第十一話 姉の事情
「いったい、何があったんです?」
青い顔をしている受付嬢さんに、俺はすぐさま尋ねた。
すると彼女は胸に手を置き、一呼吸着いたところで語り出す。
「落ち着いてくださいね。その、ライザさんの口座が……凍結されちゃってるんですよ。そのせいで、酒場の飲食代とかいろいろな引き落としが出来なくて、困ってるんです」
「凍結? 何かトラブルでもあったのか?」
「いえそれが……」
口をもごもごとさせながら、何やら言いづらそうにする受付嬢さん。
いったい何があったというのだろう?
ライザ姉さんは怪訝な顔をすると、ずずいっと受付嬢さんに詰め寄る。
「言ってくれ。何があった?」
「そのですね……借金で差し押さえられちゃってるみたいなんですよ」
「借金!?」
思いもよらない単語に、俺たちは揃って声を上げた。
前々から、金銭管理についてはかなりおおざっぱだと思っていたけれど……。
まさかそのようなことになってしまっていたとは。
俺たちが揃って非難の眼差しを向けると、ライザ姉さんはぶんぶんと首を横に振る。
「別に無駄遣いをしたとかではないぞ! きっと何かの間違いだ」
「いいえ、間違いありません。きちんと記録が残っています」
「そんなバカな……。むしろ、今ごろは何倍にも増えているはずなのに……!」
……何倍にも増える?
姉さんの呟いた不穏なワードに、俺は思わず唸った。
それってもしかして、質の悪い投資話とかに騙されたんじゃないか?
俺たちがざわついていると、ライザ姉さんは言い訳するように語り出す。
「その……確実に増えるという話だったんだ! それに、買わなきゃひどい目に合うと……」
「確実という時点で、怪しすぎです」
「んぐ……!! そうなのか……?」
「普通はそんな話、相手にしませんよ」
俺がそういうと、姉さんは唇をかみしめて何とも悔しそうな顔をした。
しかし、出来てしまったものは仕方がない。
姉さんなら収入も多いことだし、頑張って返してもらうしかないだろう。
「それで……いくらぐらいなんですか?」
「えっと、概算で…………」
引き攣った顔で、妙に間を置く受付嬢さん。
にわかに緊迫感が高まり、俺はトクンと息を呑んだ。
これは、ひょっとして一億とかか?
いや、いくら姉さんが無茶な使い方をしたところで……。
「三億ぐらいですね」
「三億!?」
あまりの金額に、俺は腰が抜けそうになってしまった。
クルタさんたちも相当にショックだったのだろう。
揃って目を見開き、あっけにとられたような顔をしている。
「三億って、宿に一生泊まれる金額じゃないですか……」
「うちの家の三倍ぐらいするよ……」
「おいおい、それだけあれば女の子と毎日遊べるじゃねえか」
「ライザ姉さん……いったい何があったんですか? 詳しく説明してください」
俺たちに詰め寄られ、ライザ姉さんは心底困ったような顔をした。
剣聖らしからぬ、何とも弱気な表情である。
やがて彼女は、半泣きになりながら言う。
「そのだな……。占い師に、絶対に儲かるって魔石の先物取引とやらを勧められたのだ」
「う、占い師……よく信用しましたね……」
「魔法で未来予知はできないって、常識じゃないですか」
魔法での未来予知は、不可能ではないがそれはもう莫大なコストがかかる。
特別な才覚を持つ人間が、国家レベルの支援を受けてようやく成し遂げられる偉業だ。
そこらの占い師ができるようなことでは決してない。
しかし、姉さんは妙に自信のある様子で言う。
「それが、本当に当たる占い師だったんだ。これを見てくれ」
「何ですか? その微妙に気味の悪い人形は……」
姉さんが取り出したのは、小さな芋虫を模したような人形だった。
その顔はやけにいじわるそうで、持っていたら変な物でも呼び込みそうである。
これが、一体どうしたというのだろうか?
俺たちは首を傾げるが、姉さんは得意げに胸を張って言う。
「これはな、その占い師からもらった幸運の人形なのだ。ニョッキという!」
「こいつが? むしろ、不運の人形にしか見えねえぞ」
「失礼なことを言うな。これを手に入れてから、実際にいろいろといいことがあった」
……そう言えば、最近は何かと調子がいいとかさっき言ってたなぁ。
気のせいのように思うけど、何らかの根拠はあるのだろうか?
すかさず、ニノさんが尋ねる。
「どんないいことがあったんですか?」
「そうだな……。財布を拾って礼を貰ったり、くじ引きで一等が当たったり、宿屋の都合で部屋をグレードアップしてもらったり、来場者記念でレストランがタダになったり……」
「ううむ、結構いろいろあったんだな。ちなみに、それを手に入れたのはいつなんだ?」
「一週間ほど前だ」
「一週間でそれは、確かに何かありそうだな」
顎を擦りながら、困ったようにつぶやくロウガさん。
一週間でそれだけのことが起きたら、人形の効果だと考えるのも不思議ではない。
というより、何らかの働きがなければあり得ないだろう。
けど、幸運を招く人形なんて果たして存在するのだろうか?
俺はすぐさま魔力探知をしてみるが、特に反応は返ってこなかった。
「ううーん、ただの人形みたいなんですけどね」
「けど、そこまでの偶然ってあるのかな?」
「ライザ姉さん、もっと詳しく説明してくれませんか? その占い師にあった日のことや、それから起きたことについて」
「わ、わかった。あれはちょうど、一週間前の夕方だったな……」
こうして、ライザ姉さんはこの一週間の出来事について語り出すのだった――。




