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第一話 迷宮都市

「ここが……迷宮都市ですか」


 ラージャを出発し、馬車で北東に進むこと約三日。

 大平原を抜けた山脈の麓にヴェルヘンの街はある。

 巨大な防壁が市街地をぐるりと囲んでいて、遠くから見ると闘技場か何かのようにも見えた。

 ラージャの街にもかなりしっかりとした防衛設備があるが、それよりもさらに物々しい。


「まるで要塞だな。よほど、あの山脈の魔物が手強いのか?」

「違うよ。あれは、外からじゃなくて内からの魔物を防いでるんだ」


 ライザ姉さんの問いかけに、首を横に振ったクルタさん。

 彼女は手で庇を作り、壁を観察しながら言う。


「ずっと昔、迷宮から魔物が溢れて大陸を荒らし回ったんだって。それで、迷宮の脅威を恐れた国々が築いたのがあの大防壁らしいよ」

「なるほど。だがそうなると、壁の中の住民たちは……」

「もともと、街は壁の外にあったんだって。けどそれじゃ不便だからって、いつの間にかみんな壁の中に住むようになっちゃったとか」

「……ったく。人間ってのはつくづく懲りねえもんだ」


 呆れるように呟くロウガさん。

 痛い思いをしたからと言って、そう簡単には行動を変えられないということだろう。

 ……実際、ロウガさん自身もなかなか悪い遊びをやめられないようだし。


「一応、いざという時には戦うって条件で税金が安いとかはあるみたいだよ。他にも、いろいろ自治権を認められてて商売がやりやすいとか」

「それをうまく生かして、地盤を築いたのがフィオーレ商会ってわけですか」

「そういうことになるね」


 アエリア姉さんが冒険者相手の商売をしているのは知っていた。

 けど、迷宮都市にここまでしっかり根を張っていたとは知らなかったなぁ……。

 考えてみれば、何かと理由を付けてウィンスターを離れていることが多かったのだけれども。

 何をしているのかについて、全然教えてくれなかったんだよね。


「ひとまず、街に入ったらできるだけ目立たないように行動しましょう」

「だな、騒ぎになったらいろいろと動きにくい」

「姉さんは、絶対にやり過ぎたらダメですからね。絶対ですよ」

「子どもじゃあるまいし、心配のし過ぎだ」


 やれやれと肩をすくめるライザ姉さん。

 大人らしく余裕のある雰囲気だが、それが逆に心配である。

 こう言って、姉さんが素直に大人しくしてた試しなんてないからな。


「だって……ライザ姉さんですからね。面倒だからって、迷宮の床を突き破ったりしそうで」

「……ダメなのか?」

「ダメです!!」


 とぼけた顔をするライザ姉さんに、俺たちは揃って声を上げた。

 これからアエリア姉さんの本拠地に行くというのに、これじゃ先が思いやられるぞ!

 迷宮攻略のために与えられた猶予は三か月。

 そのうち、一か月ぐらいはアエリア姉さんにバレずに行動したいと思っているのだけれど……。

 この分だと、一週間ぐらいで正体がバレてしまうかもしれない。


「くれぐれも、くれぐれも大人しくしてくださいよ……!」

「あ、ああ……わかった」

「そろそろ門につきます、カードを出してください」


 御者をしていたニノさんに促され、ギルドカードを取り出す。

 門の前に馬車を止めた俺たちは、すぐさま門番にそれを差し出した。

 こういう時、冒険者の身分というのは便利なものである。

 だいたいの国でギルドカードが身分証明として使えるからね。


「これは驚いた、凄い面子じゃないか。君たちも十三番の攻略に来たのかい?」

「いや、ちょっと用事があってね」

「そうかい、それは失礼」

「それより、十三番ってなに? 迷宮都市にある迷宮って、全部で十二個だよね?」

「ん? 知らないのかい?」


 クルタさんの問いかけに、門番の男は驚いたような顔をした。

 十三番というのは、よほど有名な場所らしい。

 

「十三番目の迷宮が、つい最近見つかったんだ。魔物は強力だが、それ以上に貴重な遺物が見つかるそうでね。いま、ヴェルヘンじゃその話題で持ち切りさ」

「へえ!! ヴェルヘンで新しい迷宮が見つかるのって、百年ぶりぐらいじゃない!?」

「二百年ぶりらしい。だから、大騒ぎなんだよ」


 景気も良くなっているのだろうか、そう語る門番の顔はどこか嬉しそうであった。

 言われてみれば、俺たちの他にも冒険者らしき面々を載せた馬車が列をなしている。

 既に、耳の早い冒険者たちが各地から集まってきているようだ。


「さ、審査は終わりだよ。後がつかえているから、早く行ってくれ」

「ありがとう、また帰る時はよろしくね」


 こうして無事に門を通過した俺たちは、ヴェルヘンの市街地へと入った。

 狭い土地を最大限に生かす工夫なのであろうか。

 ラージャと比べると建物の背が高く、空が少し狭いような感じがする。

 そして時折、見慣れない機械のようなものが通りを走り抜けていった。


「いろいろ、見かけないものがありますね」

「ヴェルヘンの魔道具は有名ですからね。わざわざに買い付けに行く冒険者も多いです」

「なるほど、迷宮でとれる魔石をこの街で加工してるってわけですか」

「そんなことより、早く迷宮へ行こうではないか!」


 俺たちが街の様子を見ていると、姉さんが待ちくたびれたとばかりに言った。

 強力な魔物のいる新しい迷宮と聞いて、居ても立っても居られないらしい。


「まあまあ、まずは初心者用の迷宮からにしましょう。その前に、登録も済ませないといけないですし」

「そうだな。よし、行くぞ!!」

「ライザさん、商会はそっちではなくてあっちですよ」


 意気揚々と逆方向に向かって歩き出した姉さんを、慌てて正しい方向へと誘導するニノさん。

 いろいろと不安はあるものの、こうして俺たちの迷宮都市での生活が始まったのだった――。


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