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第31話 揃ふれば生き、揃はねば

 その男の狂猛さは誰の目にも明らかだった。


 赤い外套を着崩しているが、その筋肉の盛り上がりといい、裏地の黒に際立つ猛々しい四肢といい、敵対する者の命を奪う気配が濃厚に満ちている。腰に佩く反身の剣には柄頭に赤い糸飾りが揺れていて、剣呑な雰囲気のせいかそれが返り血か何かのように見える。金環を巻いた首の上には野性味のある男らしい顔が乗っている。


 そこまではいい。そこまでならばオイヴァも「物騒だな」と思いつつも頼もしい味方として見ただろう。かつては敵対したが、それが却って腕前への信頼になる。馬賊の頭領、クスター。間違いなく強者なのだ。


「……クスター、もういい加減にして、結いなさい。いつまで櫛を使うのですか」

「あとちょっと、あとちょっとですんで、動いちゃあ駄目ですぜ。へへへ」


 それがどうして、満面の笑みで髪結いなどをしているのだろうか。オイヴァは観察しつつも分からない。豪快を地で行くだろうその手腕が、くるくるちまちまと器用に櫛で梳き、小刀を当て、黒髪を丁重に丁重に整えている。されるがままに座っているのはマルコだ。不承面である。


「クスター、今、耳環がどうのとか呟きましたね? やりませんよ。僕はそういうものはつけません。首輪だっていりません。どうしてそう余計なことばかり考えるのですか」

「そりゃ勿体ねえ話ですぜ、マルコ様。折角こんな黒髪になったんだ。金色で飾って、赤を纏いやしょう、そうしやしょう」

「まだそのお揃い癖が直っていないのですか、クスター!」

「お約束通り、真似はいたしやせん」

「だからって、僕をそっちに合わそうとして……!」


 なんだろう、この風景は。オイヴァはとりあえず抱えていた剣を脇へと置いた。一応の警戒をしていたのだ。マルコに限ってそれはないと思いつつも、油断していて咽笛を掻っ切られたなどという事態はあってはならない。万が一でもだ。しかし、こういうものを見ることになるとは予想もしていなかった。


 息を吐きつつ、周囲を見渡した。途端に顔を逸らす者が何人もいる。親衛団の団員たちだ。そちらへ頷いてやるオイヴァである。見物してしまう気持ちは大いに理解できるからだ。あるいはクスターを団に馴染ませるためには効果的かもしれない……オイヴァはそう思い至り、なるほどなと頷いた。


 ここは既に前線……行禍原に幾つも建設された砦の内の1つだ。出撃予定日まではまだ少しあるが、それはこちらの都合であって、あちらの都合によってはすぐにも駆け出すことになる。オイヴァは得心した。マルコはやれることは全てやるつもりのようだ、と。


 クスターら馬賊千五百騎が第3王女親衛団と合流したのはつい先日の話である。オイヴァらが前線砦に到着して間もなくのことだった。それは2つの事実をもって前線将兵に驚きをもたらした。


 1つに、彼らが極めて精兵であったことだ。千五百騎全てが軽騎兵として練達の威風を漂わせていた。馬も人も所作の1つ1つが鋭さとしなやかさとを備えていて、しかも僅かの乱れもなく統率されている。表立っては傭兵団としての参陣であったため、他部隊から契約内容の問い合わせが幾つも来たほどだ。どこでも精強な騎兵は望まれている。


 1つに、彼らが砦の北からやって来たことだ。王国領から前線砦へと至る道は大きく3つある。王都から北へ向かい、ヘルレヴィ伯爵領を経てサルマント伯爵領を通る東からの陸路。王都から西へ渡河し、ユリハルシラ侯爵領を経てペテリウス伯爵領を通る南からの陸路。そして王都から東龍河を北上して支流を西進する水路である。北から来る道など知られていない。クスターは「北部辺境からまかり越した」と述べていたが。


 オイヴァはマルコから全てを聞いていた。彼らは“闇塩”の道を通ってやってきたのだ。


 馬賊とは何を目的にどのように動いていたのか。マルコが簡潔に説明したところによれば、それは「前線戦力充実の妨害」であったらしい。闇塩をもって王国の塩価格に介入し、軍費に当てるための国庫収入を減少させる。その一方で、ヘルレヴィ領の補給線を荒らして軍事物資の流れを停滞させる。それらの結果として開戦時期が2年は延びたのではないかとマルコは語っていた。


