表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/148

第79話 僕の命を欲する者たちへと

 急報は夕暮れの方角から相次いでやってきた。


「奇襲です! 所属不明の騎兵集団が領境を突破! 位置は太賀丘陵の辺り!」

「騎兵集団は村々を焼きつつ北西へ! 数はおよそ三千! 凄まじい速さです!」

「エテラマキ領軍三千が領境に布陣! カリサルミ領軍五千もそれに追随しています!」


 早駆けてきた兵らはいずれも必死な有り様で、それは状況の悪さをそのままに物語っている。帷幕の内にそれらの報告を聞き、クラウス・ユリハルシラは低く唸り声を洩らした。


 ようやく戦場清掃を終えたところである。明日明後日にも両軍は弓張原より退き、後日王都において改めての停戦協定が結ばれ、講和会議が開かれる予定であった。内乱は終結し新秩序が生まれ、その頂きに新王が即位するはずであった。それで新しい時代が始まるはずだった。清新で豊かなる時代が。


「協定違反だ! ど、どうしてそんな……!」


 唐突に上ずった声を上げた男をクラウスは半眼で睨んだ。それと気付かず動揺を隠しもしない彼はアスリア王国四侯六伯の一人、マティアス・ヘルレヴィ伯爵である。会戦以前に多くを働き、会戦後も物資搬送にまつわる事務処理に能力を発揮していたところであるが、会戦の最中は飾り物の一種でしかなかった。クラウスはそれを非難するつもりはないが、しかし原理原則から外れたところでは何も期待できない男だと認識している。


「閣下、我が騎士団は即応できる状態にあります」


 もう一人、この場でクラウスと軍議を共にしていた男が発言した。初老に差し掛かってその身にまとう武士の気配は深まるばかり、騎士の騎士たる姿を体現している彼は剣角騎士団の団長である。


「うむ。用意して待て」

「は」


 幕を払って出て行った団長とすれ違いに、二人の男がクラウスの前へ姿を現した。険しい表情を浮かべたレオ・サルマント伯爵と、緊張からか表情もないヨウシア・ペテリウス伯爵である。前者は武装解除した南部将兵を監督していたはずで、後者は自軍の被害処理に当たっていたはずだ。歳も経験も異なる両者であるが、どちらも王国の前線を守護する領主なれば、不可視の武の迫力を発していてそれを隠すつもりもないらしい。クラウスは息を低く長く吐いた。


「どうするおつもりだろうか」


 サルマント伯の声には既に断固たるものが宿っていた。クラウスはしかし答えない。答える内容如何によっては今より弓張原が再びの戦場となる。ペテリウス伯を見た。困惑はないから、つまり確認するまでもないということだ。二人は領軍の戦闘態勢を整えてきている。


「……状況が不透明な内はここを動けん。卿らには自らの軍を厳に監督することをまずは願いたい」

「承服しかねます」


 クラウスは努めてゆっくりと言ったものだが、しかし即座の返答が切り返された。ペテリウス伯だ。クラウスはまじまじとその青年を見た。静かな佇まいの中で二つ瞳が冷え切った光を灯している。


「無辜の民が犠牲となっています。これは協定の条文以前の問題です。自国の非戦闘員を刃にかける者などアスリア王国のいかなる軍においてもあってはならないことだからです。つまりそれは匪賊です。アスリア王国のいかなる軍であれそれを滅ぼすことに躊躇いのない奴ばらです。即刻、駆除すべきです。放置する一瞬一瞬が被害を拡大させ、王国の秩序を乱しているのですから」


 抑揚もなく流れた言葉は冷え冷えとして過剰に激しい。それはその場にいる誰をもギョッとさせる何かを含んでいた。この若き伯爵は思慮深く慎重な性質と周囲に認知されていたはずだ。ところが今、その口からは理をもって全てを断ち斬るが如き苛烈が論じられたのである。そこにヨウシア・ペテリウスという人物の本質が垣間見えてはいないだろうか。クラウスは唸った。


