表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/301

第五話 七番迷宮の洗礼

「本当に、七番で良かったんですか……?」


 その日の夕方。

 ラーナさんと別れた俺たちは、さっそく七番迷宮へと移動していた。

 初心者向けの三番にしようかとも思ったのだが、ロウガさんが七番でいいと言ったのだ。


「ああ、七番からの方がいい」

「でも、ラーナさんは俺たちのランクを知っても三番からって言ってましたよね?」

「おいおい。俺よりあの女のことを信用するのか?」

 

 ロウガさんにそう言われてしまうと、俺も返す言葉がなかった。

 いくらベテラン探索者の言葉とは言え、仲間の言葉より信じるわけにも行くまい。


「ジークやライザが三番なんかに入ったら、他の連中に迷惑だよ。むしろ、七番でも足りないぐらいだ」

「そうですかねえ?」

「相変わらず自信のない奴だな。絶対に大丈夫だ、俺が保証する!」


 ドーンと胸を張るロウガさん。

 何だろう、ラーナさんと張り合って少し意地になっていないだろうか?

 いつもより自信満々なその態度が、逆に何となく不安だ。


「あれですか?」


 やがて通りの先に、小さな広場が見えてきた。

 その中心には石で出来た祠のような建物があり、ぽっかりと穴が開いている。

 どうやらここが、迷宮の入口のようだ。


「なるほど、嫌な風だ」


 地底へと延びる薄暗い石組の通路。

 そこから吹き上がってくる風に、ライザ姉さんは眼を細めた。

 湿気と黴の匂いを孕んだそれは、微弱ながら肌を痺れさせるような刺激があった。

 瘴気ではないが、それと似たようなものを含んでいるようだ。


「この七番迷宮に出てくるのは、EランクからDランクの魔物がほとんどだ。だが、気を抜くんじゃねえぞ。迷宮はそれ自体が魔物みたいなもんだからな。油断してると食われちまう」

「至言だな。ならば、私も全力で行くか」

「……いや、ライザは全力でなくていい」


 ロウガさんのつぶやきに同調して、クルタさんやニノさんも黙って頷いた。

 姉さんが本気を出したら、迷宮の床をぶち抜くとかやらかしそうだからなぁ……。

 目立ちたくない状況で、それは勘弁してほしい。


「念のため言っておくけど、ジークもやり過ぎたらダメだからね?」

「え?」

「……相変わらず、自覚がないですね。ライザさんといい勝負です」


 やれやれと手厳しいことを言ってくるニノさん。

 いくら何でも、姉さんほどってことはないと思うんだけどなぁ。

 あのハチャメチャぶりと比べたら、俺なんて可愛いものだろう。

 

「……そのなんだ、とにかく先へ行くぞ。夜まであまり時間もないしな」


 会話を区切ると、そのまま迷宮の中へと降りていくロウガさん。

 彼の後に続いて進むこと数十分。

 通路の曲がり角に差し掛かったところで、人骨の兵士が姿を現した。

 彷徨える亡霊の兵、スケルトンである。

 元は冒険者だったのであろうか、年季の入った軽鎧と短剣を手にしている。


「まずはボクからやろうか」

「援護はいりますか?」

「平気、一人でやってみる」


 そういうと、クルタさんは腰に差していた短剣を抜いた。

 そしてそれを、手に馴染ませるようにくるくると回転させる。

 手慣れたその様は、さながら奇術師か何かのようであった。


「いくよ!」


 ウォーミングアップを終えたところで、クルタさんは一気に前傾姿勢を取った。

 彼女は瞬く間にスケルトンとの距離を詰めると、その首を刈り取る。

 関節の間に入り込んだ刃が、抵抗なく頭と胴体を切り離した。

 骨格の隙をついた神業。

 流石、Aランクは伊達ではないと言ったところだろう。

 しかしその直後――。


「おっと!?」


 クルタさんの頬を矢が掠めた。

 いつの間にか、曲がり角の向こうから弓を構えたスケルトンがこちらを覗いている。

 クルタさんが攻撃を終えた隙を突き、仕掛けてきたようだ。

 魔物らしからぬなかなかの連携である。


「なるほど、これは外じゃあんまりないかも……わわっ!」


 不意打ちに対しても、冷静に対処しようとしたクルタさん。

 しかしここで、床からいきなり剣が迫り出してきた。

 まずい、罠だ!!

 突然のことに俺たちは肝を冷やしたが、クルタさんは即座に身体を捻って回避した。

 切っ先が軽鎧を撫で、スウッと白い傷をつける。


「ちっ! もうあったまきた!」


 クルタさんは軽く舌打ちをすると、腕をしならせ短剣を投げた。

 見事な曲線を描きながら、短剣はたちまちスケルトンの頭へと吸い込まれていく。

 カシャンッと軽い音。

 スケルトンの額がたちまち砕け、地面へと倒れる。

 その様子を確認したクルタさんは、すぐさま曲がり角の向こうを確認した。


「……よし、もういないみたいだね」

「お姉さま、ケガは!?」

「へーき、鎧にちょっと傷がついただけ。これも磨けば消せるかな」


 そう言って笑うクルタさんだったが、その眼は真剣そのものだった。

 迷宮の危険性について、肌で実感したようである。

 あともう少しで、身体に剣が刺さるところだったのだから無理もない。


「ま、迷宮のヤバさがこれでわかっただろう?」

「わかっていたなら止めてください。お姉さまが怪我でもしたら……」

「いざとなったら介入するつもりだったさ。それにクルタなら、ヒヤッとはしても大事にはならんだろう」


 ロウガさんにそう言われ、ニノさんは渋々ながらも納得したように頷いた。

 どれほど口で言っても、実感してみないとわからないことは多いからな。

 ロウガさんの判断はそれほど間違っていないと思ったのだろう。

 ……クルタさんを危ない目に合わせたことについては、まだ大いに不満があるようだが。


「とりあえず、次からは私が罠の探索しましょう。これでいろいろマシになるはずです」

「それなら、ノアが魔力探知をした方がいいのではないか?」

「いえ、先ほどの罠は魔力を使わない仕掛けでした。こういったものについては、私の方が向いています」

「なるほど。じゃあ、俺は魔物を探知しますね」


 そういうと俺は、すぐに魔力を練ってそれを押し広げた。

 するとたちまち、数十もの魔物の影が浮かび上がってくる。

 大した魔物ではないが、この数はすごいな。

 密度で言えば、境界の森にも負けないかもしれない。


「ん?」

「どうした?」

「いま一瞬、凄い魔力が反応したような……」


 ほんの一瞬のことだが、迷宮の壁の裏側を巨大な魔力が通ったような感覚があった。

 この迷宮に、そんなに強いモンスターがいるわけないのだけれど……。

 まして壁の裏側なんて、そもそも通路が存在していない。

 するとロウガさんは、首を傾げた俺を見て笑いながら言う。


「そりゃ、迷宮は生きてるからな。それに反応しただけだろう」

「ああ、なるほど」

「とりあえず、先へ進もう。まだ三か月近くあるとはいえ、早いとこ迷宮になれないとな」

「そうですね、ファム姉さんの指定した迷宮はかなりの難関みたいですし……」

「十二番の奥に、教団関係者だけが入れる隠し通路があるって話だろ? あそこは第一級の危険地区だからな、こことは比べ物にならんぜ」


 ロウガさんの言葉で、改めて気を引き締める俺。

 こうして俺たち五人は、ゆっくりと迷宮の奥へ進むのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