 これにはオイヴァだけでなく誓いを立てた面々全てが驚き、しかし納得したものだ。ヘルレヴィ領での馬賊の活動が利益度外視のものであったことは知れている。危険を冒してでも軍事物資を狙っていたからだ。そしてそれを逆手にとってこその馬賊討伐であった。


 闇塩と掠奪。その2つを手段として莫大な利益を上げたであろう活動の目的は、財物自体ではない。財を得るだけが目的なら闇塩だけ流せば事足りる。馬賊である必要すらないのだ。


 では、どうして開戦時期を遅らせたかったのか。それをマルコは語っていない。賊はともかく闇塩売買の活動として戦乱期はむしろ不都合だということもあるだろうが……オイヴァの勘働きがその答えを納得させない。


 クスターらの騎兵としての錬度が不可思議だからだ。彼らの強さは暴れたいから暴れたなどという領域にはない。元はサロモン軍の騎兵が母体となっているのかもしれない。しかしその力を長く維持し続けてきたのは何故だろうか。その理由をオイヴァは大胆に予想したものだ。


 マルコではないか?


 マルコを待っていたのではないか? 


 理屈の通らない話だが、馬賊たちのマルコへの忠誠がオイヴァにそう思わせる。誓いの仲間たちはマルコが馬賊へ行った説得を、あの一種異様な風景を、彼らの忠誠の起源として見ているようだ。しかしオイヴァはそれ以前の不思議を知る。


 クスターだ。マルコがクスターの両肩を射抜いた時……正確には射ようとして狙った時、既に1つの不思議があったのだ。至近にいたオイヴァの目には、クスターが金縛りにでもあったように無防備であったことが見て取れた。視線だ。マルコが時としてその碧眼から放つ鬼気……それは誰にとっても効果的というものでもないようだが……それがクスターを打ち据えたのだ。オイヴァはそう感じた。


 ベルトランの時もそうだった。その時もオイヴァは不思議な威圧を見たように思う。そして悪党の頭目が異様なほどの忠誠を誓った。それは狂信的と言っても過言ではないほどで、オイヴァには同様の雰囲気がクスターを初めとした馬賊たちからも感じられるのだ。


 実際、よくも取り調べなしに砦へ入れたものだとオイヴァは思う。何しろ彼らは馬賊である。ヘルレヴィ領以外では賊としての活動をしていなかったそうだが、それでも身にまとう殺伐さというものがある。統制された軍のそれとも、職業じみた傭兵のそれとも違う武威だ。猛々しさの中に身を投げうつような狂気が混じる。


(特にあいつらだよな……まあ、クスターは筆頭だけどもよ)


 オイヴァが見やった先には、馬賊の一団の中でも別格の扱いを受ける者たちがいる。首に巻いた赤布が目印だ。1人1人が武人としてオイヴァを身構えさせるほどの力量を感じさせ、なおかつ、1人1人が何某かの殉教者のような静けさをもって佇んでいる。それが九十九人。クスターと併せて百人。マルコと共に里へ向かった元捕虜たちだ。


 彼らはマルコとの3年間を経て、今再びオイヴァの前に現れたのである。一度は刃を交えた相手だが、オイヴァは今の彼らと同じことを行いたいとは思わない。まっぴら御免という心境だった。


(あいつら、どいつもこいつも“狂刃”だな。持ち手も刃で出来ているような、狂った刃物だよ。ああ、おっかねえおっかねえ)


 そんな彼らと親衛団とを馴染ませることは容易ではない。現実的なところで軍編成は特殊なものとなっている。編成者はマルコだから、誰も文句の1つもないが。


 アクセリが率いるのは元領軍騎兵隊の面々で、それを重騎兵として五百騎だ。甲冑と長柄、そして馬上弓と装備が充実している。これは歩兵との連携を主として動く予定だ。全軍の中心になるべき五百騎である。


 ヤルッコが率いるのは元領軍歩兵隊の面々で、それを槍歩兵として五百卒だ。こちらも重装歩兵といった風の装備で、肩掛け盾と長槍をもって鉄壁の横列陣を敷く訓練を重ねてきた。オイヴァの見たところ、この五百人を騎兵が突破するのは至難であろうと思われる。


