夢での再会
魔王ザカムと草原の覇者ジュチとの戦い前夜。
アシュタロト城に兵が集結し、明日、出陣すると決まった日、俺は夢を見る。
普段あまり夢は見ないのだが、その日だけは明瞭な夢を見た。
現実と夢の境目のような夢を見た。
その夜、眠りにつくと俺は夢の中で目覚める。
そこにいたのは俺がこの世界にやってきたときに出会った女神だった。
彼女はなにもない空間でティーカップに指を添えながら、それを口に運んでいた。
俺が目覚めたことに気が付いた彼女は、
「やあ!」
と右手を挙げる。
俺は軽く戸惑う。
「ああ、キミの分の席も作らないとね」
と彼女が言うと、対面に白い椅子が具現化する。
俺がその椅子に腰掛けると、彼女は茶がいるか尋ねてきた。
不要であると伝えると、彼女は茶化してくる。
「夢の中で飲み物を飲むとおねしょをしちゃうものね」
相変わらず子供じみた女神様だったが、その笑顔は出会ったときとなにも変わらなかった。
「そういうわけじゃない。イヴという紅茶をそそぐ名人を知っているから、他の人がいれる紅茶に興味がないだけだ」
「へえ、あのメイドはそんなに紅茶をいれるのが上手いのか」
「名人だ」
と控え目に賞賛すると、彼女はいつかご相伴にあずかりたいね、と言った。
いつでもお招きするよ、と言うと彼女は微笑むが、すぐに眉をひそめる。
「お誘いはありがたいんだけど、女神様はあんまり地上に出向いちゃいけないんだ」
「その代わり地上の人間を夢の中に呼び出すのはありなのか?」
「ありあり。毎晩呼びたいくらいだよ」
「それは困るな。こう見えても日中は忙しい」
「夜くらいゆっくりしたい?」
「したいね」
「それは残念、キミが望むならばサキュバスみたいな夢も見せられるのに」
「それは天下を取ってからお願いするよ」
「へえ、キミは天下を目指しているのか」
「君が目指せと言ったのだろう」
「うん、言った。たしかに言った」
女神様は「うんうん」と、うなずく。
「でもあれは魔王皆に言っているリップサービスなんだよね。魔王になってもすぐ死ぬよ、なんてなかなか言えないし」
「まあ、俺は諦めが悪いというか、ただでは死なないタイプだ」
「うん、それは見ていてよく分かる。よくあんなにも不利な状況からここまできたよね」
「人間、配られたカードで勝負するしかないからな」
「君が持っているカードは現実主義、謀略、魔王の三枚かな」
「優秀な部下、運もある」
「それらを組み合わせて、魔王サブナクを倒し、魔王エリゴスも倒した。あとデカラビアも。たったの数ヶ月でここまで戦果をあげた魔王は、歴史上、キミだけかもしれない」
「負けていたら死んでいたからな。必死なだけさ」
「ボクの目に狂いはなかったということだね。やがてキミは歴史上、最高の魔王と呼ばれることになるよ」
「そうありたい。早くこの世界を統一して平和に暮らしたい」
「キミが大魔王を目指すところはそこ?」
「そことは?」
「天下を目指す理由さ」
「ああ、それか。まあ、そんなところさ。最初は自分の身を守るためだったが、今は違う。
今の俺には守るべき存在がある。
守るべき民がいる。
守るべき部下がいる。
俺の部下には紅茶をいれるのが上手いメイドがいる。彼女の紅茶を毎日飲みたい。
俺の部下には食いしん坊の聖女がいる。俺は彼女に言葉を教えたい。
俺の部下には幕末からきた洒落者がいる。彼と語り合いたい。
俺の部下には霊体となったドワーフがいる。彼といつか酒を飲みたい。
俺の部下にはいくさが嫌いになった軍師がいる。彼と軍略を語り合いたい」
それが俺が天下を取る理由だ。
と言い切ると、女神はひときわ元気な笑顔で言った。
「いい! いいね! いいねボタンを百回クリックしたくなる。この世界には色々な魔王がいるけど、結局、皆、個人的な理由で大魔王を目指している。その中でもキミが目指す理由はとても個人的だ。そして理にかなっている」
平和を目指すために天下を目指す。
喧嘩をしたくないから喧嘩をする。
相反する言葉だが、自分の大切な仲間を守れない人間に平和を語る資格はない。
女神はそう言い切る。
「ともかく、ボクはキミが気に入った。いや、気にいっている」
「ありがたい」
――ことなのだろうか? 不明である。
「本当はこんなに干渉しては駄目なんだ。でも、ボクはまだまだキミの活躍をみたい。だからこうしてキミを呼び出したんだ」
どういう意味だろう。
そう尋ね返そうとしたが、その言葉は届かない。
白い机と椅子で紅茶を飲んでいたはずの女神様はいつの間にか遠くにいた。
いや、俺が遠ざかっているのか?
どうやら夢から覚めるみたいだ。
そんな感覚が身体を包む。
それは向こうも察しているのだろう、彼女は最後に駆け足に言う。
「これからキミは魔王ザガムとジュチ相手に激戦を繰り広げる。その勝敗は秘密だけど、キミは表裏比興のものの二つ名に恥じない戦いをするだろう。
ただ、その激戦のさなか、キミは矢を食らう。
それを回避する方法はひとつだけ。
その方法をズバリ教えてしまいたいのだけど、女神はあまり地上のことに干渉できない。
だからヒントだけ言うね。
これからキミは目覚める。
そこで可愛らしいメイドさんと、金髪の聖女さんがやってくる。
彼女たちはキミを窮地から救ってくれる存在。
彼女たちがくれるプレゼント、そのどちらかを選んで。そうすればきっと――」
そこで女神の言葉は途切れる。
それと同時に現実世界の俺は目を覚ます。
寝室の窓から朝日が漏れている。
窓の外から雀の鳴き声が聞こえる。
清涼感漂う朝であった。
静寂に包まれた朝。
とても出陣する日とは思えなかったが、本日夕刻、俺は軍を率いてアシュタロト城を出立する。
そのことを思い出すと同時に、夢での記憶が薄れていく。
朝起きたとき、昨晩見た夢を忘れてしまうかのように、先ほど話した女神の記憶が遠ざかっていく。
そして俺の記憶から女神の夢が完全に消えたとき、こんこん、と俺の部屋を叩くノックの音が聞こえた。




