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【30】異端?



 そこにいたのは、意外な人物だった。


「……ハロ、ルド?」


 驚いて名を呼んでしまった。

 けれど彼はベルタの声には答えず、ベルタに視線を向けもしなかった。


 ハロルドは礼拝堂の内部に踏み入るなりベルタの肩を掴んで引き寄せた。


 ただ、それすらも彼がこの場で「誰」の味方なのかという事実を示すためだけの、淡々とした動作に過ぎないようだった。


 ハロルドの肩越しに、ベルタは礼拝堂の控えの間に、血痕の鮮やかな赤い色を見た。


「……っ、――パ、」


 息を呑む。彼女の女官、パオラがぐったりと壁に寄りかかって蹲っているのが見えた。ベルタだってなんだかんだ、はっきりと身の危険に遭遇するような荒事に慣れているわけもない。


 頭が真っ白になりかけた彼女に、ハロルドは小声で簡潔に耳打ちする。


「君の女官は無事だ。息はある」


 彼はそう言いながらもずっと、礼拝堂の内部の僧侶を鋭い視線で見据えている。周囲にいる武装した彼の護衛たちもまた、ハロルドの命令だけを待って身構えていた。


「シエナの修道士どもを捕らえよ!」


「――はっ!」


「動くな!」

「歯向かえば即刻切り捨てる!」



 彼の護衛たち――中にはベルタの見知った顔もあったが、平時の王宮に常駐するにしては、あまりにも数が多すぎるその動員に圧倒されているうちに、ベルタは状況をよく理解するよりも早くにハロルドに足を動かされてその場から連れ出された。


 礼拝堂から外に出れば、そこには更に、建物ごと囲うように武装した兵士たちの姿がひしめいている。


 大捕り物の怒号が騒音となって響き渡るその場の中、ハロルドはひどく苦々しい表情を隠しもしなかった。


「……ハロルド?」


「――すまない。数日の間、王宮が荒れる」


 ハロルドはそれだけ言って、護衛たちに預けるようにベルタの肩を押した。


「君とルイには危害が及ばないよう取り計らう」


「いえ、そういうことではなくて、」


 この状況下、ベルタと悠長に話し合っているような暇は、彼にはないようだった。


「しばらくは自室ではなく、俺の部屋に隠れていてくれ」


 ハロルドはそれだけ言って、ベルタを信頼できる護衛に預けると、さっさと踵を返していってしまった。










 ――仮にも王妃であるベルタが、自分の私室で安穏と日常生活を送っていては、万が一のことがあると思われるほどの異常事態である。


 ベルタは結局そのまま、ルイと共に国王の居室に匿われて数日を過ごすこととなった。

 確かにそこは、この王宮で最も安全な場所には違いなかった。


 少なくとも今の状況下でおいそれと外に出ないほうがいいことだけは明らかで、ベルタにできることは、大人しく閉じこもっておくことくらいだった。


 奇しくも、王都はちょうど秋が終わり、冬に差し掛かろうとしている季節だった。




 ルイだけは、一日中ベルタが一緒にいることをぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。


 普段はあまり来ないハロルドの自室への滞在も、彼にとってはちょっとした冒険のようだ。

 ルイがあちこち走り回って遊ぶものだから、ベルタたちは大慌てで危険な調度品を回収して片付けさせた。


「すっかり子供部屋に様変わりしてしまいましたわね」


「陛下もお戻りになられたらきっと驚くことでしょう」


 努めて普段通りの生活を守ろうとする侍女たちの気丈さに感謝しながら、ベルタは断片的な情報だけを時折耳にしながら過ごした。


 とはいえハロルドはそれから数日間、一度も戻ってはこなかった。









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