 そんなオイヴァが率いるのは元ハッキネン護衛団の面々で、何と言うか“何でも屋”といった風の五百人である。多目的部隊とでも言ったものか、弓も持てば工具も背負うといった有り様で、個人個人も曲者揃いだが部隊としての特技も穴掘りという始末だ。元は傭兵上がりばかりだから、個人戦に強い者が多いことも特徴だ。


 そして、クスター率いる馬賊が、軽騎兵として千五百騎だ。マルコはここに入る。いや、入るどころではないとオイヴァは思い直した。全体としてはクスターの指揮だが、マルコはその中でも九十九騎を直率として百騎を形成している。例の赤布の九十九騎だ。その戦力は百騎にして味方をもゾッとさせる何かがある。オイヴァは戦場での百騎を思い「おっかねえおっかねえ」と呟いた。


「何を怖がっているのかな、オイヴァ」


 気軽な調子で声を掛けてきたのはアクセリだ。肩書としてはこの親衛団の団長を務める男である。


「ん? 赤い連中」

「ああ、あれか。あれは凄いものだな。人の形をしていることがいっそ不思議な連中だ」

「妙な言い方だなあ。ならよ、どんな形をしてたら合点がいくんだ?」

「武器だよ。それが剣なのか槍なのか、どんな形のものなのかは想像もつかないが……ともかく物騒極まりない1つの何かだ。死兵の先をいく兵隊だな。敵に回すことは悪夢だろう」


 そう評するアクセリの目にはいつもの世を楽しむような色がない。鋭利だ。研ぎ澄まされた刃が見るものに緊張を強いるように、赤布の者たちには人を身構えさせる何かがある。他の馬賊はまだしも団と馴染むことが出来るとして、彼ら九十九人には不可能だろうと思うオイヴァである。


「……と言って、俺が率いることのできる連中とも思えんからな。マルコに任せるしかなかろう」

「おう、そりゃ違いねえ違いねえ」


 アクセリの見立ても同様のようで、匙を投げるや興味津々といった風にマルコを眺めはじめた。色々な意味で団の注目を集めているところの13歳の少年は、ようやく髪を整え終わろうとしている。戦いを前に髪を後ろに結ったのだ。結い紐が紅と金、二色の組紐であるところにクスターの意地を見るオイヴァだ。


「どうしました? 輜重隊の編成は終わりましたか?」


 マルコが髪に触れながら歩いてきた。まだ甲冑を着ていない軽装は、少年の俊敏な肉体をフワリと包んでいる。腰に佩く業物の剣……ヘルレヴィ伯爵より拝領した一振りの装飾も相まって、何ともいえない風雅があった。オイヴァの耳に周囲の感嘆の声が漏れ聞こえてくる。


「問題なく全て整いました。いやはや、物資にしろ人員にしろ余剰を隠す方にばかり手間取りましたよ」


 そんな周囲を気にもせず、ニヤリと答えるアクセリだ。マルコ第一の臣を身内に誇るこの男は、何事につけ仕事に卒がない。ちなみにオイヴァとしてはベルトランがマルコと真っ先に主従の誓いを立てたように思われるのだが、アクセリに確認したところ、信者は臣ではないから数えないという解釈であった。


「ユリハルシラ侯のご好意です。そちらを優先しましたね?」

「無論です。手札は隠しておくに限りますし、何より無料進呈というのは気持ちがいいですからな」

「まぁ、タダというのも案外怖いものなのですが……今回は謝罪の意味もあるでしょうからね。受け取ることが彼を慰めます」

「また美文をお作りになってはいかがです?」

「そうですね。ささやかながらお支払いの代わりとして差し上げましょうか」


 クスクスと笑い合う二人を、オイヴァは少々呆れた気分で見るのだった。先のアクセリの言葉ではないが、敵に回したくないとはこういう人間のことだと思う。大きく嘆息する。


 ユリハルシラ侯爵家より親衛団に対して大量の軍事物資が届けられたのだ。それを運ぶ牛馬や労働者も合わせてるとかなりの金額に及ぶと思われる。しかもそれとは別に軍資金も出ているのだから大盤振る舞いだ。それらなしにも充分に戦う準備を整えていた親衛団にとって、正に嬉しい悲鳴だった。


 そう、親衛団はこの日この時のために万端の準備をしてきている。突発的であり、無理難題と言って差し支えない日程であったが、オイヴァらにしてみれば予想の範囲内だったのだ。


