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季節の花々

 コーヒーの効能により、翌日の目覚めは遅かったが、それでも快眠を得られた俺は、目を覚ますと同時にイヴに尋ねる。


「コーヒーは行商人から仕入れたものらしいが、その行商人はまだいるか?」


「そんなにお気に召しましたか。よろしければ捕まえて手持ちのコーヒー豆をすべて献上させましょうか」


「おいおい、魔族じみているな」


「わたくしは魔族にございます」


「そうだった。でも、優しい魔族だろ、イヴは」


「御主人様に対してはそうありたいと思っていますわ」


「行商人にもそうあってくれ」


「かしこまりました」


 と頭を下げるが、これはイヴ流のジョークだろう。

 彼女は俺の評判が下がるような真似は絶対にしない。


「献上はさせないが、もう少し仕入れたいかな」


「いかほど?」


「1トンほど」


「まあ、眠らずに24時間お仕事されるおつもりですか」


「まさか、俺はシャチクではないからな」


 シャチクとは、異世界にいる伝説上の生き物だ。

 カイシャなる組織に属し、24時間その組織に尽くすマゾヒストのことらしい。


 彼らは死を恐れず、常に低賃金で働き続け、主君に忠誠を捧げるというが、そのような戦士はどこの世界でも見たことはない。


 古代の奴隷とてそんな扱いをすれば反乱を起こす。

 シャチクなどきっとデマであろう。そう結論づけるしかない。


「コーヒー豆は、この街で売るんだよ。結構、需要があると思うんだ」


「たしかに。市場に流通しているものは、紅茶や緑茶、ハーブティーばかりです」


「うん、コーヒーが流通すればコーヒーハウスができるかもしれないしな」


 あまり知られていないが、イギリスなどは紅茶が流通するまではコーヒーハウスが主流であった。


 そこで多くの文豪、画家などが議論を交わし、文化の発展に寄与してきたのだ。

 このアシュタロトの街は、ハイブリッド都市を目指している。


 工業都市でもあり、商業都市でもあり、農業都市でもある。


 今のところそのどれらも一定の成果を上げているが、文化都市を標榜できるほどには成熟していない。


 この都市を異世界のローマ、コンスタンティノープル、ロンドン、パリ、長安、江戸のようにするには、文化の発達が欠かせないのだ。


 そう思った俺は善は急げ、とイヴに指示をし、コーヒー豆を売っていた商人を探す。


 しかし残念ながら、その商人はすでに街にはおらず、出立したあとであった。

 彼は行商人なのだ。

 その報告を聞き、悔しがると諜報部隊の長がやってくる。

 風魔の小太郎は、先ほどまで街にいた行商人を追跡する、と明言する。

「よろしく頼む」と言うと、彼は配下を放ち、続々と情報を持ってくる。



 この街に滞在していた商人は黒髪だった。

 なかなかに度量の深そうな人物だった。

 語尾が特徴的だった。


 

 そんな情報を得る。

 その報告を聞いた俺はイヴのほうを見る。

 彼女はおもむろにうなずく。


「はい、たしかにそのような御仁でした。顔は隠しておりましたが、長髪で黒髪。語尾が特徴的でしたね」


「特徴的、というと?」


「甲高い声で、語尾が、『ぜよ』でした」


「ぜよ? 変わっているな」


 と同意する。


「……しかし、ぜよは気になるな」


 俺は異世界の日本という国をよく研究していた。


 日本という国には、幕末という時代区分があり、その時代に活躍した土佐という小国の人々がそのような言葉を使っていたことを思い出した。


「しかし、まさかな……」


 自重する。

 毎回、都合良く英雄クラスの人物に会えるものではない。


 もしも俺の幸運のパラメーターを可視化できればそれなりに高い自信があるが、その幸運は連日の戦闘と出会いで使い果たしたはずだ。


 これからは運頼りの戦略はとりたくなかった。

 そう思った俺は引き続き、風魔の小太郎に捜索を命じる。

 その後、彼から重要な情報がもたらされる。


 イヴにコーヒー豆を売った商人は、アシュタロトの街から北へ行った場所にいるらしい。


「北というとどの辺だ?」


「旧サブナク城」


 と小太郎は無表情に報告する。


「あの城は破却し、今は誰も住んでいないはずだが」


「そうらしいな」


「なぜ、そのような場所に商人が?」


「さてね、我は商人ではないから分からぬ」


 と小太郎は断言すると、そのまま消え去った。

 すべての情報を提供した今、自分は不要と言わんばかりであった。

 冷徹怜悧にして合理主義者の忍びらしい男である。

 いや? 女か。

 今の風魔小太郎はメイド服を着ており、性別が不詳である。

 まったく、英雄というやつはよく分からない。

 そう思った俺は、旧サブナク城に向かうことにした。


 例のごとく、その旨を伝達すると、俺と一緒に行きたいという指揮官級の武将があとを絶たなかった。


 その光景を見たイヴは、口元に指を添え、くすくすと笑った。


「本当に御主人様は人望がありますね」


 と状況を表する。


「ありがたいことだが、毎回、人選に苦労する」


「今回も御前試合で決着を着けますか?」


「まさか、毎回、開くわけにもいかない。今回はある程度俺が選ぶよ。取りあえずジャンヌは確定かな」


「聖女様がお好きですね」


 と和やかに言うが、目が笑っていない。

 怖いのでイヴの同行も伝えると、彼女は春の花のように微笑んだ。


「ジャンヌを連れて行くのは消去法だ。もしも、その商人が俺の想像通りの人物だったら、相性が悪いからな」


「どういうことでしょうか?」


「その商人は英雄の可能性がある。語尾がぜよ、なんて特殊過ぎるからな。もしも、そいつが土方と同じ幕末の人間ならば、敵対した陣営の人物の可能性が高い。喧嘩になったら困る」


「なるほど、だから土方様はお留守番、と」


「そうなればジャンヌを連れていくしかない。消去法だ」


 と言い切ると、俺はイヴを通して、今回の同行メンバーを発表する。


 今回はイヴとジャンヌのみ、と幹部に知らされると、彼女たち以外のメンバーは落胆する、かに見えたが、そうでもなかった。


 特に土方歳三は、最近、妓楼にお気に入りの娘が入ったらしく、彼女に入れあげている。


 まったく、お盛んなことだと思うが、あまり愛でる花を取り替えたら、恨まれるだろうに、と諭すと、土方歳三は平然と言った。


「春には春の花、夏には夏の花、秋には秋の花、冬には冬の花がある」


 至言である。

 と、思うが、いつか女性に刺されないといいが。

 歳三のような男はなかなかに得がたいのだ。

 痴情のもつれで死なれるのは困る。

 そう思ったが、それ以上、余計な口出しはせず、出立の準備を始めた。


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