第二十九話 真相
「なっ!? いきなり何を言い出すんだ、フィール!」
急におかしなことを言い出した仲間の女性。
ウェインさんは動揺をあらわにすると、彼女に詰め寄って肩に手を置こうとした。
だが女性は、伸ばされた手を乱暴に振り払う。
「触らないで。もうあなたみたいな馬鹿なフリをするのはやめたの」
「おいフィール、そんな冗談はやめて……」
「冗談じゃないわ。ついでに、そのフィールって名前もやめて。私の本当の名前は、ヘルっていうの」
ヘルと名乗った少女の身体から、悍ましい魔力が溢れ出した。
それと同時に、服を破って背中から黒い翼が伸びる。
この子、魔族だったのか!!
「嘘だろ……? そんなバカな」
驚きのあまり、俺は眼を何度も擦った。
魔族の気配を全く感じることはできなかったし、それにこの子はサンクテェールの結界にも入っていた。
普通、魔族があの結界の中に入れば何かしらの反応があるはずである。
いったい何が起きているというのか?
不気味に思った俺は、ヘルからとっさに距離を取る。
「ウェインさん! あの人とは、いつからの付き合いなんですか!?」
「ずっとだ! もう五年以上になる!」
「そうね、あんたと付き合い始めてから五年にはなるわ。ほんと退屈だった」
肩をすくめ、心底うんざりしたように語る魔族。
一方、ウェインさんの方は完全に色を失ってしまっていた。
五年もの間、魔族に騙され続けていたのである。
茫然自失となってしまうのも、無理はない。
「大したものでしょう? この魔法で人化すれば、神聖魔法にだってある程度耐えられるの」
そう言うと、黒い水晶のようなものを取り出すヘル。
先ほどアルカが見せたのと同じ種別のアイテムのようだ。
恐らくは、強力な魔法を結晶に封じて扱いやすくしたものだろう。
似たような道具をシエル姉さんも持っていたはずだ。
「何が目的だ? どうして、ウェインさんに近づいたんだ!」
「それなりの地位の駒が欲しかっただけよ。そいつである必要は特にはなかったわ」
カラカラと笑いながら、こちらの質問に素直に答えるヘル。
人間だと思って侮っているのか、それともすぐに殺してしまうつもりなのか。
いずれにしてもかなり油断しているようで、こちらにとっては好都合であった。
「駒を何に使うんだ? 目的もなく潜入なんてしないだろう?」
「決まってるでしょう? 戦を起こすためよ」
そう言うと、ヘルはどうせ最後だからと自分たちの計画について語り始めた。
ずいぶんと口が軽い……というよりは、語りたくてしょうがないといった様子である。
嗜虐癖でもあるのだろうか、俺たちの反応を見て楽しんでいるようだ。
「辺境で騒動を起こし、聖女を呼び寄せる。そしてのこのこやってきた聖女を葬り、大戦を始めるの」
「聖女を葬る……!?」
「そうよ。勇者と魔王の交わした休戦協定を破棄するには、それぐらいの派手な生贄が必要だわ」
「なら、君がここへ来たのは……」
「親書を握りつぶし、ついでに使者を始末するため。聖女を葬ったとしても、もし事件を話し合いで解決されたら困るからね」
なるほど、そういうことか……!!
聖女が殺害され、さらに親書が握りつぶされたとなれば開戦は決定的となるだろう。
なぜ人と魔族の戦争を望むのかはわからないが、非常に理にかなった行動である。
「ウェインが使者に選ばれたのも、我々の計画のうちよ。私が彼に同行できたのもそう。ま、あくまで自分の意志で私たちを連れてきたのだと思っているようだけど」
「な、なに!? どういうことだ!?」
動揺を隠しきれない様子のウェインさん。
その焦った顔を見ながら、ヘルは心底愉快そうに笑う。
「気づかなかったの? いくらあなたが女好きの馬鹿だからって、普通ならこんなとこまで取り巻きを連れてはこないわよ。私がそれとなく、あなたの精神を操っていたの」
「おのれ……! 聖騎士の私を愚弄するとは!!」
「その聖騎士の称号も、私たちのおかげなんだけどね」
「くっ……!?」
聖騎士の称号が、ウェインさんにとっては心の拠り所となっていたのだろう。
彼はいよいよ絶望に満ちた顔をすると、そのまま崩れ落ちるように膝をついた。
なんとなく聖騎士らしくないと思ってはいたが、そういう裏があったわけか……。
「ま、いずれにしてもあんたの役割は終わり。ここで死んでもらうわ。とんでもないのが一緒に来ることになったから、うまく行くか心配だったけど……。都合よく相討ちになってくれたしね」
姉さんとアルカを一瞥すると、まさしくこの世の春が来たとばかりに高笑いするヘル。
まったく、とんでもないことをしてくれたものだ……!!
姉さんはまだしばらく戦えないだろうし、ウェインさんも無理だ。
心が折れてしまっているようで、口を半開きにしたままどこか遠いところを見ている。
「さて、おしゃべりも済んだところでそろそろ終わりにしましょうか。早くあの方の元へ行かないと」
ヘルはにわかに魔力を高めると、掌の上に凝集させた。
たちまち猛烈な密度の黒い塊が形成され、紫電が四方に迸る。
これが当たったら、流石にただじゃすまないな……!
俺もすぐさま魔力を高めて応戦しようとするが――。
ここでいきなり、何かがヘルの胸を貫く。
「……はっ?」
それは黒い炎であった。
胸に大穴が開いてしまったヘルは、そのままゆっくりゆっくりと倒れていく。
……誰がやった?
俺が驚いて周囲を見渡すと、片膝をついて立つアルカの姿が目に入った。
どうやら、彼女がヘルを撃ったようだ。
「もう復活したのか……!」
「あんたたちがおしゃべりしてる間にね。最低限は回復できたわ」
「仲間を囮にして回復するとは、流石は魔族だな……」
「勘違いしないで。私はこんな奴の仲間じゃない、こいつらは魔族の裏切り者よ」
裏切者……?
魔族も一枚岩というわけではないのか。
俺が疑問に思っていると、アルカはふっと呼吸を整えて言う。
「簡単にだけど、私が知っていることを教えるわ」