「……ともかく、即応部隊は出すべきだろうと思う。三千騎を放置はできない」


 そう言ったサルマント伯の顔には先にはなかった苦さが見受けられた。渋面として表れたそれの意味を思い、クラウスもまた舌の上に苦さを覚えた。


 ペテリウス伯はまだ受け止めきれていなかったのではあるまいか。領内の村々が焼かれた無惨を、領都に一万将兵と父親を燃やされた残虐を、その胸の内で冷酷な復讐心と切り離せずにいるのではあるまいか。ペテリウス伯はまだ若い。三十歳にも満たない。いかに知性の衣でその心を包み整えようとも、燻る火熱の如きものは確かに在って、それが今冷たく燃焼しているに違いあるまい。


 無辜の民を護り戦うことを誇りとして受け継いだか、ヨウシア・ペテリウスよ。


 クラウスは僅かに目を伏せ、今は亡き男を思った。死地にあっても常のように飄々として戦ったのだろうか。そんな彼の息子は、かかる事態において危うい激発を見せている。理知の裏に潜んでいた冷酷非情に囚われている。それは悲惨な生き様だ。自他も敵味方もなく多くを傷つけるだろう。容認できるものではなかった。


「卿らの考えはわかった。即応部隊としては剣角騎士団を当てるつもりで用意している。しかしその出発には今少し時を要する。確認すべきことがあるからだ」

「南部の総意や否や、か……」

「その通りだ、サルマント伯。そこを間違うわけにはいかん。決してな」


 クラウスはむしろペテリウス伯に向けてそれを言った。黒髪黒目の貴公子は相変わらずの無表情で、誰よりも剣呑な気配を漂わせている。昂りもあるのだろうか。ペテリウス領軍とアハマニエミ領軍の戦いは侯爵自身による騎馬突撃を許した上、あわや重騎兵同士の激突になりかけたという。ウンタモ・アハマニエミ侯爵……齢八十にも近づく身で壮絶な戦ぶりである。


 名誉なる一騎打ちによってそれが回避されたことは僥倖だったとクラウスは思う。もとより禍根を残すこと必定のこの内乱であるが、やはり程度というものがあって、それは管理できる範囲内にあったほうが望ましい。敗者の落馬でもって決着したこともよかったし、勝者となった男の経歴にも価値があった。オイヴァ・オタラ……南部エテラマキ伯に仕える騎士を父に持ち、北部ペテリウス伯と親交があり、そして第三王女親衛団を本来の所属とする男である。


 さても、この場の治めようは重大な意味を持っている。クラウスはそれをわかっていたから、慎重にも慎重を期して言葉を発するのだ。


「既に使者は出した。わかるな? せめてその返答を待たねば軍を動かせんのだ」


 太賀丘陵といえばここ弓張原から遠い。ましてや相手は騎馬のみの集団だ。今から追討の部隊を出したとしていずこで接敵の叶うものだろうか。西境に駐屯する五千にしたところで、前面に八千が迫る状況とあっては動けまい。あと幾つの村が犠牲になるのか。クラウスの声には暗鬱たるものが混じった。


「……関係があったとして認めるものでしょうか」


 その発言には不穏に過ぎるものがあった。誰もがその若き伯爵を仰視せざるを得なかった。笑んだろうか、今、このヨウシア・ペテリウスという男は。笑みを口に乗せて意図するところは殺戮の衝動である。


 わかっている。彼は騎馬集団が南部の手勢であると推察した上で、それを理由に南部の全てを踏み躙ろうとしているのだ。罰を与えるように、誤りを排除するように、自らの欲するところのものを唯一の正義として権力を振るおうとしている。


「……ペテリウス伯、卿はわかっておらんようだから、教えておこう」


 クラウスは気構えも新たにしてペテリウス伯に向き合った。止めねばならない。鎮めねばならない。狂猛な衝動に駆られた先には破滅しか見えなかった。


「軍人であれば誰もが覚悟の潔癖をもって戦場に立つというわけではないし、徴用された兵士にそれを求めることは兵権の横暴というものだ。誰もが人間であり、殺されるのならば苦痛も絶望もある。殺す側は数字の減少によってそれらの行為を受け止めるばかりではいかん。ましてや、相手は同胞だぞ。我々は内乱における会戦に勝利して今ここにいる……まだ言葉が足らんかな?」


 そう前置いてから、クラウスは一度視線をサルマント伯へと転じた。頷きがあった。ヘルレヴィ伯はと見れば、青い顔をして小刻みに震えてはいるものの、やはり首を縦に振るのだ。どちらもクラウスの説明を聞きたいというわけではない。それほどに青い男たちではない。


