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第二十三話 切れぬものなし!

 あれは、今から五年ぐらい前のことだろうか。

 剣聖になったばかりのライザ姉さんに、俺は聞いたことがあった。

 今の姉さんにも切れないものはあるのかと。


「形あるものならば切れる」


 俺の問いかけに対して、ライザ姉さんは驚くほど自信満々に答えた。

 あの時の姉さんの顔を、俺はきっと生涯忘れないだろう。

 それほどまでにいい笑顔をしていたのだ。


「いいか、ノア。どれほど硬いものであろうと、ものには必ず弱点がある」

「弱点?」

「そうだ。完璧な物などこの世に存在しないからな。そこを突けば必ず切れる」


 そう言うと、ライザ姉さんはスッと人差し指を立てた。

 そして訓練場の外壁へと近づくと、その石組を仔細に観察して言う。


「ノア。お前はこの壁を指で切れるか?」

「指で……切る……?」


 人間の指で、そんなことできるのだろうか?

 仮に指がとんでもなく頑丈だったとしても、切るのではなく壊すのがせいぜいではなかろうか。

 そもそも指には、物を切る上で最も重要な刃がまるでないのだから。

 チーズだって綺麗に切ることはできないだろう。


「無理と言いたげな顔だな?」

「だって、指で石を切るなんてできるわけないよ」

「無理というな! まったく、気合が足りん!」

「いや、何でそこで気合が出てくるんだよ!」

「いいから、見ていろ」


 姉さんはそう言って俺を黙らせると、ゆっくりと壁の方へと向き直った。

 そして何かに導かれるように、まっすぐに腕を伸ばす。

 ――スルリ。

 剣聖には似つかわしくない白くたおやかな指先。

 それが水に沈んでいくかのように、石の中へと埋まっていった。

 その異様な光景に、俺は思わず目を見張る。

 そして――。


「はあぁッ!!!!」


 指が青白い軌跡を描き、壁が裂けた。

 う、嘘だろ……!?

 この訓練場の壁は、特別に厚く頑丈な石材を使って作られている。

 巨人の一撃にも耐えられると、シエル姉さんのお墨付きだ。

 それを指で切るなんて、やはりライザ姉さんは底が知れない。

 

「ざっとこんなものだ」

「すごい……!!」

「ノアも修業を積めばできる。今からやり方を教えてやろうか?」

「うん!! お願いします、姉さん!」


 深々と頭を下げる俺。

 それを見た姉さんは、満足げにうんうんと頷いた。

 そして、グッとこぶしを握り締めると熱く解説を始める。


「いいか、まず重要なのは見極めだ! 物質をよく見て、弱そうなところを突く! それが基本だ!」

「はい! それで、弱そうなところはどうやって見極めるの?」

「勘だ!」

「勘!?」

「そうだ、何となくひょわーんとした感じのとこがある!」

「ひょわーんってなんだよ、ひょわーんって!」


 またライザ姉さんのよく分かんない例えが出てきたよ……。

 困った俺が不満を漏らすと、ライザ姉さんの額に深い皺が寄った。

 まずい、姉さんの機嫌が……!

 嫌な予感がしたところで、不意に背後から冷え冷えとした声が響いて来た。

 これは……!!


「……ライザ、あなたまた壁を壊しましたのね?」

「げ、アエリア!」

「この訓練場の壁、いくらすると思ってますの? お仕置きが必要ですわね……」


 スッと胸元から猫じゃらしのようなものを取り出すアエリア姉さん。

 それを見たライザ姉さんの顔が、たちまち凍り付き――。


「や、やめろ!!!!」


 およそ剣聖らしからぬ弱気な悲鳴が響いたのだった。



 ――〇●〇――



「……わかる!」


 迷宮の壁や床は基本的に破壊不可能であるとされている。

 迷宮石と呼ばれる素材で出来たこれらは、これまでさまざまな英雄たちの挑戦を阻んできたという。

 しかし今の俺には、一見して完璧に見えるこの素材の弱点がはっきりと見えていた。

 あの日のライザ姉さんは、ひょわーんとか妙な表現をしていたけれど……。

 確かにそんな感覚かもしれない。

 感覚を極限まで研ぎ澄ませると、床の脆弱な部分がぼんやり浮かび上がって見える。


「貫けえええぇ!!!!」


 ――スルリ。

 いつか見たライザ姉さんの白い指。

 それに習うかのように、黒剣が迷宮の床へと食い込んだ。

 しかし、流石は迷宮といったところであろうか。

 内側を流れる膨大な魔力が、異物を排除しようと抵抗してくる。

 その様子はさながら、生き物か何かのようだ。


「大人しく……しろぉ!!」


 その魔力の流れを、俺の魔力で強引に切り替えた。

 魔力と親和性の高い隕鉄を使った黒剣だからこそできる荒業だ。

 やがて迷宮の床に大きな裂け目ができ始め、ある時点で一気に広がる。


「迷宮の床に……穴!?」

「ほんとに斬った……!! 嘘……ッ!?」


 迷宮の床がくりぬかれ、ぽっかりと黒い穴が開いた。

 その光景に、クルタさんたちは思わず石化してしまう。

 驚きを通り越して、もはや呆れているようですらあった。


「さあ、行きますよ! 次の階層もボスが来る前にぶち抜きます!!」

「ちょ、ちょっと待って!!」

「おいおい、置いてくなよ!」


 こうして俺たちは、第十一階層を目指して進むのだった。


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