 今回の親衛団の前線派遣は王命によるものである。基本的には第3王女以外からの命令を聞く謂れのない親衛団であるが、今回の件は砦の下賜と絡んでの命令のため受理せざるを得ない。「勇を活かす」こととやらを実践しなければ条件不充分となってしまうのだ。


 しかし、マルコはその命令が発せられるよう策を実施していた。内容は細かく多岐に及ぶが、基本路線は第1王女への挑発行為である。親衛団とはそもそもが目障りな存在なのだ。発足直後の王女一行の護衛からしてそうだ。あれは早々と挑発的に駆け回ったものである。


 陸水面の砦へ駐屯した後も、マルコは何かにつけ元気さや懸命さを宣伝してきた。己の得た美しい名声を利用しつつ、チトガ大町との交流を密にして噂を作ったものである。親衛団はパウリーナ王女を唯一無二の真の王族として賛美し奉り、身を捧ぐ献身と奉公の機会を熱望している……ということになっているのだからオイヴァは笑うしかない。どちらかというとあの王女は麺職人だと聞くからだ。


 今回の件には王都のダニエルは余り関わっていない。彼はまた別の策の実行者として前線での一戦を経験している。ユリハルシラ侯爵家傘下の騎士団を出陣させることには複数の目的があり、中でも最大の狙いは南からの補給線の強化だ。国軍が動くよりも騎士団が動く方が物流が活性化され、警戒も厳しくなる。何と言っても侯爵家の名誉に関わる軍だ。騎士たちも誇り高い。それが侯爵家の嫡子の初陣ともなれば街道に水を打って花を撒くほどの整いが期待できた。しかも短期間の内にである。


 ヘルレヴィ領を経由する東からの補給線は万全に近い。ハッキネン護衛団としての活動はこれを見越してのものだったかとオイヴァは魂消たものである。ラウリによる物流の監視と管理も徹底していて、余りに帳面通りに全てを達成させるものだからヘルレヴィ伯より感謝状が出た。伯爵はこのところ感動屋になったとも噂されるから、「領政の役人として引き抜かれないでくださいね」というマルコの言葉は大げさではないとオイヴァは思う。


 水路については、本来であれば大問題が生じただろうと予測される。船の管理が俄かに煩雑になり、航行手続きにしても厳しい審査が行われるようになったからだ。これは手懐けたマルヤランタ領の役人ではなく王都から派遣された中央の役人が行うため、何かにつけ蔑ろにされる親衛団としては苦しい選択が迫られたはずだ。しかも凶暴な川賊が出没する始末である。


 しかし、川賊の頭領が身内となると却って楽なものだった。


 ベルトラン率いる川賊は大いに暴れ回り、奪った物資はその殆どがヘルレヴィ領へ密輸されることとなった。経路は変わるも物資は届き、その代金ばかりがベルトランの手元に残ることになった。こうなれば話は簡単だ。奪った物資の中から親衛団分を拝借し、密輸の利益は軍資金に当てる。ラウリの管理する隠し財産を使うことなく、親衛団は着々と準備を進められたのだ。千五百人の輸送などは鼻歌混じりのお気楽さで行われた。誰が密航で行き誰が正規の船で行くか、籤で決めればそれで終わりだ。


「実はこんな酒まで、私宛に混じっていましてね」

「高級品ですね。陣中見舞いといったところでしょう」

「こんな物もあります。上物の戦外套ですが、何とマルコ宛です」

「……ちょっとあの老人の健康状態が心配になってきますね」


 じゃれついているようにしか見えない2人を見て、再びの溜息を吐くオイヴァである。困難な状況でも困るが、こうも余裕があるというのも緊張感が緩んでしまっていただけない。


「さっきからどうしたのです、オイヴァ。疲れている様子ですが」

「ふぅむ……残念ながらオイヴァ宛には何もなかったですなぁ」


 そんなことを言ってくるから、オイヴァとしては三度目の溜息をば盛大に吐いてやるしかなかった。敵に回せばこの上なく恐ろしいだろうが、味方であってもそれなりに問題があるように思えるのだ。それを素直に言葉にして返した。


「ったく、頼り甲斐があり過ぎるってのも、溜息が出るもんだなあ」


 黒髪を結った碧眼の若武者が、答えて曰く。


「ならば僕も溜息を吐きましょう。頼りにしていますよ、2人とも」


 その言葉は微笑と共に、耳をくすぐってから秋風の中へと滲んでいった。

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