以心伝心
魔王ザガムが魔王デカラビアから受け取った形見の弓。
それをクラインの壺に入れると、クラインの壺は神々しい魔力をまとう。
ザガムは今まで英雄召喚を見たことがない。
いつもとは違う雰囲気に少し臆するが、すぐになれると煙が晴れるのを待った。
煙が晴れた場所にいたのは変わった衣服を身にまとった男であった。
ゆったりとした衣服をまとい、妙な帽子をかぶっている。
衣服の上からは鎧をまとっているが、それもこの世界のものではなかった。
異世界の英雄ならば異世界の鎧なのだろうが。
それにしても――、
ザガムはため息をつく。どのような英雄が出てくるかと楽しみにしていれば、このような小男が出てくるとは。
これでは漂流物を売り払って、傭兵でも雇ったほうがましだったのではないか、そう思った。
というか、そう口にしてしまった。
その愚痴に対し、男は答える。
「魔王ザガムよ、我はたしかに小兵なれど、かつて世界一の王と一緒に草原を走り回った。その辺の雑兵ならば片手で百人は殺せる」
「百人とは大きく出たな。しかし、世界一の王とは誰だ」
「その王の名は青き狼チンギス・ハーン。我が可汗にして、我が父だ」
「チンギスハーンだと? 聞いたことがないな」
ザガムは異世界の事情にうとい魔王だった。
それだけならばいいのだが、彼は無駄に自尊心があった。
それが彼の欠点であり、人心を得られない理由である。
そしてその欠点により、彼は死にかけることになる。
「チンギス・ハーンだか、ジンギスカンだか、知らないが、世界一の王を名乗るならば、まずは俺を倒せ、と伝えよ。俺はお前の父の千倍強い」
その言葉を聞いた瞬間、男の表情は変わる。
物静かで柔和さを見せていた男の両眼が赤く光ると、腰からモンゴル独特の曲刀を抜き放つ。
目にも止まらぬ速さでザガムの懐まで入り込むと、
一閃、
を加える。
ひゅい、という音がしたかと思うと、ザガムは恐れおののいた。
自分の目にも映らぬ速さで動く男の動きに。
自分を呼び出した魔王に躊躇なく襲いかかる反骨心に。
自分の腕をあっさりと切り落とすその剣の技量に。
見ればザガムの右手は床に落ちており、そこには大量の血だまりができていた。
黒い血がしたたり落ちる。
通常、召喚した王を切りつければその場で無礼打ちであるが、それはできなかった。
なぜならば横に控えさせていた魔族の幹部、人間の傭兵たちの首がすべて跳ね飛ばされていたからである。
ザガムをかばおうとしたもの、男を殺そうとしたものは、皆、その曲刀の餌食となった。
ザガムもまた、その圧倒的な技量の前に動けないでいた。
このままでは殺される。
そう思ったザガムは、彼の父を侮辱したことを謝った。
それで許されるかは分からないが、ともかく、命惜しさに頭を下げた。
それを見ていた男は、悪鬼のような表情をやめ、温和さを取り戻すと、こう言い放った。
「モンゴル人は父を重んじる。義を重んじる。俺は双方を重んじる。父を侮辱されれば主とて斬る。今後、気をつけてくれ」
魔王ザガムは、こくこく、と二回ほど頭を下げると、その言葉に従った。
切り落とされた腕の治療を受けながら、ザガムは尋ねる。
「御名は、御名はなんというのだ」
「俺の名はジュチ。……青き狼の息子。史上最大の帝国を築いた男の長子。
俺を配下にしたからには、貴様を、
この世界の王にしてやろう。
ともに行こう。
どこまでも。
地の果て、空が尽きるまで、
そのすべてが我らが領土となる」
ジュチはそう言い切ると、深々と頭を下げた。
このようにザガムという男は御しがたい英雄を手に入れた。
