ロウガさんは渋々ながらも頷いた。
自分でも盾の消耗には気づいていたのだろう。
「それより、これなんだろう?」
「どれです?」
「ほら、このレバーみたいなの」
クルタさんに言われてみれば、部屋の端に見慣れないレバーのようなものがあった。
ひょっとして、ここの他にもう一部屋あるのか?
俺は魔力探査で妙な仕掛けがないことを確認すると、さっそくそれを倒してみる。
たちまち重々しい音とともに、部屋の壁が動き始めた。
「これは……なんだ?」
「魔法陣がいっぱい?」
てっきり、資材置き場か何かがあるのかと思ったのだが。
壁の先に広がっていたのは、大きな広場のような空間であった。
さらにその床にはちょっとした段差が設けられており、何かの台座のようになっている。
台座は全部で十三か所、それぞれに転移の魔法陣が刻まれていた。
「どこに繋がってるんだろう……?」
「これもしかして、それぞれの迷宮に繋がってるんじゃないか?」
言われてみれば、十三という数はちょうど迷宮の数と一致していた。
十三番目が見つかったのは最近だけれど、バルクは既に発見していたのだろう。
となるとこれは、それぞれの迷宮へのショートカットコースといったところであろうか。
「ひょっとして、この先にさらなるお宝の山があったりしてな!」
台座を指さして笑うロウガさん。
流石にそんなことはないだろうと思うが、どこに繋がっているのか気にはなる。
ひょっとして、まだ誰も到達したことのない最深部とか?
そう思うと、好奇心がムクムクと沸き起こってきた。
「……行ってみても、いいですか?」
「え?」
「だって気になるじゃないですか。宝物庫からの転移陣ですよ?」
「まぁ、気持ちはわかるが……」
「いいんじゃないの。けど、無理は絶対にしちゃ駄目だからね!」
「わかってますって」
ポーションをがぶ飲みしたおかげで、身体の具合はだいぶ良くなっていた。
この分なら、行った先にヤバい魔物がいたとしても逃げるぐらいはできるだろう。
俺はクルタさんの言葉に深くうなずくと、そのまま台座の上に乗った。
たちまち魔法陣の光が強まり、景色が歪んでいく。
そして――。
「ん? ここは……なんだ?」
やがてたどり着いたのは、白を基調とした聖堂のような空間であった。
俺が乗った台座は、確か十二番目だったはずだ。
だからたぶん、十二番迷宮の中だと思うけど明らかにこれまでの場所とは雰囲気が異なっている。
ファム姉さんに連れられて、何度か出かけたことのある聖十字教団の大聖堂。
あの場所によく似た神聖で厳かな空気が満ちていた。
高くアーチを描く天井を見ていると、自然と背筋が伸びてくるようだ。
「ひょっとして、隠し通路なのか?」
かつて勇者が聖剣を封じたという、十二番迷宮の隠し通路。
俺たちの旅の目的地だが、俺はこの場所がひょっとしてそこなのではないかと思った。
この場に漂う神聖な空気と聖剣のイメージが、ぴったりと噛み合ったからだ。
「だとしたら……って! あった!!」
通路を歩くこと数分。
巨大な扉を押し開いた先に、その剣は静かに佇んでいた――。




