第十話 ご機嫌な姉と不穏な気配
「ほう、これはこれは……!」
キメラスケルトンの討伐から、おおよそ二週間ほど。
俺たちは七番迷宮の中層にあるボスの間で、巨大な動く鎧と対峙していた。
こいつの名はジェネラルアーマー、この階層を守護するモンスターである。
黒地に金の縁取りがなされた重厚な鎧は、歴戦の強者といった風格を漂わせていた。
「コイ! 我ガ騎士タチヨ!」
大剣を床に突き刺し、禍々しい呼び声を発するジェネラルアーマー。
切っ先から黒々とした瘴気が噴き出し、鎧の騎士たちが姿を現す。
将軍の名を関するだけあって、どうやらこいつは集団戦術を得意とするらしい。
鎧の騎士たちは横並びになって槍を構えると、一斉突撃を仕掛けてくる。
「これは一風変わった趣だな! ははは、楽しいではないか!」
「呑気なこと言ってる場合じゃないですよ!」
「いったん俺が止める! お前たちは下がれ!」
ロウガさんは俺たちの一歩前に出ると、腰を落として盾を構えた。
衝突。
騎士たちの穂先が盾に殺到し、火花を散らす。
踏ん張るロウガさんの足が、ズッと重い音を立てて床を擦った。
しかし、流石はBランクのベテラン。
攻撃を受け止め、そこから果敢に攻めへと転じていく。
「どっりゃあああッ!!!!」
気合の踏み込み。
騎士たちの身体がわずかにのけぞり、足が浮く。
よし、今だ!!
俺とクルタさんは視線を交わすと、一気に騎士たちを挟み撃ちにした。
鎧の隙間に剣を通し、そのままテコの原理で分解する。
斬撃の通じにくいアーマー系のモンスターを倒すには、これが一番だ。
「まずは二体!」
「ええ!」
勢いそのままに、俺たちはそのまま三体目と四体目に取り掛かった。
乱戦で敵が槍の長さを活かせないでいる隙を突き、懐に潜り込む。
そして兜の隙間から強引に剣を差し入れ――。
「燃えろ!」
剣身に炎の魔力を通し、噴出させる。
たちまち鎧の隙間から火柱が上がり、騎士は声にならない叫びをあげた。
いくら中がガランドウとはいえ、内側から燃やされればひとたまりもないらしい。
黒焦げた騎士はそのまま床に崩れ落ち、動きを止める。
「オノレ、小童ドモガ!」
「させませんよ!」
再び剣を床に突き刺し、配下を呼び出そうとするジェネラルアーマー。
その手に向かって、ニノさんが手裏剣を投げつけた。
炎の魔法が込められたそれは、当たると同時に強烈な爆発を起こす。
ジェネラルアーマーの動きが、ほんのわずかにだが止まった。
その隙をついて、ライザ姉さんが一気に躍り出る。
「小癪ナ!」
しかし、敵も然る者。
ジェネラルアーマーは即座に体勢を立て直すと、かろうじて姉さんの剣を受け止めた。
大柄なモンスターらしからぬ、軽業じみた身のこなしである。
これにはさすがの姉さんも、ほうと感心したようにため息を漏らす。
「なかなか早いな」
「舐メルナ! 我ガ剣技ヲ見セテヤロウ!」
ジェネラルアーマーの方も、ライザ姉さんを強敵と判断したのだろう。
切っ先を下げた独特の構えを取った。
そして、静かに姉さんを見据えて動きを止める。
あれはひょっとして……反撃の構えか?
前に姉さんから聞かされたことがある。
優れた剣士の中には、相手の技をそっくり何倍もの威力にして返す者がいると。
確か、その時に参考として見せてくれた構えがあれに似ていた。
「姉さん、そいつの構えは――」
「はああああぁッ!!!!」
俺の忠告を聞かないうちに、姉さんは斬撃を放った。
まずい、このままじゃ……!!
俺が危惧するのと同時に、ジェネラルアーマーは剣を振り上げた。
だがしかし……。
「ナヌ!?」
「私の斬撃を跳ね返そうなど、千年早いわ」
「グアアオオオッ!!!!」
受け止めた斬撃の重さに耐えきれず、大剣が折れた。
ジェネラルアーマーはそのままなすすべもなく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
黒光りしていた鎧は埃にまみれ、歪んだ鉄塊のようになってしまった。
……流石はライザ姉さん、カウンターを力技で突破してしまうとは。
今折れたあの剣にしても、相当の業物だっただろうに。
「すごい……ライザ姉さん、何だかいつもより調子良くないですか?」
「ん? ああ、そうかもしれんな。最近、運が良いせいか機嫌もいいんだ」
へえ、そりゃちょっと珍しいな。
基本的にライザ姉さんは運があまり良くない。
不幸体質というか、トラブルを引き付けてしまうような性質がある。
それがご機嫌になってしまうほどツイてるなんて、いったい何年ぶりだろうか。
「この分なら、明日からはいよいよ深層だな。そこでしばらく鍛えたら、十二番に入ろう」
「おおお……目的が見えてきましたね」
「十二番はかなり高難易度の迷宮だからな。油断は禁物だぞ」
「なに、この私がいるのだ。恐れることはあるまい」
ドンッと胸を叩くライザ姉さん。
確かに、姉さんがいればモンスターへの備えは万全だろう。
それより問題は……。
「アエリア姉さんが、まだ何もしてこないことなんですよね」
「そりゃ、単にまだ私たちが来たことに気付いてないんじゃないか?」
「そんなわけないでしょう。目立たないようにしてましたけど、あのアエリア姉さんが一か月も何もしてこないなんてありえませんよ」
ここヴェルヘンは、アエリア姉さんにとって庭と言っても過言ではない街である。
フィオーレ商会が生活の隅々にまで入り込んでいて、街のかなりの部分を牛耳っている。
そんなところで一か月も過ごして、アエリア姉さんの耳に情報が入らないわけがない。
「心配しすぎだ。それに、考えてみればだぞ? この私がいるのに手出しのしようがないだろう」
「まぁ……力に訴えることは不可能ですよね」
「だろう? なに、心配することはない」
そう言って笑い飛ばすと、ライザ姉さんは意気揚々と床にできた転移門をくぐっていった。
俺たちもそれに続き、地上へと帰還する。
さて、明日からはいよいよ深層だ。
しっかり休んで、しっかり準備しないとな。
そんなことを思いながら、宿への道を歩いていると……。
「あ、いたいた! 大変ですよ、ライザさん!!」
いつもお世話になっている商会の受付嬢さん。
彼女がライザ姉さんを見るなり、凄い勢いですっ飛んできたのだった――。




