魔王ザガム、討ち取ったり
部隊をみっつに分けたのには理由がある。
三日以内にザガムを倒すつもりではいたが、それだけではジュチの強力な騎馬隊に対処できないと思ったのだ。
ジュチがやってくる前に防御陣を構築したかった。
「防御陣ですか?」
イヴが控えめに尋ねてくる。
「ああ、土塁や堀を掘る。騎馬突撃できないように簡易の城を作る。さらにそこに槍兵を配置し、鉄壁の守りを作る」
「対騎馬部隊には最良の作戦ですが、敵は弓騎兵を主体にしています。効果があるでしょうか」
「あるさ。あるようにする」
「それに敵がわざわざその誘いに乗ってくれるかも疑問です。強固な防御陣を避け、撤退するかも」
「それは大丈夫だ。必ずここで勝敗を決める」
「もちろん、御主人様の勝利は疑いません。さっそく、準備をさせます」
そう言うとイヴは俺の指示通りに部隊を分けた。
風魔の小太郎が率いるのはハンゾウを主とした忍者部隊。混乱に乗じさせてザガムの首を狙う。
土方には300の兵を与えその混乱を作り出す役。
残りの兵は俺が率いて、防御陣を構築させる。
そんな作戦だった。
彼らはそれを忠実に実行してくれる。
まずは工事担当になったのは、トロールなどの大型の魔物が主体。
彼らならば土塁も易々と運んでくれる。
この場にドワーフのゴッドリーブがいれば、さぞ見事な土塁を積み上げるだろうが、工事の些事はイヴに一任する。
お任せください、と頭を深々と下げ、メイドの象徴ホワイトブリムを見せる。
戦場に似つかわしくない格好であるが、いつものことなので慣れてしまった。
その間、俺は後方から歳三の指示をする。
「お前の役目は敵を混乱させること、敵の陣形を乱してくれ」
「どうすればいい?」
「敵の間に割り込め」
「こちらの陣形も崩れるが」
「それは覚悟の上。乱戦とはそんなもんだ」
こちらの陣形だけ完璧、向こうはバラバラなどという都合のいいことは起こりえない。
こちらも相応に混乱し、被害が出るのは覚悟の上だった。
その策を聞いた歳三はにやりと笑う。
「俺は日本の武州、多摩の喧嘩屋だ。乱戦は大好物だよ」
と嬉々と乱戦に持ち込んでくれた。
その見事な様を見て、俺はこのいくさの勝ちを確信した。
少なくとも三日以内に魔王ザガムの首を見ることができるだろう。
そう思った。
その予言は現実のものとなる。
歳三が乱戦に持ち込んでから二日目、戦局に潮目が訪れる。
強固な敵軍であったが、明らかに浮き足立ち始めたのだ。
歳三が魔王ザガムの副官、ガーゴイルの指揮官を討ち取った瞬間、拮抗していたパワーバランスが崩れ去る。
それを奇貨、好機と見た俺は、温存していた聖女ジャンヌを呼び出す。
「ジャンヌよ、お前の聖剣で血路を開いてくれ」
彼女はわずかばかりも逡巡することなく、「うんなの」と聖剣を取り出し、突撃をかます。
一対一のタイマン勝負は土方歳三に軍配が上がるが、一対多数の戦いはジャンヌに一日の長があった。
神の恩寵を受けた彼女の剣は、一振りで多くの敵を打ち払えるのだ。
黄金色に輝く髪をなびかせながら、黄金の剣閃を振り放つその姿は、悪魔を打ち払う上級天使のように神々しかった。
さすがは聖女様であるが、彼女のその突撃により、戦況は変わる。
浮き足立ち始めたザガム軍は、ジャンヌの突撃によって潰走を始めた。
士気が極度に低下し、戦場を離脱し始めたのだ。
魔王ザガムはそれを見て自軍を叱咤する。
「馬鹿者! あと少し耐えればジュチの援軍がくる。さすれば敵軍を挟撃できるチャンスなのだぞ。あと一日、あと一日がなぜ、踏ん張れぬ!」
魔王ザガムはそう叫びながら、大剣を振り下ろす。
一撃でこちらの兵が数人、犠牲となる膂力であった。
魔王ザガムは戦闘も一流のようだ。
