第十三話 ライザの幸運な一日
占い師と出会った翌日。
ジークたちはちょうど、丸一日休暇を取っていた。
ここ一週間ほど、ダンジョンに潜りっぱなしだったためである。
ライザも久しぶりに、朝から買い物に出かけていた。
「流石は迷宮都市。一級品が揃っているな」
ふらりと立ち寄った武器屋で、剣を手に満足げな表情をするライザ。
探索者たちの集う迷宮都市だけあって、剣聖である彼女の眼から見ても上質な武器が多かった。
特に、魔石を利用して造られた魔剣には眼を見張るようなものすらある。
「この短剣はいいな。アダマン鋼に強度向上か」
そんな中、ライザが手にしたのは小ぶりの短剣であった。
青光りするそれは、希少なアダマン鋼にさらに強度向上の魔法を掛けた代物である。
柄には小さな魔石が仕込まれていて、一時的に魔法の出力を上げることもできるようだ。
攻撃の威力に武器が耐えられないことのよくあるライザにとっては、まさにうってつけの装備である。
「ふむ……。三百万か」
値札を見ると、三百万と記されていた。
ライザならば十分に払える金額だが、やはりそれなりに高い。
現在どうしても必要な物というわけではないので、どうしたものか。
ライザは顎に手を押し当て、しばし逡巡した。
すると武器屋の店主が揉み手をしながら彼女に近づいてくる。
「お客様、お目が高いですね。それはこの迷宮都市でも一番の工房が手掛けた業物ですよ」
「ほう……」
「今なら特別に、剣を整備するための砥石をセットにしましょう」
店の奥から大きな砥石を持ってくる店主。
なかなか質の良さそうな石で、買えば十万ほどはしそうな代物であった。
ちょうど砥石も欲しいと思っていたところなので、単純に値引きされるよりも心が動く。
「ううーーん……」
腕組みをして、ますます唸るライザ。
するとここで彼女の胸元から、ポロリと人形が落ちた。
昨日、謎の占い師から譲ってもらったニョッキである。
「っと、しまった」
慌てて人形を拾い上げるライザ。
するとそれを見た店主の目つきがにわかに変わった。
「……そうだお客様! 大事なことを忘れておりました!」
「んん?」
「お客様は、ちょうど当店を訪れた一万人目のお客様です。ですので、今回のお代は結構でございます!」
「な、なに!? 本当にいいのか!?」
あまりに突然のことに、戸惑いを隠せないライザ。
三百万の商品をいきなりタダで良いとは、驚くほどの太っ腹である。
流石に何か裏があるのではないか。
あまり物事を深く考えない質のライザですら、怪しく思った。
しかし店主は、妙にいい笑顔で告げる。
「もちろんですとも! その砥石も持って行ってください」
「あとで、何か言わないだろうな? その時は抵抗するぞ?」
眼を細め、軽く凄みを利かせるライザ。
剣聖の威圧に、店主は思わず引き攣った声を上げてしまう。
「そ、そんな脅さなくとも。本当に何も致しませんから」
「ならばよし、貰っていこう!」
「ありがとうございます! では、今後ともごひいきに!」
こうして、三百万もの価値がある短剣をタダで入手したライザ。
すっかりご機嫌になった彼女は、そのままふらりと目についたレストランに入る。
見るからに高そうな店であったが、せっかく良いことがあったのである。
たまには景気良く祝杯を上げたい気分だった。
すると――。
「おめでとうございます! 当店はただいま、開業三十周年記念キャンペーン中です!」
ライザの姿を見るや否や、満面の笑みを浮かべるウェイトレス。
彼女は戸惑うライザの手を引くと、店の奥に設置されている抽選機の前まで案内した。
そこにはすでに人だかりができていて、皆で何やら一喜一憂している。
「来店なさったお客様全員に、こうしてくじを引いてもらっております。特等はなんと、超高級食材ドラゴン肉です!」
そう言ってウェイトレスが指さした先には、立派な骨付き肉が鎮座していた。
持ち上げるだけでも苦労しそうなほどの大きさである。
ドラゴン肉は非常に美味で滋養強壮作用もあるが、なにぶん流通量が限られている。
これだけの大きさとなると、王宮でもめったに見られないような代物だろう。
「おお……これはすごいな!」
「ぜひとも当てちゃってください! ……まあ、確率は低いんですが」
ウェイトレスのつぶやきに合わせるように、ライザの前に並んでいた男たちが声を上げた。
どうやら彼らは団体で来ていたようだが、全員、くじを外してしまったらしい。
しょんぼりする彼らを見て、やはり現実はそう甘くはないと実感するライザ。
彼女は抽選機の前に立つと、ゆっくりとそのレバーを握った。
そして勢いよく回転させ――。
「……金色?」
抽選機から吐き出されたのは、綺麗な金色をした球だった。
これはもしかして、当たりなのではないか?
ライザが確認しようとしたところで、係りの男が高らかに告げる。
「大当たり~~!! 特等のドラゴン肉です!!」
あまりに予想外の展開。
喜びよりも戸惑いが先に来たライザは、ぽかんと間の抜けた顔をした。
しかし、すぐに事態を理解して――。
「やったああぁ!!!!」
拳を突き上げ、喜びの叫びをあげるのだった。




