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第三十話 飛べ、聖女の元へ!

「つまり……魔界で政権転覆を企む輩がいるってことですか」


 アルカの話は、おおよそ次のような内容であった。

 現在の魔王は穏健派であり、力の弱い種族などを積極的に保護する政策を取っていた。

 しかし、この政策に昔からの弱肉強食的な価値観を持つ一部の魔族たちが反発。

 兄の魔王とは対照的に、強行派である弟を担ぎ上げようとしているらしい。


「人間界との大戦になれば、軍務を司る王弟の求心力や発言力は一気に高まる。その勢いを利用して、政権を奪い取ってしまおうって計画ね」

「理屈はわからないでもないですけど、そのために大戦をやるんですか……?」

「私が言えた義理じゃないけど、もともと戦争大好きな連中だから」


 巻き込まれた側の人間界としては、本当に迷惑な話だなぁ……!

 それに、あまりに急な展開だったため流してしまっていたけれど。

 そんな身勝手な理由で、大事なファム姉さんを殺されてしまっては困る!

 どうにかこのことを知らせて、対策を取ってもらわなくては。

 あのヘルという魔族の話だと、今ごろ姉さんはラージャかその近くに来ているはずだ。

 たぶん、クルタさんたちの護衛する重要人物というのがファム姉さんだったのだろう。


「私は現魔王派閥だから、戦争はさせないって立場よ。それで連中を監視するためにわざわざこんな僻地まで来たのだけど、だいぶ出遅れちゃったみたいね」

「なるほど。なんで幹部がいるのか、不思議に思いましたよ」

「だからまぁ、一応はあんたたちの味方ってことになるのかしらね。立ち位置的に」

「……それにしては、さっきは全力で襲ってきてませんでした?」

「そこはまぁ、拳で語り合うというか? 力は見ておかないと」


 悪い人ではなさそうなのだけど、そういうところはやっぱり魔族だな。

 どうにも発想が好戦的だ。

 これでも穏健派の魔王派閥らしいから、強行派の王弟派閥なんて……。

 そんな連中が天下を取ってしまったら、それこそ人間を絶滅させるとか言い出しかねないぞ。


「通信用の水晶球はありませんか? とにかく、一刻も早く連絡を取らないと!」

「うーん、あるにはあるけど……。人間たちの使っているのとじゃ、規格が違うわよ?」

「それでもいいですから!!」


 俺がそう急かすと、アルカはすぐに壁へと近づいて何か合言葉のようなものを発した。

 するとたちまち、壁の石組みが動いて小さな出入り口が出現する。

 中は兵士たちの詰所となっていたようで、武具はもちろんのこと雑貨の類もいくらか置かれていた。


「はい、これ」

「これが魔族の水晶球ですか。赤いですね」

「みんな赤とか黒とか好きだからね」


 まさか、それで壁も赤い素材で造ったのか……?

 俺は一瞬、そんなおバカなことを考えてしまった。

 人間ならあり得ないが、魔族ならあり得そうなところが怖い。

 が、すぐに気を取り直して水晶球の術式を解析してみる。


「あれ、意外と変わらないですね。使われてる言語は共通ですし、強いて言うと魔力波の指数が――」

「え? 本当にやれるの?」

「これぐらいなら何とか」


 以前に行った術式の開発や改良と比べれば、何ということもない作業である。

 魔界の魔道具ということで身構えたが、むしろ人間界のものよりシンプルなぐらいだ。

 魔力に物を言わせるような箇所がいくつかあるけれど、そこさえ気を付ければどうとでもなる。

 俺の魔力量ならば、少し手を入れれば十分に実用的だ。


「その道具、そんなに簡単に改造できるものでもなかった気がするのだけど……」

「できる分にはいいじゃないですか。それより、向こうと連絡を取るので静かにしてくださいね」

「あ、うん……」


 こうして俺は、すぐさまラージャのギルドへ連絡を取ろうとした。

 水晶球からザーザーと砂嵐のような音が聞こえる。

 誰でもいいから、早く出てくれ……!!

 俺が祈るような思いで待っていると、水晶球の向こうから聞きなれた受付嬢さんの声が響く。


『こちら、冒険者ギルドラージャ支部です』

『あの、ジークなんですけれども! マスターはおられますか!?』

『マスターでしたら……。え、ジークさん!? なんで念話掛けてきてるんですか!?』

『緊急に用があったからです! とにかく、早くマスターを!』

『早くって、今どこにおられるんですか?』

『魔界の入口あたりです!』

『魔界いいいいぃ!?』


 バタンッという音とともに連絡が途切れた。

 えっ!? 受付嬢さん、もしかして倒れちゃった!?

