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魔王ザガム †

side 魔王ザガム


 アシュタロト城の南方にある魔王ザガムの城にて。



 魔王ザガムの城にあるクラインの壺の間。


 クラインの壺とは素材をいれることによって魔物や英雄を呼び出すことができる魔法の壺である。


 各魔王の城にひとつずつ設置されており、これだけは壊すことも移動することもできない。


 聞くところによるとこの壺だけはデザインが共通で、72個ある壺すべては同じデザインと聞くが、骨董品に興味のないザガムにはどうでもいいことであった。

 ザガムが興味あるのは、この壺から出てくる人物である。



 ――先日のことである。


 その日もザガムは、魔族や人間の美女を集め、酒池肉林の宴をもよおしていた。


 文字通り浴びるように酒を飲み、女を抱いていたが、その宴を邪魔するものが現れる。


 それは宿敵であるデカラビアの使者であった。


 ザガムは最初、使者とは会うまいと思った。元々、デカラビアとは折り合いが悪く、顔も見たくないという間柄。


 やつ本人がきたというのならば話は別であるが、使者に会う道理はない。


 ましてや今は宴の最中、旨い食事に踊り子の舞、歌姫の歌は宿敵との対話よりも何倍も大事であった。


 しかし、ザガムはその方針を変える。

 使者の到来を告げた部下の報告が想像以上に真剣だったからである。


「ザガム様、デカラビアよりの使者ですが、全身が傷だらけでして、無数の矢傷、刀傷、やけどを負っています。傷の手当てよりも主よりの伝言を届けるのが先であると大声でわめき立てております」


 ザガムとてさすがにそこまで聞けば、事態が尋常ならざるものだと気がつく。


「分かった。通せ」


 と使者を呼ぶ。

 使者は当然、全身を精査されたが、持っていたのは弦の切れた弓であった。


 ザガムの部下はそれを取り上げようとするが、これだけは渡せぬ、と使者は拒否をした。


 そこで一悶着あったのだが、矢もなければ弦もない弓でザガムに危害を加えることなどできない。


 ザガムは特別に弓の持ち込みを許可した。


 それは王としての器量を見せるというよりも、単に面倒だっただけなのかもしれない。


 早く宴の席に戻り、サキュバスと心ゆくまで楽しみたい、というのがザガムの本音だったのかもしれないが、その本音がかなえられることはなかった。


 デカラビアの使者は、半死半生のていでザガムの前に出ると、主であるデカラビアが死んだことを伝える。


 さすがにその報告には驚くザガム。


「むむ、まさかあのデカラビアが。いつか俺が討ち取るつもりでいたが、やつはどうして死んだのだ? 誰にやられた」


「デカラビア様は北方に生まれたという謀略の魔王に討ち取られました」


「なんだと、あの噂の表裏比興のものか」


 むむう、と、うなるザガム。

 使者は答える。


「その異名に偽りはありません。我が主デカラビアとアシュタロトの勢力はほぼ拮抗。いや、我が軍が上回っていた。しかし、アシュタロトはたったの二週間でその差をくつがえした」


「どのような魔法を使ったのだ?」


「やつは異名の通り、謀略を用いました。まず偽の金貨を作り出し、それを我が領内に運び込む、その情報をわざと流し、我らに奪取させる」


「それをもって宣戦布告されたのか」


「それだけではありません。偽金を戦力増強に使うと読んでいたやつは、即座に軍を編成し、攻め込んできた」


「まんまと偽金を使って、傭兵、住民の信頼度を失ったときに攻め入ってきたということか」


「は。まさに悪魔のような謀略でした」


「たしかに末恐ろしい魔王よ。俺にはとてもそんな謀略は思いつかない」


 ザガムは無能ではない。


 相手の力量を過小評価することはないので、素直にアシトの知謀の恐ろしさを認めた。


 ただ、この男とて魔王。自尊心の高さはデカラビアにも勝る。


「たしかに謀略の王だが、謀略とて万能ではない。デカラビア領を吸収したとはいえ、今ならば勝機は俺にもあるはず」


「その通りです。今はまだやつの戦力は増強されていない。それにデカラビア軍の残党はことごとくあなたに味方するでしょう」


「それは頼もしいが……」


 と言葉を濁したのは、おめおめとアシュタロトに侵攻を許したデカラビアの部下たちを吸収しても戦力にならない、そう思ったようだ。


 使者もそれを察したので、本題に入る。


 使者がこの場所にやってきたのは、矢を受けてまで、刀傷を負ってまで、ここまで這ってきたのは、主の(かたき)を取るためであった。


 そのためならばどのような恥辱にも耐えるつもりだった。


 意を決した使者は、先ほどから後生大事に持っていた『壊れた弓』を両手でかかげる。


 怪訝な表情をするザガム。


「なんなのだ、それは」


「これは我が主が隠し持っていた『漂流物』でございます」


「漂流物だと!?」


 漂流物とは異世界から漂着した英雄縁故の宝物である。

 これをクラインの壺に入れるとその漂流物由来の英雄を召喚できるのだ。


 異世界の英雄は絶大な力を持っており、何人、英雄を配下に持っているかによってその魔王の戦力が決まる、とされるほどの重要な存在だった。


 それをただでくれるというのは気前のよい話であるが、なにか裏があるのではないか、とザガムは思った。


 使者は平然という。


「この漂流物はデカラビア様の切り札中の切り札。本来はあなたを倒すために用いられるはずだった」


「しかし、その前にアシュタロトにやられてしまったというわけか」


「残念ながら。しかし、デカラビア様は己を殺したものを許しません。死して復讐の鬼なることをお望みです」


「つまり、その漂流物を使い、俺に敵を討て、と?」


「……その通りでございます」


 とデカラビアの使者は断言すると、そのまま倒れた。

 どうやらここで張り詰めていた緊張が途切れたようだ。

 最後の気力を振り絞り、ここまでやってきて漂流物を渡した。

 あとはそれを受け取ったもの次第、もはや自分は不要だと思ったのだろう。

 使者はそのまま意識を失い、冥府への門をくぐった。


「なかなかに見事な男であった。手厚く葬ってやれ」


 ザガムが部下に命令すると、ガーゴイルの衛兵が指示に従った。



 ――上記が三日ほど前のことである。


 このような経緯で手に入れた漂流物であるが、ザガムはそれをクラインの壺に入れるか迷っていた。


 デカラビアが切り札だと言っていた漂流物だ。さぞ、強い英雄を召喚できるに違いなかったが、それゆえに臆してしまう。


 英雄は仕えるものを選ぶという。

 これから召喚する英雄は自分に従うだろうか。

 そんな打算を考えてしまうのだ。

 しばし、考え込んだが、結局、ザガムは『漂流物』をクラインの壺に入れる。

 ここで迷っているようだと部下に侮られる、と思ったのだ。

 それに魔王アシュタロトという王は想像以上に手強い。

 このまま正面から叩けば負けるのはザガムだろう。

 デカラビアの二の舞にはなりたくなかった。

 ザガムは口を一文字に結ぶと、決心する。

 

 例えどのような英雄が生まれようとも、君臣の秩序を教え込み、配下として使役してやる。


 その英雄を使い謀略の魔王アシュタロトに対抗してやる。

 そんな気持ちでデカラビアの置き土産である『弦のない弓』を入れた。

 この弓はいわゆる短弓というやつで、馬上でも扱いやすくなっているようだ。

 もしかしたら、名のある弓使いがこの漂流物の持ち主なのかもしれない。

 ザガムはそう思った。

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