第三十四話 白剣
「全力で行きますよ! デュエ・ソルダート!!」
威風堂々と響くファム姉さんの声。
黄金の風が吹き、たちまち体の底から力が沸き上がってきた。
姉さんの本気の強化魔法を受けるのは、これが初めてなのだけれど……。
あまりの効果に、思わず気が大きくなってしまいそうだ。
実家では調子に乗るからダメと掛けてもらったことがないのだけど、その理由がよくわかる。
ある種の全能感すらあるぞ、これ……!!
「これなら……いける!」
「何をたわけたことを」
振り下ろされる魔力の剣。
それを俺は、すかさず黒剣で受け止めた。
山が降ってきたような重い感触。
たまらず押しつぶされそうになるが、どうにか耐え続ける。
「ははは! これでは動けまい!」
「だったら……これでどうだ……!!」
黒剣が魔力を吸い込み始めた。
そのことに驚いた魔族は、たちまちその場から飛びのく。
特殊な隕石で造られたこの剣は、魔力を吸い込んで蓄えることができる。
実体化しているとはいえ、魔力である以上は吸収できない道理はない。
「ふん! 面白い剣のようだが、攻撃をすべて防げるわけではあるまい!」
そう言うと、魔族は大剣を信じがたい速度で振るい始めた。
重さのない魔力の剣だからこそできる芸当であろう。
しかし、俺にだってファム姉さんの強化魔法がある。
剣を引いて構えると、敵の速度にどうにかついていく。
剣戟の音が激しく響き、そのたびに魔族の顔が曇った。
どうやらこの魔力の剣、展開しているだけでもかなり消耗する代物らしい。
その上、魔力を吸収されてはたまったものではないのだろう。
「バカな……! 人間が追い付ける速度ではないはずだ!」
「この程度、ライザ姉さんと比べれば大したことないよ!」
「おのれ、ちょこざいな! ならばこれでどうだ!!」
剣を放り投げた魔族は、いきなり口から光線を吐いた。
うおっ!? こいつ、そんなことまでできるのかよ!!
突然の行動に驚いた俺は、とっさに大剣でそれを弾いた。
弾かれた光線が教会の壁に当たり、たちまち大きな穴を空ける。
「溶けてる……!!」
壁は赤熱し、穴の周囲はブクブクと泡が立っていた。
もし俺が手にしていたのが鉄や鋼の剣だったら、きっと溶けてしまっていたことだろう。
この剣にしたって、そう何発も受け止めるのはまずい。
「どうだ、我がブレスの威力は!!」
「狼がそんなの出すなんて、反則めいてるな……!」
「ははは、このまま焼き殺してくれるわ!!」
光線を連続して吐き出す魔族。
これでは、全く近づくことができないぞ……!!
俺はどうにか斬撃を飛ばして反撃するが、分厚い毛皮に弾かれてしまう。
どうやらあの毛皮、魔力を帯びていて相当に頑丈らしい。
岩ぐらいなら軽く砕く威力がある斬撃を、軽く受け止めている。
「攻め手がないなぁ?」
「くっ……!!」
「ノア、こうなったらあれを使いましょう!!」
こちらを見て、何やら呼び掛けてくるファム姉さん。
けど、あれってなんだ……!?
俺が戸惑っていると、姉さんはすっと聖杖を高く掲げた。
――この真似をして。
姉さんの眼が、確かにそう語っているようだった。
「よしっ! わかった!!」
俺は姉さんに合わせて、剣を片手で高々と掲げた。
月光を反射し、刃が煌めく。
その次の瞬間、姉さんの気迫の籠った叫びが響いた。
「デュエ・ジュージモ!!」
聖杖の先から迸る稲妻。
俺に向かって放たれたそれは、渦を巻きながら黒剣の中へと吸い込まれていった。
おお、これは……!!
膨大な聖の魔力を受け取った黒剣は、自ら強い光を発し始めた。
黒々としていた剣身が白く染まり、陽炎のような神々しいオーラを纏う。
――聖剣。
俺はまだ実物を見たことはないが、とっさにその言葉を思いつく。
「なんだ、それは……! その光は……!」
「さあノア! その剣で悪しきものを切り裂くのです!」
「小癪な。見た目がそれらしくなったからと言って、何ができる!!」
そう言って、魔族は再び口から光線を吐き出した。
俺はそれに刃を立て、斬る。
白く輝く剣は、赤黒い光線をいともたやすく真っ二つにした。
いいぞ、こりゃ凄い……!!
俺は光を切り捨てながら、次第に魔族との距離を詰めた。
すると魔族の方も、このままではまずいと感じたのだろう。
一気に勝負を決めようと、魔力を高め始める。
「うおおおおぉ……!!」
「まだこんなに力が残ってたのかよ……!」
「これは、ちょっと距離を取った方が良さそうだね」
「皆さん、こちらへ!!」
危機を察知して、姉さんが皆を集めて結界を張った。
魔族の攻撃を相当に危険視したのだろう、巨人が体当たりしても破れないほどに強力なものだ。
そうしている間にも魔力は高まり続け、聖堂全体が揺れ始める。
――いずれにしても、勝負はこの一撃で決まる。
俺もまた構えを取ると、瞳を閉じて極限まで精神を研ぎ澄ませた。
そして――。
「滅び去れ!!」
「はああああぁっ!!」
振り下ろされた魔力の剣。
魔力が限界まで充填されたそれは、先ほどまでよりも二回りは大きかった。
そこから迸る斬撃に向かって、俺は迷うことなく飛び込んでいく。
――切断。
魔力の津波を割った俺は、そのままの勢いで魔族に斬りかかった。
驚きながらも魔力剣でそれを防ごうとする魔族だが、俺はその剣ごと――。
「どらああああっ!!」
「あり……え……な……い!!」
響く断末魔、分かれて滑り落ちる巨体。
聖女の魔力を受け、白く輝く剣は……邪悪なる魔族を一刀両断したのだった。