 聞かせるべきだと意思を示しているのだ。まだ若く、大貴族の当主たる重責に鍛えられていない者へ、先達を代表して語るべきだと。承知を目で伝え、クラウスは続ける。


「事と次第によっては、我々は今から非武装の同胞を捕縛する。あるいは反抗されて殺めることもあるだろう。無理矢理に戦場へ立たされた民を、ただ職務に従っただけの軍人を、主義主張は違えども王権を尊び伝統を共にする貴族を……この後には同じ空を仰ぐべき者たちを相手にして、勝者の強引をもって処断しなければならんのだ。その意味がわかるか、ペテリウス伯ヨウシアよ」


 声を荒げることなどしない。クラウスはただ言葉を重ねていく。


「それは暴虐の始まりだ。畢竟、我々は南部にとって帝国兵と変わりのない存在となるだろう。王国は完全に分断され、それぞれにアスリア王国を名乗って二人の王が即位するだろう。まさかこの弓張原を制しただけで南部の全てを支配できるとは考えていまいな? アハマニエミ侯が会戦の直前に述べたことは真実だ。無理にも兵は用意される。我々は軍旗を掲げて南下、流血を踏みしめていくこととなる」


 クラウスは一つ息を吸い、それを吐いた。思いがけず長くなったその呼吸を終え、新しく胸に入れた空気を腹で絞り出し、言い尽くす。


「弛まぬ思考に踏み止まるべし。大陸東部が治まるも乱れるも我々の行動次第だ。乱れ治まらずに混迷を深めたならば、結局のところ、犠牲となるのは無辜の民をおいて他にないのだからな」


 返答はなく、また、別な意見が投じられることもなかった。誰もが多くに思いを馳せているようだった。人は飛べず、その目で大陸を眼下に見下ろすことなどできはしない。地図とて正確無比であるはずもなく、しかも世界は一時として静止などしていない。それでも世界を広く想像し、社会を大きく営んでいくからこその人間である。クラウスはそう信じるし、政治に携わる者の気概として四侯六伯に共通するところの視野であると信じたかった。


 静寂を破ったのは四人の内の誰でもなかった。


 それは管弦の美鳴か、それともやはり許可を求める声であったか。幕を払い、一人の軍人が颯爽として四人の前へと現れたのである。赤色の鮮やかな戦外套に包まれて軽甲冑は染め革飾り。そこへ控えめながらも細緻に描かれているのは山河を下方に天駆ける龍だ。小脇にした兜には羽飾りが揺れている。


 黒髪の流れて、双眸には青く入り紫に奥まる光彩が煌めく。口元に浮かぶ微かな笑みにはどこか妖しさを伴う。十八歳となってより美麗さの深まった容貌は、もはやそれだけで一つの才であり力のようにも見えるが、しかし彼の真価からすれば末端の飾りであり目眩ましであるとクラウスは知る。


「お待たせしたようです。只今戻りました」


 マルコ・ハハト。


 龍将軍という肩書きを持つ最新の英雄は、まるで一侯三伯の意志が整うのを待っていたかのようにして帷幕の内へと姿を見せたのである。クラウスはそれを偶然とは思わなかった。あるいは逆に、意志が整って初めて招来できる者なのかもしれないとすら感じていた。


「アハマニエミ侯との会見が叶いました。多くを確認できたように思います」

「おお、使者とは龍将軍であったか!」


 迎え入れるサルマント伯の顔には早くも喜色があった。彼のマルコへと寄せる信頼にはどこか勢いがあって、今も肩を叩こうと歩み寄るも絶妙に間合いを外されている。武の無駄遣いともとれる攻防によりいつの間にやら両者の間に立つこととなったのはペテリウス伯だ。悪い夢から覚めたものか、妙に無防備な戸惑いを見せている彼の正面に立ち、マルコは声をかけたものである。


「アハマニエミ侯より言伝を預かっています。軍略見事、ペテリウス伯爵が強く在ることは王国の幸いである。なお精進し壮健なるべし」


 低い口調も不機嫌そうな顔も連想されて、クラウスは小さく笑ってしまった。流石はウンタモ・アハマニエミ、南の怪老と呼ばれる大貴族はやはり相応の度量をもって責務を果たしている。言葉を伝えられたペテリウス伯も神妙な思いを胸に抱いたようだ。理知の光が黒瞳に戻り、唇を強く引き結んでいる。


