表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/301

第二十八話 伝説VS俺

「すうぅ……はあぁ……」


 雄叫びを上げながら、暴れ回る牡牛。

 俺は深呼吸をしながら、できるだけそこから意識を離した。

 静かに、そしてできるだけ深く。

 意識を自分の奥深くに沈めて、可能な限り平静に周囲を観察する。

 時間の感覚が自然と遅くなり、牡牛の動きが間延びして見えた。

 もっともっと静かに、もっともっと深く。

 やがて周囲から色が消えて、牡牛の姿がぼんやりとしたオーラの塊のように見えてくる。

 どうやらこれが、牡牛という存在の本質であるようだった。


「……よし」


 黒剣を低く構え、牡牛の首元を見据える。

 俺はそのままヌルリと体重移動をすると、一気に前方へと飛び出した。

 あの時の姉さんの一挙手一投足を思い出し、それを丁寧になぞっていく。

 そして――。


「魔裂斬ッ!!!!」


 黒剣がにわかに光を放ち、白い軌跡を描き出した。

 ――いけたッ!!

 ほんのわずかにではあるが、切っ先に抵抗を感じた。

 薄い水の膜でも斬ったかのようである。

 ぶっつけ本番でうまく行ったことに、俺は思わず叫びそうになった。

 しかし……。


「グオオオオオォアアア!!」


 刃が通り過ぎた直後、牡牛が恐ろしいほどの咆哮を上げた。

 全く効いてない!!

 予想外の出来事に、俺の反応は大きく遅れた。

 咆哮を無防備に聞いてしまい、脳が震えて身体が動かなくなる。


「うごっ!?」

「ジーク!!」


 強烈な一撃を食らい、身体が吹っ飛んだ。

 あまりの衝撃に、痛みが遅れてやってくる。

 クソ、攻撃が浅かったか……!!

 浅いと言っても、物理的に浅かったわけではない。

 相手の概念的存在の表層的な部分しか、斬れなかったようなのだ。


「やっぱり無理だったのか……!?」


 剣聖である姉さんですら、習得に時間のかかった技である。

 才能の無い俺が見よう見まねで放とうなんて、土台無理があったのかもしれない。

 

「大丈夫? 怪我は!?」


 青い顔をしてこちらに駆け寄ってくるクルタさん。

 彼女からポーションを貰った俺は、すぐさまそれをがぶ飲みした。

 痛みがわずかに引き、身体が軽くなる。

 

「ありがとうございます……!」

「無理はいけないよ。逃げよう」

「ダメです。こいつは俺が倒します」

「どうして!」


 俺のことを心配してくれているのだろう。

 クルタさんは俺の肩を掴み、悲痛な声で呼び止める。

 けどここで、止まるわけにも行かない。


「ラーナさんにあんな話を聞かされて、ほっとけるわけないじゃないですか」

「…………お人好しなんだから」

「それに、俺もこいつが守ってる宝物庫には興味あるんです」


 この牡牛は、自然に生まれた魔物ではない。

 迷宮に巣食った大魔導師バルクが、自らの宝物庫を守護するために生み出した存在である。

 いくら今より魔法技術の発達していた古代文明の時代とは言え、これほどの魔法生物だ。

 バルクという人物は、さぞかし凄腕の魔導師だったことだろう。

 そんな人物の拵えた宝物庫だ、きっと中身がぎっしり詰まっているに違いない。


「アタシのためって言ったら、全力で止めるつもりだったけど……そういう理由じゃねぇ」

「ははは、冒険者らしくていいじゃねえか」

「俺にそんな湿っぽいのは似合いませんからね」


 ラーナさんとロウガさんの言葉に軽く応じると、俺は自分で自分を奮い立たせた。

 戦いというのは、結局のところ気力と気力のぶつかり合いだ。

 重いものを背負うのもいいが、あまりに重すぎると潰されてしまう。

 俺が戦う理由は、このぐらいで十分だ。


「けど、どうするんですか? 攻撃は通じていないようですが……」

「一回でダメなら、何回も切ればいいんだよ!」


 俺はそう言うと、牡牛に向かって飛び出し先ほどと同じ場所を斬った。

 ――浅い!!

 またもや存在の表層を切るばかりで、根源に達していないようだった。

 けれど、ほんのわずかにではあるが深まったような気がする。

 一回でダメなら二回、二回でダメなら三回。

 気力が折れさえしなければ、いつかは切れる……!!


「グオオオオ!?」

「牡牛が苦しんでる!?」

「あと少し! きっとあと少しだよ!!」

「おっらああああっ!!」


 最後のひと押し。

 感覚的にもそれが分かった俺は、いよいよ気力を振り絞った。

 少しずつ牡牛の存在を削り、刻んだ傷。

 そこを正確に狙って、全力の一撃を放つ。

 ――重い!

 敵の存在に深く入り込んだのであろう。

 何かにからめとられたかのように、剣が重くなった。

 けれど、これこそいま牡牛を斬っているという証。

 負けられない、ここまで来て負けてたまるか……!!


「いけ、ジーク!!」

「斬っちまえ! そんなやつ、ぶちのめしちまいな!」

「そりゃあああああっ!!」


 みんなの声援を受けながら、限界を超えて力をひねり出す。

 すると、抜けた。

 牡牛の身体が真っ二つに裂け、上半身が滑り落ちる。

 やった、できた!

 ライザ姉さんほど綺麗ではないけれど、俺でも斬れたんだ……!

 身体の底から、勝利の喜びと達成感が沸き上がってくる。


「勝った、勝ったんだ!!!!」


 こうして俺は、迷宮の伝説を切ることに成功したのであった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] こうして俺は、迷宮の伝説を切ることに成功したのであった――。 本当に……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