その情報はアシュタロト城にいた俺の耳にも届く。
我が軍の諜報部隊が優秀ということもあるが、特に諜報活動をしなくてもその情報は容易に耳に入った。
なぜならばザガム軍が急激に拡張したからである。
青き狼の息子ジュチを配下にしたザガム軍は、たったの一ヶ月で勃興した。
急激に勢力を広げた。
魔王ザガムはジュチを総司令官に据えると彼に用兵に関するフリーハンドを与えた。
資金や素材も潤沢に注ぎ込んだようだ。
城の宝物庫にあった金銀はすべて馬に変えた。
元々、強勢な騎馬軍団を持っていたザガム軍はそれによって騎士団規模の騎乗兵を持つことになる。
素材も惜しみなく使った。
騎馬兵と相性のよいケンタウロス族を召喚し、機動部隊を組織させた。
騎馬兵は皆、短弓を持ち、馬上弓を撃てるように訓練させているらしい。
そのような軍隊を、歴史上最大の版図を築いた男の息子が指揮するとどうなるか。
とてつもない化学反応が生まれるに決まっている。
ジュチはみずから陣頭に立ち、俺の領土を侵攻する。
彼はあっという間に旧デカラビア領の半分をかすめ取った。
残すはデカラビア本城それだけとなりつつある、という報告を忍者ハンゾウから受ける。
今、なんとか持ちこたえているのは、デカラビア城に籠もる諸葛孔明が、その知謀によって侵攻を防いでいるからにほかならない。
という報告を受ける。
ならば一刻も早く、孔明の援軍に向かうべきであった。
俺は北方の都市、エリゴス城から人狼の部隊を呼び出す。
この際、北方の都市は空にしてもいいと告げる。
その大胆な作戦を聞いた部下は目を丸くするが、俺は説明する。
「ここで俺の布石が役に立つ。俺は周辺都市に『謀略の王』『表裏比興のもの』と呼ばせているからな。そんな王が城を空にする。周辺勢力は『罠』だと勘ぐってくれるはずだ」
「たしかにアシト様ならばなにかする、と疑うでしょうな」
とある魔族の幹部は言う。
「これは『空城の計』という謀略だ。異世界であの孔明が用いた作戦だ。
彼は宿敵司馬懿との戦いでこの戦法を用いた。
数で劣る自軍の弱点を補うかのような作戦だ。
ある日、攻め取った城に敵の大軍が向かっているという報告を受けた孔明は、あえて城を空にし、門を開け放った。
隙だらけの城を見せることによって、相手に疑心を抱かせる策を考えたのだ。
かがり火を焚き、司馬懿の兵を招き入れるような仕草もしたという。
用心深い司馬懿は孔明の罠を恐れ攻め込まなかったという」
「孔明が考えた作戦で孔明を救うのか。魔王はすごい」
と聖女ジャンヌが褒め称えてくれる。
「これも御主人様が根気よく噂を流していたおかげですね」
イヴは言う。
「ああ、卑怯者、策謀家という噂は信頼度も失わせるが、このようなときに役に立つ」
実際、エリゴス城を空にし、人狼部隊を南下させても、周辺の勢力は一切、攻め込んでこなかった。空城の計は大成功である。
「……とまあ、これで魔王ザガム。いや、ジュチという男と互角に戦う兵力は確保できた。孔明もまだ数週間は耐えてくれるだろう。あとは俺の指揮官としての能力が試されるというわけか」
かの英雄ジュチ。
世界史上最大の帝国を築いた男の息子。
そんな将軍と戦えるかと思うと、ワクワクドキドキしてくる。
我ながら度しがたい性格だと思ったが、それは部下も同じようで、
聖女ジャンヌ、
鬼の副長土方歳三、
ドワーフの族長ゴッドリーブ、
人狼部隊の長、
その他すべての幹部たちも似たり寄ったりの顔をしていた。
メイドのイヴはそのことを指摘すると、「主の性格が以心伝心するのですね」
と淑女のように微笑んだ。