 俺が慌てていると、騒ぎを聞きつけてきたらしいマスターが念話に出てくれた。

 彼に急いで事情を説明すると、姉さんがいまどうしているかの状況を確認する。

 すると――。


『既に、聖女様はラージャに到着されている』

『本当ですか?』

『ああ、先ほど挨拶に来られた』

『だったら急がないと! 魔族がいつ行動に出てもおかしくないですよ!』

『わかった、すぐに冒険者たちを緊急招集しよう。聖女様にも急いでお伝えする』

『お願いします!!』


 ひとまずはこれで安心……であろうか?

 いや、相手は凶悪な魔族だ。

 どれだけ警戒したとしても、警戒しすぎると言うことはない。

 俺も急いで戻って姉さんの身を守りたいところだが、流石にここからだと距離が……!

 ああ、もどかしいッ!!


「念話は済んだ?」

「あ、はい。ありがとうございました」

「礼なんていいわよ。それより、親書はこっちで預かるからあんたたちはもう戻ったら?」

「いや、でも……」


 親書を預かることに、悪意はなさそうであった。

 このアルカという魔族、あまり嘘がつけるようなタイプにも見えないし。

 けれど、ここから急いで戻ったところで事態に間に合うとも思えない。

 それならば、俺たちは魔王の元まで親書をきちんと届けた方がいいのではなかろうか。

 俺がそう考えたところで、アルカはふと思い出したように言う。


「ああ、そっか! 人間って翼がないからね。戻るのにも時間がかかるのね」

「ええ。だから、今からでは――」

「だったらいい方法があるわ。ちょっと外に出て」

「は、はぁ……」


 アルカに促されるまま、俺は壁の駐屯所から外に出た。

 すると、少し回復したらしい姉さんが話しかけてくる。


「ジーク……!」

「姉さん、もう大丈夫なんですか?」

「何とかな。私としたことが情けない、動けなくなるほど力を使い果たすとは」

「……人間で私に勝てるなら十分すぎるけどね。これでも、魔界有数の強者なのよ?」


 呆れたようにつぶやくアルカ。

 まあ、姉さんが強すぎるのは昔からなのであまり気にしないで欲しい。

 というか、姉さんを人間の基準にされても困るからな。


「それより姉さん、大変です! ファム姉さんが……」

「聞いている。動けなかったが、意識を失っていたわけではないからな」

「なら、話は早いわね」


 そう言うと、アルカは澱んだ空を見上げてピーっと口笛を吹いた。

 するとたちまち、大きな影が壁を超えてこちらに迫ってくる。

 おおお、こいつは……!!

 天に翼を広げるその雄姿は、まぎれもなくドラゴンだった。

 深緑の鱗を持つ空の覇者、スカイドラゴンである。


「こいつに乗っていけば、この森だってひとっ飛びよ」

「すごい、流石は魔王軍!」

「私も行こう。戻るまでに多少は回復するかもしれない」


 少しよろめきながらも、ドラゴンの背中に乗り込む姉さん。

 この様子だと、回復には丸一日かかりそうだけれど……。

 それでも、ファムの危機と聞いては黙っていられないだろう。


「私も連れて行ってくれ、頼む」

「私も、お願いしますわ」


 そう言って、俺たちのそばに走り寄ってくるウェインさんたち。

 まあ、こんなところに残していくわけにも行かないしな。

 念のためアルカの方を見やると、彼女はコクンッと頷いた。

 俺たち四人ぐらいであれば、問題なく載せられるようだ。


「私はこの親書を魔王様に届けておくわ」

「来ないんですか?」

「私なんかが行ったら、もっと騒ぎが大きくなるわよ」


 やれやれと肩をすくめるアルカ。

 あー、高位魔族である彼女が外に出てくれば当然そうもなるか。


「ことが済んだら、あの水晶球で連絡してくれればいいわ。それと、その子は自分で帰れるから乗り捨ててきていいわよ」

「何から何まで、ありがとうございます!」

「……あー、もう! 人間が魔族に感謝するなんて、気持ち悪いからやめてよ!」


 そう言うと、アルカは俺たちを追い払うように手を振った。

 口も態度も悪いが、その表情自体は比較的穏やかなものである。

 こちらに対して、そこまで悪い感情は抱いていないらしい。

 たぶん、姉さんが力を示してくれたおかげだろうな。


「さあ、行こう!!」

「グラアアアッ!!」


 こうして俺たちは、スカイドラゴンの背に乗ってラージャへと急ぐのだった――。


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