第十六話 長女との話
「さてと……。ノア、私が言いたいことはわかりますわね?」
口調こそ穏やかだったが、その言葉には有無を言わせぬ強い響きがあった。
何としてでも俺を連れ戻そうという強い意志が感じられる。
「家に帰って来いと?」
「ええ。冒険はここでおしまいですわ」
「いいや、まだ帰らない」
俺はきっぱりと、アエリア姉さんの命令を断った。
ここまではっきりと姉さんの意見を突っぱねたのは、これが初めてかもしれない。
今まではずっと、まともに言い合っても勝てないと避けてきたからなぁ。
「どうして帰りたくないんですの?」
「まだみんなと一緒に冒険したいんだ」
「ラージャではいろいろと事件が起きていると聞きます。危険すぎますわ」
「危険だからって、そんなに簡単に引き下がれないよ」
危ないから逃げるなどと言っていては、いつまでたっても成長できない。
そんなことでは、家を飛び出してきた意味がない。
それに、ラージャのみんなは俺にとって大切な仲間だ。
彼らを見捨てていくような真似、絶対にできない。
「大丈夫。いざという時のために、聖剣だって手に入れるんだ。心配ないよ」
「本気で言ってますの?」
「もちろん。こんなとこで俺が冗談を言わないって、アエリア姉さんも知ってるでしょ?」
「ならば聞きますが」
そう言うと、わずかに間を置くアエリア姉さん。
緊迫感が高まり、俺は浅く息を吸った。
だいたいこういう時は、だいたいキッツイ一撃があるんだよな……。
俺が展開を予想すると、まさしくその通りの質問が飛んでくる。
「あなたに魔族に打ち勝つほどの力がありますの? どんな危機でも跳ね除けるほどの力がありますの?」
「……今の時点ではまだないよ。けど、いずれは得たいと思ってる」
「いずれ、では間に合わない事態もあり得ますわよ」
アエリア姉さんは、不意にクルタさんの方を見た。
そして、今までよりさらにきつい口調で言う。
「あくまで仮にですが。あなたの力不足で、そこの彼女が命を落とすかもしれませんわ」
「それは……そうならないように努力する」
「努力ですべてがうまく行くとは限りません」
「けど……」
「ノア。あなたは心のどこかで、何かあっても姉が助けてくれると思ってるんじゃないですの?」
この問いかけに、思わず俺は唸りそうになった。
俺の心の片隅にあった甘えを、正確に撃ち抜かれてしまったようだ。
そういう考えが全くなかったのかと言うと、はっきり言って嘘になる。
流石はアエリア姉さん、痛いところをついてくる。
「……いいや、一人で何とかするつもりだった」
「本当ですの?」
前のめりになり、思いっきり問い詰めてくるアエリア姉さん。
そのライザ姉さんやシエル姉さんとはまた違った迫力に、俺は思わず冷や汗を流した。
いったいどう切り抜ければいいのだろうか。
知恵を振り絞るが、どうにもいいアイディアが浮かんでこない。
「そうだね。ジーク、ボクもそれはおかしいと思う」
「え?」
思わぬところから、追い打ちが入った。
クルタさん、味方じゃなかったのか……?
俺が少しびっくりしていると、彼女はプクッと頬を膨らませて言う。
「一人で何とかする? ボクたちのこと忘れてない?」
「そうだぜ。俺たち仲間だろ、少しは頼ってくれよ」
「水臭いですよ、ジーク」
みんなの手が、そっと俺の背中に添えられた。
じんわりと伝わる温かさに、俺は勇気をもらったような気持ちになる。
そうだ、一人で全部何とかする必要なんてない。
みんなと一緒に乗り越えていけばいいんだ!
「……ずいぶんと慕われているようですわね」
「この数か月の間に、いろいろと冒険したから」
「私たちと離れている間に、ノアも少しは成長したんですのね」
表情をやわらげ、穏やかな声でつぶやくアエリア姉さん。
その隣で、ライザ姉さんが腕組みをしながらうんうんと頷いた。
いや、それってライザ姉さんが誇らしげにするところなのか……?
俺はちょっぴり疑問に思いつつも、改めてアエリア姉さんの顔を見て言う。
「俺は、もっともっと成長したいんだ。だから、まだ冒険を続けたい」
「……どんな危険が待ち受けていても?」
「……うん」
アエリア姉さんの言葉に、俺は深々と頷いた。
すると彼女は額に手を押し当て、やれやれといった様子でつぶやく。
「わかりましたわ。この場はいったん退きましょう。ただし、ライザは連れて行きますわよ」
「わかった。ありがとう、アエリア姉さん」
「うう、ノア……私が居なくても元気で過ごすんだぞ!」
「大丈夫だよ、ライザ姉さん」
こうして、アエリア姉さんはライザ姉さんを連れてその場から立ち去った。
やがて彼女の背中が見えなくなったところで、ロウガさんが豪快に笑う。
「なんだ、意外と物分かりのいい姉ちゃんじゃねーか!」
「流石はうちの会頭だけありますね。器が大きいというか、大物というか」
「認めてもらったようなものじゃない。よかったよかった!」
「ライザさんは居なくなりましたけど、何とかなりそうですね」
すっかり安心した様子のクルタさんたち。
だがこれは……明らかにまずい兆候だった。
あのアエリア姉さんが、何の考えもなしにあんな簡単に引き下がるはずがない。
時間はかかっても、俺を必ず連れ戻せるという確証があっての行動のはずだ。
「ううーん、これはなんか嫌な予感がしますね」
どことなく不穏な予感がした俺は、そう微かに呟くのだった。




