第十七話 長女と次女
「……まさか、アエリア姉さんに騙されるとは思わなかった」
迷宮都市ヴェルヘン。
その市街地の中心から少し離れた場所にアエリアの別宅はある。
領主の館にも引けを取らない立派な屋敷は、彼女の財力と権勢を示すかのようであった。
そしてその最上階にある応接室で、アエリアとライザは向かい合う。
「むしろ、騙したのがわたくしで良かったですわ」
不満を述べたライザに、アエリアは呆れたようにそう告げた。
仮にも剣聖という立場にある人間なのだ。
もう少し思慮深く行動してくれないと、アエリアとしてもいろいろと困る。
「これからはもう少し気を付けることですわね。知らない人の話を聞いてはいけません。あと、ついて行ってもダメでしてよ」
「私は子どもか!」
「むしろ、最近の子どもの方がよっぽどしっかりしてますわよ」
「むぐぐ……!!」
簡単に騙されてしまった手前、言い返せないライザ。
加えて、今のアエリアはライザの行動を抑制する契約書を持っている。
彼女は顔を赤くしながらも、声を上げたい衝動を何とか抑える。
「ま、ライザが単純なおかげで簡単に勝負が決まって良かったですわ」
「だが、これからどうするのだ? 私がいなくなっても、ノアは止まらないぞ」
ノアの実力はいまやSランク冒険者をも上回る。
ライザが居なくなっても、仲間と共に問題なくダンジョン探索を進めるだろう。
しかし、アエリアはひどく自信ありげに笑う。
「問題ありませんわ。あなたが居なければ、ノアは聖剣を手にすることはできませんもの」
「ほう?」
「ファムから聞きましたの。聖剣の周囲には勇者によって特別な結界が張られていると。それを破ることはノアにはできないでしょう」
「なっ! それで、あんなにあっさりと引き下がったのか!」
大商会の会頭だけあって、非常に弁の立つアエリア。
それが多勢に無勢の状態であったとはいえ、あっさり引き下がったのがライザも気にはなっていた。
しかし、まさかそんなからくりがあるとは思わなかった。
「長女たるものが、いささか大人げないのではないか?」
「勝負は勝つことが一番。やり方にこだわっているようでは二流ですわ」
「戦いにも美学が必要だと思うがな」
どうしても納得がいかない様子のライザ。
するとアエリアは、チクリと刺すように言う。
「そんなことを言ってるから、連れ戻すことに失敗したんじゃありませんの?」
「それはだな……」
「では、抜け駆けして一人でノアを独占しようとしていたんですのね」
「いぐっ!?」
痛いところを突かれて、肩を震わせるライザ。
アエリアは怯んだ彼女に対して、さらに畳みかけるように言う。
「今からちょうど三か月前。あなた、ラージャの街に家を買いましたわね?」
「……か、買ってない!」
「いいえ、買っていますわ。きちんと調べはついていますの」
「バカな! ちゃ、ちゃんと名前は変えたはず……」
そのままの名前で家を買っては、他の姉妹にバレるかもしれない。
そう考えて、偽名を使う程度の知恵はライザにもあった。
というより、ノアがジークと名乗っているのを聞いて彼女も真似した。
しかし、その程度の偽装をアエリアが見破れないはずもない。
彼女はふうっと息を吐くと、たしなめる様に言う。
「あのぐらいわたくしならすぐに分かりましたわ。というか、わたくしでなくてもすぐわかりますわ……」
「何だと!?」
「職業が剣士で名前がザイラって、隠すつもりありまして?」
「カッコいいではないか、ザイラ! 魔獣みたいで!」
「そこですの!?」
想定していなかったライザの反論に、思わずツッコミを入れてしまうアエリア。
彼女は呆れた顔をしつつも、さらにライザに詰め寄っていく。
「まあとにかく、あなたが抜け駆けをしようとしたのは事実ですわ。まさか家まで買っていたなんて、さすがの私も驚きましたわよ」
「…………くっ!」
「悪い妹には、おしおきしないといけませんわね」
「……好きにしてくれ。どんな責めでも受ける」
そういうと、ライザは堂々とソファに腰を下ろした。
契約書がある以上、もはや逃げられない。
完全に観念したといったところだ。
するとアエリアは懐から、とあるものを取り出す。
「では遠慮なく行かせてもらいますわ。ライザは昔から、これが苦手でしたわよねぇ」
「そ、それは……!!」
アエリアが手にしていたのは、ふさふさとした猫じゃらしのようなものだった。
本来は家の埃を取ることに使う清掃器具である。
その揺れる毛並みを見て、ライザはこれから行われる世にも恐ろしい拷問を想像する。
「待ってくれ! それだけはやめてくれ!!」
「そう言われて止まるほど、わたくしは甘くありませんの」
「嫌だ、嫌ァ……あひゃひゃはは!! やみぇてくれぇ!!」
ライザの首筋に毛を当てて、さわさわと擦り始めたアエリア。
弱いところを突かれたライザは、背中を仰け反らせながら大笑いする。
痛みにはめっぽう強い彼女なのだが、くすぐりにはどうにもこうにも弱かった。
「あはは……やみぇろ! やみぇてって!!」
「やめませんわ。そうですわねえ……」
視線を上げると、アエリアは壁際に置かれている柱時計を見た。
そして、笑い苦しむライザを見ながらニヤァッと悪魔的な笑みを浮かべる。
「仕事は明日の昼からですわ。睡眠時間を考えても、あと三時間は行けますわね」
「しゃ、しゃんじかん!? しぬ!!」
「人間そのぐらいじゃ死にませんわ。ふふふ……」
こうして、それからキッチリ三時間。
ライザが泣こうが喚こうが、アエリアはきっちり彼女をくすぐり続けたのだった。




