魔王軍出陣!
アシュタロト城の軍議の間に幹部を集める。
メイド軍師のイヴ、
新撰組副長土方歳三、
オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルク、
土のドワーフ族の族長ゴッドリーブ、
今回、エリゴス城より招集した人狼のブラデンボロ、
諜報部隊の長、風魔の小太郎も幹部ではあるが、彼は常に諜報活動に勤しんでいるため、今回の軍議に参加できない。すでに部下のハンゾウを連れ、戦場で工作を始めている。
そういった意味ではすでに戦争は始まっていると言える。
出立前に、黒板に周辺の地図を貼りだしているイヴ。
懇切丁寧に状況を報告してくれる。
彼女は指揮棒のようなものをかざしながら口を開く。
その凜とした姿は女教師を想起させた。
「皆様もご存じかと思いますが、南にいる魔王ザガムは、魂魄召喚により異世界の英雄を召喚、彼に全権を与えると瞬く間に周辺勢力を併呑しました」
「召喚した英雄の名は?」
土方歳三が足を机に投げ出しながら尋ねた。
「異世界のモンゴルと呼ばれている国の英雄です。かつてユーラシア大陸を席巻、史上最大の帝国を作り上げた王チンギスハーンの息子――」
「チンギス・ハーンならば知っている。かの源義経が兄頼朝に敗れて大陸に渡り、草原の王者になったらしいな」
「それは俗説だ」
と俺は断言する。
「日本という国ではそれが常識のように語られているが、そんな事実は一切ないから気をつけるように。なんでも起源を主張するのよくない」
戦前、日本国はモンゴル支配を正当化するため、英雄チンギス・ハーンは源義経その人である。などという風説を流布させた。
戦後の今でもそのデマを信じているものが多く嘆かわしい。
チンギス・ハーンは、いつごろ生まれたかが定かでないだけで、父の名も、祖母の名も伝わっている。
彼はまごうことなき、草原の民が生み出した大英雄であった。
「さて、話がずれたが、その大英雄の息子、ジュチが今回の敵だと思ってくれていい」
「魔王ザガムは?」
「言っちゃ悪いが、ザガムは三流だ。恐るべきところはない。無論、侮ることはしないが」
「それだけジュチのほうがヤバイってことかい?」
「その通り。彼の実績は父のチンギス・ハーンには及ばないが、青き狼の息子の名に恥じない」
ジュチ、大英雄チンギス・ハーンの長子。
彼はチンギス・ハーンの第一夫人の間に生まれた嫡出子。
同母弟にチャガダイ、オゴデイ、トルイがいる。
皆、名将の誉れが高く、父の覇業に大いに貢献した。
その中でもジュチの活躍はすさまじく、若いころから父に付き従い父のモンゴル平原統一に貢献した。
東の金という同じ遊牧民を攻めるときも、西の中央アジアを攻めるときも、彼は常にモンゴル軍の前線にあり、武勇を示してきた。
ジュチはその功績により、アジアの西方に広がる広大な領地を与えられ、モンゴル帝国の一翼をになう。
彼の築いた集合体はやがてキプチャク・ハン国と呼ばれるようになり、世界史を選択した学生を悩ませることになるが、その話はまた別の話。
今は彼が中央アジアに巨大な国を作り上げた始祖であることさえ覚えてもらえばいい。
「このような実績を持つ英雄が全軍の指揮を執るのだ。魔王自体よりも警戒すべきだろう」
「道理ではあるな。実際、ジュチという男が指揮を執った瞬間から、俺たちの新領土は切り取られた」
「あっという間だったな。ザガム軍は元々、騎馬を主力にした魔王、ジュチにとって都合がいいのだろう」
それについてですが、とイヴが報告書を読み上げる。
「ザガム軍は、城にある素材で大量の馬を召喚、それにケンタウロスなども召喚したようです」