「そ、それで、どうだったのだ? 南は……協定は?」


 落ちつかなげにヘルレヴィ伯が促したなら、マルコは話し出した。


「盟主アハマニエミ侯は誓って関知しないものと断言しました。却って北部の関与を問い質されましたよ。自ら村を焼いて更なる混乱を招こうとしているのではないか、と」

「百害あって一利とてない話だ。どうして我が領民を犠牲にしなければならん」

「その通りです。アハマニエミ侯もそれはわかっていたと思いますが、それでも言わなければならなかったのでしょう。南部は盟主の下での結束を捨てようとしています」


 さらりと言われた内容の、その重大性にクラウスは息を呑んだ。言ったマルコは微々たる動揺もなく話し続ける。聞き続けるしかなかった。


「会見の場には他にパルヴィラ伯が同席していましたが、僕が訪ねた以前も以後も、カリサルミ伯とエテラマキ伯がそこへ足を運んだ様子はありませんでした。そのパルヴィラ伯にしても思うところがあるようです。帷幕を辞した後、背中にアハマニエミ侯の怒声を聞きました。どうやらパルヴィラ伯は僕を捕殺してしまいたかったようですね」


 馬鹿な、とは誰が叫んだものだったか。あるいは聞く全員の喉から弾けて出たか。クラウスは口元を手で覆い、そのまま喉へと手を伝わらせた。呼吸は重苦しいものと成り果てている。


「全く、馬鹿な話ですね。本当に」


 息が弾み漏れるようにして空気が振動していた。笑い声だ、それは。マルコが堪え切れないとばかりに笑っているのだ。失礼、と小さく咳をしたものだが、しかし口元に浮かぶその形はやはり笑んでいる。上弦に弓を張ったかのような弧を描いて、恐ろしくも艶やかな笑みの形を表している。


「しかし南部では実のところ主流の思想のようですね。とにかくも僕を殺せばいい。僕を殺しさえすればどうとでもなる。そう考えればこその三千騎ですよ。それが西に出現したことで僕は確信するに至りました。南部三伯……もう少し現実的な行動に出ると思っていたのですが、中々に冒険心に富んでいて、幻想を貫く信条を持っているようです。教会の教えとはそういうものでしたね、そういえば」


 嬉しいのだろうか。クラウスは冷える心胆を他人事のようにして、美しくも恐るべきマルコという人物を見つめていた。強がりではなく、怒りの裏返しでもなく、純粋に喜んでいるようにしか見えない。己の命を狙われることのどこに望ましいところがあるというのだろうか。


 どういうことか説明してほしい、そう発言したのはペテリウス伯だった。クラウスはそこに若さと成長を見た。先ほどとは打って変わって、青褪めた顔の中で瞳が理性の光を宿している。怯えを抑えつけているのだろうとクラウスは察した。そしてそれは正しい在り様であろうと思った。軍事力が全能感に結びつくことは危険でしかないと考えるからだ。


「三千騎は南部三伯の意を受けたもので、主としてはエテラマキ伯に関係しているのでしょう。領境のエテラマキ領軍は明らかに三千騎と連動しているからです。西のユリハルシラ領軍五千は下げないと包囲されますよ。三千騎が北西に回り込んだなら退路を失います」


 そんなことをして何になるのか、と問うたのはサルマント伯だ。当然の疑問だった。ここ弓張原における会戦が北部の勝利となった今、北部の軍事的優位は決定的である。それは仮に西の五千が壊滅したとしても変わるものではない。クラウスがペテリウス伯へ説いた通りである。内乱が混迷を深めるばかりで、南北どちらにとっても何ら得るものなどありはしないと思われた。


「事前協定が破られ、停戦協定が破棄され、内乱は無秩序化して戦火が拡大します。そうすることなしに僕を殺すことなどできないからです。協定に縛られ整然と準備された会戦では、騎兵を駆る僕を討つことなど不可能です。エテラマキ領軍はそれでも機会を狙っていたようですが、途中からは軍を温存することにしましたね。後日のことを考えたのでしょう。あちらこちらに死地が生まれるだろう後日のことを。龍将軍たる僕は後方に待機することなどありえませんからね」


