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第二十九話 カギ

「まさか、本当に倒しちまうなんて。大したもんだよ」


 半ば呆れたようにつぶやくラーナさん。

 彼女は牡牛の亡骸に近づくと、徐々に消えゆくその巨体を見下ろす。

 その表情が心なしか憂いを孕んでいるのは、牡牛を彼女自身の手で倒せなかったからであろうか。


「これで一安心だな。にしてもラーナ、お前はあんなもんどこで仕入れたんだ?」


 俺の腰に納められた短剣。

 それを見やりながら、ロウガさんが怪訝な顔で問いかける。

 そう言えば、こんな武器をラーナさんはどこで仕入れたのだろう?

 ダンジョンでドロップした遺物か何かだろうか。


「……買ったんだよ」

「どこで?」

「言わなくてもわかるだろう? こんなヤバい物取り扱ってるのはあそこぐらいさ」

「まさか……!!」


 ラーナさんの言わんとしていることを察して、驚いた顔をするロウガさん。

 この雰囲気からすると、あの短剣の出所はコンロン商会だろう。

 大陸一の闇商人である彼らならば、これぐらい危険な武器を取り扱っていても不思議ではない。


「何でよりにもよって! お前を苦しめた連中だろ!?」

「腐れ縁って奴かね。あいつら、借金を返した後もちょくちょく取引を持ち掛けてきたんだよ。今まではもちろん全部断ってたのだけど……」

「牡牛の噂を聞いて、強力な武器が必要になったと」

「そう。それでこの短剣を買ったってわけさ。言っとくけど、ヤバいものを売ったりはしてないよ」


 そう言えば、バンズさんが言ってたっけ。

 最近、ラーナさんがお金に困っていたって。

 きっと、この短剣を買う費用を捻出するために節約していたのだろうな。

 命を削るとはいえ、これほどの威力を誇る武器である。

 恐らくは相当に値が張っただろう。


「そのあたりは、あとでギルドの取り調べを受けるべきだね」

「ああ、逃げも隠れもしないよ」

「ま、ギルドカードの一時停止ぐらいで済むと思いますよ」


 ニノさんの言葉に、力なく笑って答えるラーナさん。

 さて、ひと段落着いたところで。

 牡牛が守っているという宝物庫はどこにあるのだろう?

 倒せばヒントになるものが出てくるんじゃないかと期待したのだけど……。

 

「あ、これは……!」


 牡牛の亡骸が消えた後を探していると、小さな鍵が落ちていた。

 金色に輝くそれは、手にしただけでわかるほど強い魔力を帯びている。

 これは……間違いない!

 魔導師バルクの遺した宝物庫へのカギだ!


「すごい、本当にあったんだ……!!」

「ひょっとして……そいつは宝物庫のカギか!?」

「ええ、間違いありませんよ!」

「やったじゃないか! 世紀の大発見だよ!!」

「まさか、本当に見つかるなんて……!!」


 みんな、内心では宝物庫があるかどうか半信半疑だったのだろう。

 俺が手にした鍵を見て、揃って驚愕の表情を浮かべた。

 無理もない、古代文明の魔導師が作った宝物庫なんておとぎ話のようなものだから。

 

「けど、鍵だけ見つかっても場所が分からねえぞ」

「言われてみれば。いったいどこなんだろう?」

「ダンジョンの最下層とかなんじゃないかい? 普通、宝物庫ってそういう場所だろ?」


 そう言って、自分で自分の言葉にガッカリとするラーナさん。

 ダンジョンの最下層にたどり着いた探索者は未だにいない。

 そこに宝物庫があったとして、取りに行くことなんてできなかった。


「あーあ。アタシって、なんてバカなんだろう。考えてみりゃ、こういう可能性もあったわけだ」

「ははは、こいつは傑作だな。鍵だけあっても、何の意味もねえじゃねえか」

「うーん、綺麗なカギだからそこそこ高くは売れるんじゃない?」


 俺の手にした鍵を見て、からかうように言うクルタさん。

 翼を模したようなデザインのそれは、好事家ならばそれなりに金を出しそうだ。

 もっとも、宝物庫に眠っているであろう財宝と比べるとあまりにも価値は少ないのだが。

 

「とにかく、今日のところは帰るとしようぜ。床をぶち抜いたんだ、とんでもない騒ぎになってるぞ」

「そうですね、姉さんに眼を付けられないうちに戻らないと」

「とりあえず、私たちの降りてきた縄を使えば十階に戻れますよ」

「けど、ボスはどうすんだ? 行きは落ちるだけだったから、すり抜けてきたが……」


 帰り道のことを想像して、顔をしかめるロウガさん。

 行きはボスを素通りしてきたけれど、帰りはそういう訳にもいかないだろう。

 勝てない相手ではないが、みんなそれなりに疲れている。

 できれば戦いたくないというのが、本音だった。


「ま、仕方ないですよ。ボスさえ倒せば、転移門で移動できますし」

「アタシも手を貸すよ」

「お前はやめとけ、まだ回復出来てねーだろう」


 こうして皆で縄を登り、ボスの間へと入った瞬間であった。

 床に刻まれていた魔法陣が、何故かボスを倒していないのに輝き始める。

 これはもしや……宝物庫のカギのせいか?

 急いで取り出してみれば、鍵全体が青い光に包まれていた。

 そうか、こいつは転移門に反応するのか!!

 なるほど、それならば宝物庫がどこにあろうと簡単に出入りできる。

 流石は大魔導師、考えたものだ。


「いけますよ!! 宝物庫に!!」


 

 俺がそう叫んだ瞬間、俺たちの身体はどこかへと消えていくのだった。


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