「なるほどな、馬だけの部隊、機動部隊を編成したのか」
「そのようですね」
「モンゴル軍の数はそれほど多くなかった。馬を主体にし、機動力を活かし、常に兵力を集中運用、それに馬上弓による一方的な攻撃を得意とし、平原に覇を唱えた」
「実際、ザガム軍がかすめ取ったのは平野部の村や街ですね」
「モンゴル軍は攻城戦がそれほど得意ではなかった。戦力を馬に集中させたのならば、なおさらだろうな」
「諸葛孔明様が籠もるデカラビア城は、なんとか陥落をまぬがれています」
「すぐに援軍に行ってやりたいところだが……」
そう漏らすと土方が声を掛けてきた。疑問を呈する。
「かの天才軍師様は、いくさがトラウマになっているそうだが、大丈夫なのか?」
「大丈夫なはず。孔明殿がトラウマとなっているのは野戦だけらしい。防衛戦はお手の物だそうだ、と風魔小太郎から報告を得ている」
「その風魔小太郎はなにをしている。姿を見ないが」
「情報収集に勤しんでいるよ。先ほどのケンタウロスなどの情報も彼がもたらしたものだ」
「ありがたいが、敵の強勢さだけ伝えられてもなあ。弱点も知りたい」
「弱点もあるさ。風魔の小太郎によると、ジュチは呼び出されたとき、ザガムの部下と、ザガムの腕を切り落としたらしい」
「なに、それは本当か。つまり、ジュチはザガムに信服していない、と?」
「英雄は自分が仕えるべき主を選ぶらしいからな、そこに付けいる隙があると思う」
「たしかにその通りだ。それにしてもジュチという男はとんでもない玉だな。自分を召喚したものを斬るなど、聞いたことがない」
「………………」
沈黙したのは、土方歳三との出逢いを思い出したからだ。
彼を召喚したとき、彼は俺に刃を向け、俺の器量を試した。
そのような男が人ごとのように言うのはなにか違う、と思ったが、突っ込まないことにする。
イヴを軽く見ると彼女もそのことに気が付いていたようで、口元を緩めている。
俺は苦笑いを浮かべると、皆に出立の時間を伝えた。
アシュタロト軍の駐屯地に行くと、彼らの士気を高めるために、軽く演説をする。
「これから俺たちが戦うのは、騎馬を主体にした魔王だ。こちらは歩兵が多いが、恐れることはない。騎馬対策はすでにしてある」
と言うと先日作ったトロールの部隊を紹介する。
皆、五メートル近い長槍を持っていた。
それを見た魔物の兵、人間の兵は、「これならば騎馬突撃にも耐えられる」と自信をみなぎらせた。
それを見ていて指揮官たちは気をよくするが、ドワーフの族長ゴッドリーブだけは浮かぬ顔をしていた。
「長槍兵は騎馬突撃には強いが、騎射を主体とする部隊とは相性が悪いのではないか。一方的に攻撃される」
俺は小声で答える。
「ゴッドリーブ殿の心配は分かっています。ですが、ご安心ください。策はあります」
と言い切ったが、ゴッドリーブはその策を聞いてこなかった。
彼にだけは語りたいと思っていたので肩すかしである。
なぜ、尋ねてこないのだろうか、理由を聞くとゴッドリーブは、皺の深い顔をにたりとさせる。
「目の前にいるのは史上最強の謀略の持ち主だからな。必ずその策は成功しよう。ワシはどのようにそれを成功させるのか、後方から観戦するまでよ」
なんでも部下の技術者を集め、酒を飲ませながら俺の指揮を見るのがここ最近の楽しみなのだそうだ。
楽しみならば仕方ない。
ゴッドリーブ殿に俺の小賢しい作戦をしかと目に焼き付けてもらうまでだった。
俺は全軍に出立を伝える。
指揮官、部隊長、兵士たち、すべてが怒号のような歓声を上げた。
腹の底から響き渡るその声を聞く限り、ジュチという英雄が相手でも怖くない。
そう思った。