 狙われるとすれば殿下ではないのか、と意見したのはヘルレヴィ伯だった。それについてはクラウスでも答えられたが、何も言わず、マルコが説明することに任せた。会戦以前まではクラウスが北部の盟主として振る舞っていた。しかし今後はいよいよマルコが前面に出るのだという予感があった。


「パウリーナ王女殿下は遠く閣下の領内にて護られています。またユリハルシラ領内は尚武の土地ですから、村はともかく町には防衛能力が備わり、騎兵のみ三千では縦断することなど叶いません。弓張原以西から侵入した時点で三千騎のやれることなど高が知れているのです。それこそ会戦の決着を掻き乱して事態を混乱させることしかできません」


 くすり、と再びの笑いがマルコの口より漏れた。ヘルレヴィ伯は顔を赤らめているが、それは怒気でも羞恥でもなく、気合いの表れらしかった。鼻息は荒いものの目が少々涙ぐんでいる。それでも確認せずにはいられなかった辺りに、クラウスはヘルレヴィ伯の責任感を見た。彼は領内にてパウリーナを一度危険に晒している。二度目があれば死を選ぶだけの覚悟があるのだろう。


「私にも一つだけ聞かせてくれ、ハハト将軍」


 そして最後にクラウスが乞う。マルコと呼ばず、かつても今も恐るべき男に呼びかけるようにして、その見解を求める。得られる回答は予測できるが、周囲に聞かせるそのために、マルコの言葉を起こすのだ。


「西の境に我が領軍五千を配したのも、北の王都付近に第三王女親衛団を配したのも、全て将軍の意見によるものだ。南部が五万を用意してくることは予測されていた。それでも敢えて八千の精鋭を参加させなかった理由……主戦場たる弓張原に兵数不足を生じさせてもそれを行った理由は、今の確信を得るためだったのだな?」


 交わした視線で既に肯定の意思は伝わってきていた。クラウスは頷いてみせた。マルコは答える。会戦以降の戦いの何たるかを一侯三伯に理解させるべく、言葉を紡ぐのだ。


「南部に見え隠れする教会の思惑を試したのです。僕は三つを予想しました。会戦後に新たな秩序が生まれるのならば、教会はその影響力の減少を一旦は受け入れ、その後にまた時間をかけて浸透してくるものと見ます。政治闘争の始まりです。恐らくは帝国も動かしてくるでしょうね。まずはそれが一つ」


 まさにクラウスが予想していた未来図だ。それが同時に平和で豊潤な時代であると思い描くことには、どこかに現実的ではない希望や期待が混じっていたようにクラウスは思う。そう自覚してなお望ましい未来に思えたのだ。マルコの言葉は続く。


「二つに、アハマニエミ領から王都へ急襲部隊を派遣してくることを予想しました。どんなに監視監督したところで国軍の中には教会の影響力が依然として働いています。中立のマルヤランタ侯とロンカイネン侯にしたところで精兵を有しているわけではありません。会戦中に行ったなら十分に勝算があったでしょうね。そして強引にもクリスティアン王孫殿下を即位させ、国軍に号令し、賊軍たる我々を排除するわけです。教会が王権に固執していたならばこれを実行するだろうと見ました。それを阻むための第三王女親衛団の配置です」


 アクセリならやり遂げたでしょうね、と微笑みながら言う。クラウスも知る男の名だった。口ぶりからしてこの二つ目が起こる可能性が高いと見ていた風のマルコである。親衛団とその団長への信頼が覗われた。


「三つ目については、もう説明は要りませんね?」


 悠然として王国大貴族の四人を見回し、マルコはその微笑みのままに告げた。


「混乱の中心たる弓張原には居座りますよ。無傷のエテラマキ領軍および圭丸騎士団に警戒してください。夜襲もありうるところです。西へ剣角騎士団を出すことは良い手だと思います。ただし相手は騎兵のみの三千ですから届きません。即応には僕が出ます」


 止める暇もあればこそ、既に帷幕から半身を外へと出して、その凄まじき英雄は言ったものである。


「挨拶をしてきますよ。旗を掲げるのならば旗をもって、掲げぬのならば槍をもって」


 火撃の騎兵団および剣角騎士団は出発した。


 彼らの消えた地平は暮れなずむ赤色に染まり、既にして新たな戦いの血と熱とに滾っているかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