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第二十五話 ある探索者の決意

「ラーナさん!?」


 思いがけない人物の登場に、俺たちは驚きの声を上げた。

 彼女が牡牛を追っていたのは知っていたが、こうもタイミングよく現れるとは。

 ひょっとして、出現を探知する魔道具でも手に入れたのだろうか?

 俺たちが疑問を処理しきれていない中、彼女は手慣れた様子で槍を構える。

 探索者として長年愛用してきたものなのであろう。

 歴戦の風格漂う鋼の槍は、雷光の如く牡牛の身体へと迫る。


「ダメです! 普通の攻撃はこいつには効かない!」


 鈍い輝きを放つ穂先は、正確に牡牛の首元を貫いた。

 しかし、血は流れない。

 やはりすべての攻撃を回避する能力を持っているようだった。

 ラーナさんは怯むことなく攻撃を続けるが、すべてすり抜けてしまう。

 そして――。


「くっ!!」


 牡牛の手が槍を掴んだ。

 丸太を思わせる太い腕が、槍ごとラーナさんの身体を持ち上げる。

 彼女はそのまま壁に叩きつけられ、苦しげな息を漏らす。


「ラーナ!」

「来るな! こいつは、アタシが倒す……!」

「つったって、どうするつもりだよ!?」


 ロウガさんの問いかけに、ラーナさんは壮絶な笑みを返した。

 この場に急行してこられたことといい、やはり彼女は何か秘策を持っているようだ。

 いったい何をするつもりなのだろうか?

 俺が注意深く見守っていると、彼女は懐から黒紫色をした短剣を取り出す。


「あれは……」


 禍々しく、不吉な気配を漂わせる短剣。

 微かに瘴気すら発しているそれに、俺は思わず顔を険しくした。

 明らかに普通の……いや、真っ当な武器ではない。

 魔剣や妖刀といった類の気配がする。

 

「できれば、こんなの使いたくなかったんだけどね……。さぁ、目覚めな!」


 そう言うと、ラーナさんは短剣の刃に親指を当てた。

 たちまち指の腹が裂けて、血が流れ落ちる。

 ――トクン。

 ラーナさんの握る短剣が、微かにだが脈動したように見えた。

 彼女はそれを逆手に握ると、一気に牡牛との距離を詰める。

 そして、その肩を狙って鋭い突きを放った。


「グオオオオオォン!?」


 短剣が牡牛の身体に刺さると同時に、凄まじい悲鳴が上がった。

 攻撃が効いている……?

 予想外の展開に、俺たちは思わず目を見張る。

 どうやらラーナさんの手にしている短剣は、対牡牛用に準備した特別な物らしい。

 

「効いてるね! さあ、どんどん行くよ!」


 次々と攻撃を繰り出し、牡牛の身体をめった刺しにするラーナさん。

 血は流れず、傷もできない。

 されど、牡牛の生命は確実に削り取られているようであった。

 最初に感じていた異様な存在感が、少しずつ薄らいでいく。

 その様はまるで、牡牛という存在の塊を短剣で直接削っているかのようだった。


「すげえな……。完全に牡牛を圧倒してるぜ」

「だね。これはボクたちの出番はないかも」

「しかしあの武器、気になります。どうにも妖刀のような気配が……」


 目を細め、怪訝な表情をするニノさん。

 妖刀というのは、東方にある魔剣の一種であっただろうか。

 彼女の言う通り、俺もあの武器は危険な気配がする。

 血に反応していたことと言い、どうにも嫌な感じなんだよな……。

 

「かはっ!?」


 ラーナさんの口から、不意に血が漏れた。

 彼女は自らの胸元を掴むと、崩れるように膝をつく。

 いつの間にか顔は蒼白となり、短剣を握る指先からは血の気が失われていた。

 

「間違いない、あの武器は使用者の命も削るんだ……!!」

「おいラーナ、やめろ! そのままだとただじゃ済まねえぞ!」

「かまやしないさ! アタシは、こいつを何が何でも討つ……!!」


 よろめきながらも、再び立ち上がるラーナさん。

 剣呑な光を放つその眼からは、ただならぬ執念のようなものが感じられる。

 どうして、牡牛にそこまで執着するのか。

 理由の分からないロウガさんは、戸惑うように叫ぶ。


「何でそうなるんだ! 俺がいない間に、いったい何があったんだ!!」

「…………はっきり言って、逆恨みだよ」


 自嘲するように、ラーナさんはそう告げた。

 彼女はロウガさんの方を見ると、ぽつぽつと語り出す。


「十年前、アタシはどうして牡牛なんか追ってたと思う?」

「そりゃ、金が欲しいからだろう?」

「じゃあ、どうして金が欲しかったのかわかるかい?」

「借金を返し終えたばかりで、貧乏してるとは言ってたが……。他に何かあったのか?」


 問い返すロウガさんに、ラーナさんはすぐには答えなかった。

 彼女は深く息を吸い込むと、一拍の間を置いてから答える。


「姉貴を買い戻すためさ」

「なに?」

「コンロンから借金をした話は知ってんだろう? あの話には続きがあってね。うちの馬鹿親、姉貴を売り飛ばしてたんだよ」

「なんてこった……」


 愕然とするロウガさん。

 予想外の話の流れに、俺たちも大いに驚く。

 そんな気配、今までのラーナさんからは微塵も感じることはできなかった。


「どうして言わなかった! あの時言われてりゃ、俺だって多少は……」

「お涙頂戴は嫌いでね、隠してたのさ。それに駆け出しのアンタにどうにかできる額じゃなかったよ」


 そう言うと、ラーナさんは悲しみを湛えた眼をした。

 そして、すべてを諦めたかのようにあっさりとした口調で言う。


「だから、アタシは牡牛が守ってるって言う財宝に眼を付けた。それがありゃ姉貴を買い戻せるって。でも結果は惨敗、結局姉貴はどこかへ売られて行方知れずさ」

「じゃあ、何で今頃になって……」


 俺が思わず総言葉を漏らすと、ラーナさんは大きな声で笑い始めた。

 そして、不意に囁くような小声で言う。


「だから、八つ当たりなんだよ……」


 その弱弱しい声を聴いた瞬間。

 俺はラーナさんの背中がいつになく小さく、そして儚いものに見えた……。

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