魔王は名宰相
アシュタロト城の城代であるゴッドリーブと人狼の部隊の隊長との諍いは、俺が調停することになった。
といってもそんなに大それた策があるのではなく、単純に医療が必要不可欠であることを教えるだけだった。
俺は人狼の隊長を呼び出すと対話する。
「人狼よ、お前は今回の論功行賞が納得いかないようだな」
「はい。俺たちの部隊が一番活躍したのに、勲功一番が医療部隊だなんて納得がいきません」
「しかし、お前も傷を負えば医者に診てもらうのではないか」
「人狼は【回復】のスキルを持っています。ちょっとした傷ならばすぐ直る。俺は大怪我を負ったことがない」
なるほど、だから医療を軽視するのか。
ならば――、と俺はイヴに食事を用意させる。
執務室に並べられる様々な料理。
肉は羊に豚、牛、なんでもある。
チーズたっぷりのピザに、甘いケーキなども山ほど用意されている。
「こ、これは?」
と生唾を飲む人狼。
「これは日頃の感謝を形にしたもの、それと論功行賞代わりのご馳走だよ」
「それは有り難いですが、結局、判定はくつがらないのですか?」
人狼の男は残念そうに尋ねてくる。
「まあな、ただ、その理由はいずれ分かる。ともかく、食べてくれ」
というと人狼は渋々食べ物を口に運ぶが、一口食べると、目を見開き、「なんだこりゃ」と食べる速度を速める。
どうやらイヴが作ったご馳走をいたく気に入ったらしい。
まるで育ち盛りの子供のような食欲を発揮している。
「旨いか?」
「旨いなんてもんじゃないですよ。魔王様はいつもこんなに旨いものを食べているのですか?」
「基本的にはな。でも、毎回、こんなに豪勢ではないぞ」
普段は慎ましく、前菜とメインディッシュとパンのみの料理を食べている。
「すげーな。いいなー」
と人狼は料理を食べるが、彼がすべて平らげるのに、20分と掛からなかった。
人狼の食欲はすごいな、と思った。
人狼はこれで一時的に気をよくしたのだろう、それ以上、論功行賞には触れず、去って行った。
イヴは人狼が食い散らかした食いカスを片付けながら、尋ねてくる。
「これが御主人様の策でしょうか?」
「いや、毎日、飯を食わせば納得すると思うが、それでは食費がな。なので策は別にある」
と俺は懐から小瓶を取り出す。
「実はこの特殊な秘薬を人狼の料理に混ぜた」
「それは?」
「これは絶対に虫歯になる秘薬だ」
「まあ、そんな秘薬が」
「クラインの壺に素材を入れていたら偶然できあがってな。役に立たないと思っていたものも、いつか役に立つ日がくる」
「ですが、人狼を虫歯にしてどうするのです?」
「その答えはすぐ分かるさ。見ているんだ」
「御意」
とイヴが深々と頭を下げてから、三日後――
人狼の男は頬を押さえながら部隊の訓練をしていた。
部下が不思議そうに尋ねてくる。
「隊長、どうかしたんですか? さっきから頬を押さえて。それに最近、機嫌が悪い」
その言葉に人狼はすぐに激怒し、
「うるせえ! なんでもねーよ!」
と返すが、なんでもはあった。
人狼の隊長は虫歯になっていたのだ。しかし、そのことを部下には相談できず悩んでいた。
こういうときはどうすればいいのだろう。
人狼は三日三晩悩むと、ついに痛みで眠れなくなり、街の歯医者に向かった。
そこで人狼は初めて歯の治療を受けるのだが、歯医者は人狼の虫歯を一瞬で抜き去ると、人狼の悩みを取り除いた。
その鮮やかな手さばき、それに患者にあまり痛みを与えない技術に感服する人狼。
「先生は素晴らしいです」
と褒めちぎり、医師の手を握るが、人狼はそのときやっと気が付いた。
医師の貴重さに。
今回はただの虫歯であったが、もしも戦場で深手を負えば治療をするのは彼らなのである。 彼らはいつ流れ矢がくるかもしれない。
いつ奇襲を受けるかも分からない場所で、必死に命を救っているのだ。
それに気が付いた人狼は涙を流しながら医者に非礼を詫びた。
医者はよく分かっていないようだが、「これからは歯を大切にするように」と痛み止めの薬を出し、人狼を帰らせた。
こうして人狼は以後、論功行賞に文句を付けなくなった。
その経緯を聞いたドワーフのゴッドリーブは、こう言い放ったという。
「アシト殿の采配はまさしく、名宰相。その手腕はきっとこの大陸を統べるときも役立つだろう」
と――。




