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第三十三話 月夜の再会

「ぐおっ!?」

「ロウガッ!!!!」


 爪を大盾で受け止めたロウガが、なすすべもなく吹き飛ばされた。

 壁に叩きつけられた彼は、うめき声をあげて倒れ込む。

 魔力だけではなく、筋力もそれに比例して飛躍的に増大しているらしい。

 先ほどまでとは比べ物にならないほどの剛力であった。


「グラン・ギリエ!」


 ファムが治癒魔法を詠唱し、すかさずロウガを癒した。

 だがそこへ、間髪入れずにクルディオンの巨体が滑り込んだ。

 彼は治療が終わったばかりのロウガの身体へ、再び拳をめり込ませる。


「ふぐぁっ!?」

「ははは!! どれほど治療したところで、捻り潰してくれるわ!!」

「これでは、治せば治すほど……!」


 文字通りのなぶり殺し。

 あまりの惨状に、ファムはたまらず顔をしかめた。

 クルタとニノはすぐさまロウガの救出へと向かうが、まとめて弾き飛ばされてしまう。


「小娘どもが。さあ、逃げろ逃げろ!!」

「げっ!?」


 クルタとニノが倒れたところで、クルディオンは追い打ちをかけるように闇魔法を連打した。

 黒々とした魔力弾が、花火のように弾けて拡散する。

 降り注ぐ破壊の雨、砕け散る床石。

 クルタとニノはすぐさま体勢を立て直すと、どうにかその嵐を逃れようとする。

 しかし――。


「あつっ! いたぁっ……!!」

「お姉さま!! ……ぐっ!」


 クルタの足を魔力弾が貫いた。

 それに動揺して動きが止まったニノの脇腹にも、容赦なく光が刺さる。

 こうして動きを止めた二人を見て、クルディオンは邪悪さに溢れた笑みを浮かべた。


「ははは! 先ほどまでの威勢が嘘のようだな!!」

「くぅ、変身さえされなきゃ……!」

「今更もう遅いわ!!」


 無慈悲に振り下ろされた爪が、クルタの腕に突き刺さる。

 あえて致命傷となる腹や胸は狙わず、じわじわといたぶるつもりのようだ。

 ニノがとっさに庇おうとするが、クルディオンはそれを軽々と払いのける。

 聖堂の柱に叩きつけられたニノは、苦しげな息と共に吐血した。


「かはっ……!!」

「少し待っていろ。貴様もすぐに相手してやる」

「やめ……ろ……! お姉さまに……これ以上は……!!」

「はははははっ!! 魔族相手に命乞いとは、無意味なことを!」


 月を見上げ、心底愉しげに笑うクルディオン。

 黒い毛皮を返り血に染めたその姿は、まさしく邪悪の化身。

 その悍ましい姿にファムは恐怖を抱きつつも、毅然とした口調で告げる。


「そこまでです! 殺すならば、私だけにしなさい!」

「ほう? 聖女ファムよ、自己犠牲の精神は見事だが……。そなた、自身が死ぬ意味はわかっているな?」


 聖女が魔族に殺されたとなれば、即座に戦争が始まってもおかしくはない。

 大局を考えるならば、この場でファムが打つべき最善手はクルタたちを犠牲にして逃げることであった。

 しかし、ファムは一切ためらうことなく言う。

 

「わかっています。ですが、苦しむ人を見捨てるわけには参りません。いざとなれば自爆して、ここにいた痕跡ごと消えましょう」

「何と勇ましい。聖女というよりも、もはや勇者ですな。良いでしょう、その心意気に免じて……あなたを最後まで生かして差し上げましょう」

「なっ!?」

「せいぜい楽しまれると良い。人間たちの散り行くさまを……!!」


 爪を振り上げ、クルタの首を刎ねようとするクルディオン。

 ファムは全速力で駆けだすものの、間に合わない。

 あと少し、あと少しで手が届くのに……!!

 聖女が伸ばした指の先で、容赦なく腕が振り落とされる。

 その様はさながら、ギロチンが落ちるが如く。

 悲惨な光景を想像し、ファムは思わず叫びをあげた。

 だが次の瞬間――。


「うおっ!?」

 

 打ち砕かれたステンドグラス。

 そこから飛び込んできた何者かが、クルディオンの巨体を蹴り飛ばしたのだった。


 ――〇●〇――


「危なかった……! 大丈夫、クルタさん?」


 俺は額に浮いた汗を拭うと、すぐさま倒れているクルタさんに声をかけた。

 本当にギリギリ、あと一秒でも到着が遅れたら殺されていただろう。

 かなり無茶をして急いだけれど、その甲斐があったというものだ。


「ジーク君? いったい、どこから……」

「ドラゴンから飛び降りてきました。さすがに、足がちょっと痺れちゃいましたよ」


 そういうと俺は、上空で旋回するドラゴンを指さした。

 身体を持ち上げてそれを見たクルタさんは、ぽかんと目を丸くする。

 そりゃまあ当然だ、魔界に出かけていたはずの人間がドラゴンに乗って戻って来たなんて。

 

「ノア……あなた、ノアですね!?」


 続いて反応したのは、ファム姉さんであった。

 姉さんはすごい勢いで俺に近づいてくると、すぐにこちらを覗き込んでくる。

 猛獣が肉に食いつくかのような勢いに、俺は少し気圧されながらも頷いた。


「良かった、無事だったんですね! 私、あなたのことが心配で……うぅ、うぅうう……!」

「わ、わわ! こんなところで泣かないでよ!!」


 大粒の涙をこぼし、泣き始めてしまったファム姉さん。

 彼女は両手を広げると、そのまま俺の身体を強く抱きしめた。

 うぐ、い、息ができない……!!

 それにみんながいるまでこれは、いい年してちょっと恥ずかしいぞ……!!

 

「姉さん、苦しい……離れて……!!」

「ああ、すいません!! グラン・ギリエ!」


 すかさず回復魔法を掛けてくる姉さん。

 いや、それはそれで逆にオーバーだよ!

 ついでに近くにいたクルタさんたちも癒されたので、別にいいのだけどさ。

 ファム姉さんって、厳しいかと思ったら妙に過保護な部分もあったりで付き合いづらいんだよな。

 ウィンスターの実家にいた頃も、いつもこんな調子だった。

 今にして思えば、甘やかしたいのをずっと堪えていた……のだろうか?

 いやいや、姉さんのことだから単に気まぐれなだけに違いない。

 

「もう、大げさ過ぎだよ! 俺だってもう子どもじゃないんだから!」

「子どもじゃなくても、私の弟なのは変わりありませんよ」

「いやそうだけど、年齢ってものを――」

「くぉらああああっ!!!!」


 姉さんの声を断ち切るように雄叫びが響いた。

 振り向けば、魔族が恐ろしい憤怒の形相を浮かべている。

 

「この私を無視して、何をさっきからぺらぺらと!」

「す、すいません!!」

「謝るな! どこの誰だか知らんが、捻り潰してくれる!」


 魔族が月に手をかざすと、たちまち黒々とした魔力が巨大な剣を形成した。

 魔力で構成された非実体の刃、さながら魔力剣とでもいうべきものである。

 フォンッと大気を震わせる音に、肌が泡立つ。

 紫電を迸らせるその刃は、見ただけでも尋常でない威力を秘めていることが分かった。


「ファム姉さん!!」

「サポートは任せてください。行きますよ!」

「ええ!!」


 こうして俺とファム姉さんは、連携して魔族を迎え撃つのであった。


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