第二十二話 闇に埋もれる者
「本当か? コンロンっつったら、冗談で出す名前じゃねえぞ?」
信じられないといった様子で、ロウガさんは聞き返した。
あのラーナさんが闇商人と繋がりがあるなんて、俺も信じられない。
彼女の性格からして、そういう連中のことを一番嫌っていそうなのに。
クルタさんたちも同じ考えなのか、大いに驚いた顔をしていた。
が、バンズさんも引き下がらない。
「俺だって、あのラーナがコンロンみたいな連中とつるむとは思えなかったさ」
「……その言い方だと、何か根拠があるんだな?」
「ああ。見ちまったんだよ。ラーナが妙な連中と話しているのを」
「妙な連中ねえ……」
やはり、バンズさんの言葉を信じられないロウガさん。
迷宮都市という場所柄、変わった風貌の人間はそれなりにいる。
妙な連中と話していたぐらいでは証拠としては弱かった。
しかし、バンズさんは何かしら確信があるようだった。
「ラーナのやつ、最近はやけに金に困っているようでな。普段はやらねえような面倒な依頼にも手を出していたんだ。ところが、その妙な連中と話していた次の日からすっかり気前が良くなってな」
「何らかの取引をして、大金を得たってことですか?」
「ああ。ひょっとすると、封印指定遺物でも売ったのかもしれん」
「そりゃ……ちょっとまずいな」
顔色を悪くするロウガさん。
封印指定遺物って、いったい何なのだろう?
名前からして相当にやばいものなのだろうけれど……。
俺が疑問に思っていると、クルタさんがすかさず解説をしてくれる。
「迷宮から出る遺物の中には、非常に危険なものも多いんだ。中でも特にヤバいものは封印指定遺物って言われてね。国で買い取るって決まりがあるんだよ」
「なるほど。じゃあ、それをもし密売なんてしたら……」
「最悪の場合、首が飛ぶね」
そう言って、クルタさんは手で首を切るような動作をした。
あくまでまだ噂の段階だけれど、これはちょっと洒落にならないな……。
「いずれにしても、あまりラーナには関わらない方がいい」
「……心に留めておこう」
こうして、バンズさんは俺たちの元から去っていった。
あとに残されたロウガさんは、神妙な顔をして腕組みをする。
その眉間には深い皺が刻まれ、彼の苦悩を物語るようだった。
「ロウガさん……」
「別に、大して気にしちゃいねえよ。仮に何かあったとしても、俺とあいつはもう関係ねえ」
「本当にそんなさっぱりと割り切れるんですか?」
「ああ。それに、まだ真実だと決まったわけでもない。だいたい、コンロンとラーナには因縁がある」
「そうなんですか?」
「ああ。あいつの親はコンロンに莫大な借金をしててな。それを返済するために、あいつは探索者になったんだよ。それが、金に困ったからってコンロンを頼るかよ」
そう吐き捨てたロウガさんの言葉には、確かな説得力があった。
いくらお金に困ったからとはいえ、生活苦の原因となった相手をそうそう頼ろうとも思わないだろう。
やはり噂はただの噂だったということであろうか。
「……まあいい、今日のところは休もう。今度ラーナに会ったら、それとなく探ってみればいい」
「ま、ここで考えても何も解決しないしね」
「そろそろ疲れてきました。いったん休みましょうか」
そう言って、瞼を擦るニノさん。
お腹も膨れて、眠くなってきてしまったようである。
明日も迷宮探索をすることだし、そろそろ休むか……。
周囲を見渡せば、他の探索者たちも続々と就寝の準備をしている。
「今日は俺が見張りに就こう。みんな休んでいいぞ」
「ありがとうございます」
こうして寝袋を敷いて横になったところで。
俺は不意に妙な感覚に囚われた。
これは……魔力が動いている?
迷宮の床の内側で、何か巨大な魔力の塊がゆっくりと蠢いていた。
こいつはAランク……いや、下手をしたらSランク相当だぞ……!!
「何か……いる……!!」
「また、魔力の動きか?」
「はい、けど今度ははっきりと見えます。今までより近い……いや、これは……!!」
迷宮の壁の内側を、ゆっくりと動いていた魔力の塊。
それがある場所で急に進路を変えた。
その動きは次第に速まり、そして――。
「……出た!」
「なに?」
「魔力の塊が、壁の中から出たんです!」
「そりゃちょっとヤバいんじゃないの? もしその場に誰かいたら……」
「とにかく、行ってみましょう! 場所はたぶん十一階層です!」
俺がそう言うと、ロウガさんたちはおいおいと顔をしかめた。
十一階層と言えば、ボスの間の先にある。
普通に考えれば、行こうと言っておいそれと行ける場所ではない。
「待ってくれ、そんな急に言われてもなぁ」
「ボス戦に行くなら、ちょっと準備しないと」
「できれば明日の方が良いと思いますが……」
「大丈夫、ボスとは戦わない」
俺がそう言うと、ロウガさんたちは呆気にとられたような顔をした。
思考が追い付いていないのか、ニノさんに至っては口が半開きだ。
「そんなこと言って、ボスを素通りはできねえぞ」
「そうだよ。どうするつもり?」
「床をぶち抜くんです」
「え?」
「絶対に目立つからやりたくなかったんですけど……」
俺は前置きをすると、そのまま休憩所を後にした。
そして呼吸を整えると、体内の魔力を一気に練り上げて――。
「おっりゃあああああッ!!!!」
床に向かって、渾身の一撃を放つのだった。




