第六話 第四回お姉ちゃん会議
「それで、ノアたちはヴェルヘンに向かったという訳ですのね?」
時は遡り、ノアたちがヴェルヘンに到着する前のこと。
屋敷に集った姉妹たちは、魔法球を通してファムから事態の報告を受けていた。
「ヴェルヘンは商会の一大拠点。わたくしにとっては、庭も同然ですわ。ノアが捕まるのも時間の問題ですわね」
アエリアはそう言って笑うと、お疲れ様とファムを労った。
一方、横目でそれを見ていたシエルとエクレシアは何とも訝しげな顔をしている。
街に誘い込んだところで、首尾よくノアを連れ戻すことができるのか。
今までに三名もの姉妹たちが失敗している以上、楽観視することはできなかった。
「何か連れ戻す策はあるの? ライザがついている以上、力づくってわけにも行かないわよ」
「それについては考えがありますわ。ファムは聖剣を手に入れることを冒険者を続けるための条件としたのでしょう? でしたら、上手くそれを妨害すればいいんですのよ」
「妨害するって、ひょっとして商会の権利で立ち入り禁止とか?」
「大人げない」
姉弟の仁義なき戦いとは言え、流石にそれは陰湿過ぎるのではないか。
非難するかのように渋い顔をした二人に、アエリアはわかってないとばかりに肩をすくめた。
そして瞳の奥で炎を燃やし、拳を振り上げて言う。
「もはややり方を選んでいる場合ではありませんことよ! そもそもシエル、あなただって失敗しているじゃありませんの!」
「それは、ライザがノアの側についていたからで……」
「それは言い訳にすぎませんわ。わたくしならば、例えライザが居ようともノアを連れ戻しますとも」
「けど、セコイ手を使ってライザが暴れたらどうするのよ?」
剣聖ライザの武力は、個人で大国の騎士団にも匹敵する。
それがもし暴れ出したら、ノアを連れ帰ることは非常に困難になるだろう。
賢者と呼ばれ絶大な魔力を誇るシエルですら、ライザとの直接対決は避けたぐらいなのだ。
商才と知恵はあれど、武力を持たないアエリアにどうにかできる相手とも思えない。
しかしアエリアは、扇で口元を押さえて優雅な笑みを浮かべる。
「それについては心配ありませんわ。ライザを抑える方法は、いろいろとありますもの」
「……アエリア姉さんがそういうと、何だか洒落にならないわね」
「えげつない弱み握ってそう」
「わたくし、ライザには怒ってますからね。ふふふ……」
ぶつぶつと「一人だけずるい」や「抜け駆けは禁止と言いましたのに……」とつぶやくアエリア。
その身体からは、黒々としたオーラが溢れ出していた。
ノアが家を飛び出し、冒険者となってからはや半年近く。
その間にアエリアが蓄えたストレスが、澱みとなって噴き出しているかのようである。
彼女からただならぬものを感じたシエルとエクレシアは、そっと椅子をずらして距離を取る。
「……ライザはいいとして。ノア自身が問題」
「あー、確かに。ライザはいろいろ抜けてるけど、ノアはそうじゃないからね」
しっかり者のように見えて、いろいろと抜けていて隙の多いライザ。
一方で、ノアは気弱そうに見えて何でも卒なくこなして隙は無い。
ライザの弱点を握ることはできても、ノアの弱点を握って無力化することは極めて困難だろう。
そして、ライザほどではないがノア自身の戦闘力も非常に高い。
力づくでどうにかするということは、アエリアにはおよそ不可能なはずだった。
「それについても心配ありませんわ。ヴェルヘンにはあれがありますもの。いざという時には使うまでですわ」
「あれ? あの街に、役に立ちそうなものなんてあった?」
「シエルにも調査を手伝ってもらったじゃありませんの。忘れましたの?」
「ん……? それってまさか……」
たまらず顔を引き攣らせるシエル。
アエリアは一体、何を引っ張り出そうとしているのであろうか。
そのあまりの様子に、エクレシアが首を傾げて尋ねる。
「そんなにヤバいの?」
「私の想像したやつならね。アエリア、あなた本当にあれを動かす気なの?」
「いざとなれば、ですわ」
「けど、あれ使ったらヴェルヘンがヤバいんじゃないの? それにあれって、魔石をドカ食いするから燃料費がとんでもないとか……」
「全力で動かしたら、一週間で国が傾きますわね」
さらりととんでもないことを言い出したアエリア。
ファムが聖軍を召集するといった際には、さすがに大げさすぎると反対した彼女であったのだが。
いま彼女自身が言っていることも十二分に大袈裟であった。
ノアと離れていた期間が長すぎて、感覚がいろいろと麻痺しつつあるのかもしれない。
シエルはやれやれとため息をつくと、真剣な顔で忠告する。
「……アエリア、流石にヴェルヘンを滅ぼしたりしないでよ?」
「大事な拠点ですもの、善処しますわ」
「そこは必ず滅ぼさないって言いなさいよ……」
「ノアを連れ戻すためならば、私は手段を選びませんわ。そのために必要な犠牲ならば……ね?」
そう言ってウィンクをすると、アエリアはおもむろに椅子から立ち上がった。
そして窓の外を見ると、ヴェルヘンのある方角を指さして高らかに宣言する。
「ノア、待っていなさい。このわたくしが、直々に連れ戻しに行きますわ」