だが、謀略に関しては無知のようであった。
彼は近くに接近する暗殺者の正体に気が付かなかった。
ザガム軍の伝令に扮した『彼』は、馬を器用に操りながらザガムに近づく。
ザガムの旗印を持っていたし、ザガム軍の特有の馬に乗っていたので、周囲のものも彼が仲間だと疑わなかったようだ。
ザガムの近習たちは、伝令の接近を許してしまう。
その伝令は『わざわざ』右側から回り込むと、馬上から言った。
「ザガム、話がある」
と。
馬上から主を呼び捨てにする無礼、それだけで打ち首ものであるが、今のザガムにそのような暇はない。
「なんだ?」
と投げやりに答えると、伝令の魔族は笑った。
「報告したいことはふたつ、ひとつはジュチの騎馬軍団が予定よりも半日、早く到着することになった」
それを聞いたザガムは驚喜する。
よくやった、無礼を許そう。
と大仰に言う。
「して、ふたつ目はなんだ?」
笑顔のままザガムは続けたが、その問いがザガム最後の言葉となる。
「ふたつ目は、お前が予定より半日早く死ぬことだ。もはやジュチとの再会は一生かなわない」
伝令に扮した風魔の小太郎はそう言い切ると、扮装を解く。
一瞬で忍び装束になると、ザガムに一閃を加える。
ザガムの首は戦場高く、飛び上がる。
ザガムが一撃でやられたのにはよっつ理由がある。
伝令を最後まで自分の部下だと誤認したこと。
数日間にも及ぶ包囲戦によって疲労していたこと。
風魔の小太郎の実力が一流であったこと。
小太郎がジュチによって切り落とされた右腕を弱点と看破し、右側から攻撃したこと。
などである。
こうして南方の雄、魔王ザガムは討ち死にを遂げた。
風魔の小太郎は空中でザガムの首を捉えると、そのままそれを本陣に持ち帰り、俺に見せる。
「魔王ザガム、討ち取りました」
淡々とした言葉であった。
喜びを感じられないのはこの男が生来、喜びを表に見せない性格のせいだが、もうひとつ、理由がある。
それはザガムを討ち取ってもザガム軍が崩壊しなかったからである。
いや、逆にザガムを討ち取ったアシュタロト軍に怨嗟の感情をぶつけてくる。
そのことをいぶかしげに口にしたのは、メイドのイヴであった。
「おかしいです。普通、敵の大将を討ち取れば、その軍は瓦解するはず」
当然の疑問であったが、それに対し、俺は悠然と答える。
「普通ならな。だが、もうザガム軍は普通ではない。いや、もはや、あの軍隊はザガムのものではないのだ」
「では誰のものなのですか?」
俺は右手にある方向を指さす。
そこにいた騎馬軍団、それと騎馬軍団を指揮する男を指さす。
「ザガム軍の首領はもはやあの男だ」
と――。
そこにいたのはモンゴル風の衣服を身にまとった男。
ザガムの右腕を切り落とし、魔王軍を支配下に置いた男であった。
草原の覇者ジュチがそこに俺たちを見下ろしていた。
彼はザガムの死体を確認すると、軽く黙祷を捧げ、俺を睨み付ける。
その瞳に憎しみはない。
むしろ敬意に満ちあふれていた。
彼は大声で叫ぶ。
「我が主、魔王ザガムを討ち取るとは、魔王アシュタロト、見事だ。そなたは戦場の勇者とみたり。我が全能をかかげて打ち倒す強者とみたり」
その評価は有り難かったが、初めて見る『敵』の英雄を凝視してしまう。
魔王とは何度もまみえたが、英雄と対決するのは初めてである。
これからどうなるか、不安でもあり楽しみでもある。救いがたいさがであるが、強敵を目の前にするとテンションが上がってしまうのだ。
イヴは「御主人様も殿方ですね」と呆れる。
その通りだ、と笑いを返すと陣内の幹部にもその笑いが広がった。
たしかに我が魔王の性格は救いがたい、と、土方とジャンヌも同調していた。




