アシュタロト城への帰還
頼りになる魔族の武官、それに人間の傭兵隊長を残し、デカラビア城を旅立つ。
俺の本拠は魔王アシュタロト城、ゴッドリーブが留守役を務めてくれているとはいえ、いつまでも空けているわけにはいかなかった。
アシュタロト城へ続く街道を北上すると、麗しの居城が見えてくる。
北部に旧エリゴス城、南部に旧デカラビア城を手に入れたことになるから、あとは東西に領地を持てば、アシュタロト城は安全な地域になる。
そう思ったが、そうそう上手くことが運ぶわけもなく、魔王デカラビアの次は魔王ザガムであった。
ザガムと対峙する前に、内政を充実させ、彼の情報も集めておきたかった。
なので風魔の小太郎を呼ぶが、彼が現れる前に、執務室の席に座ると背筋を伸ばす。
長らくこの城を空けていた。
長旅に戦争もしたし、疲れが溜まっている。
座り慣れた椅子に座って回復しようとしたが、なにかが足りないな、とすぐに違和感を覚える。
この座り慣れた椅子には欠かせないものがあったはず。
それはなんだったろうか。
と思い起こしていると、メイドのイヴが答えを持ってきてくれた。
彼女は銀のワゴンに紅茶とスコーン一式を持ってくると、天使のように微笑みながら、紅茶を注いでくれた。
そう、この香りだ。
俺の執務室はいつも紅茶の香りが包まれている。
イヴというメイドが入れてくれた最高の紅茶を飲みながら、疲れを癒やすのが俺の日常となっていた。
最後の孔明の庵への訪問に、彼女を連れていかなかったので、久しく彼女の紅茶を飲んでいなかったことを思い出す。
もはや俺にとってイヴのいれてくれる紅茶は、嗜好品というよりも、空気や水と同じものになりつつある。必要不可欠なものなのだ。
ちなみに道中、同伴した麗しい女性が、頼みもしないのに紅茶をいれてくれたが、彼女は紅茶を目分量でいれるし、蒸らしもしないし、温度も適当。それに軟水ではなく、硬水を使うから、とてもまずかった。
彼女の名誉のために聖女『J』としておくが、彼女は剣の名手ではあっても、紅茶に関しては素人以下だった。
なので道中、自分で紅茶をいれて飲んでいた。その味はジャンヌがいれるよりもましという程度であった。
あらためてメイドのイヴの大切さを思い知ったが、そのイヴが訪ねてくる。
「御主人様がこの城を留守にしている間、ドワーフのゴッドリーブ様はよく統治してくださいましたが、ひとつだけ問題が発生しました」
「問題?」
問い返すと、イヴがうなずく。
「どうやら御主人様がいない間にこの街で争いが発展したようです。その裁定に不満を持っているものがいるらしく」
「なるほど、どのような争いだ?」
「経緯はこうでございます」
とイヴは得々と語り出した。
魔王デカラビアとの戦いを後方から支援するドワーフ族の族長ゴッドリーブ。
彼はこの城から訓練を施した魔物や人間を絶え間なく送り出してくれた。
その援軍たちは大いに活躍し、デカラビア城は落ちたわけだが、その後、兵たちの貢献度から割り出される論功行賞が物議をかもしだした。
ゴッドリーブは、一番手柄を上げた人狼部隊を二番手柄としたのである。
「なんとそんなことが。ちなみに一番手柄は誰にしたのだ」
「それなのですが」
とイヴも意外という表情を崩さず、話し始めた。
ゴッドリーブは先のいくさでの一番手柄を人狼部隊とはせず、人間の部隊に与えたのだ。
それも傭兵や兵士ではなく、前線では戦わなかった医療班に与えた。
彼らは多くの人命を救ったことが評価され、戦功一番とされたのだ。
それを聞き俺はさすがはゴッドリーブ殿、と思ったが、イヴはそうは思わなかったようだ。
「たしかに医療班の医師や神官の功績はとても素晴らしかったですが、いくさなのですから槍働きで評価すべきかと」
「まあ、そうなのだが、デカラビア戦ではかなり余裕があり、援軍自体あまり活躍できなかった。たしかに人狼部隊は大活躍したが、他にも活躍した部隊はたくさんある。こういうときこそ日頃、陰ひなたなく働いている医療部隊に着目すべきなのではないか」
その言葉を聞いたイヴは納得したらしく、「さすがは御主人様です。そのような配慮があったとは」と感服している。
「まあ、最初に思いついたのはゴッドリーブだ。そして俺は彼の行動を支持する」
「しかし、粗暴な人狼の隊長は納得いかない。あのドワーフのじじいを殴る、と息巻いています」
「老人は大切にしないといけないし、ゴッドリーブ殿は幽霊。殴れない。というわけで、なんとか丸く収める方法を考える」
俺は自身のあごに手を当てると策を練りだした。
その姿を見てイヴはくすくすと笑いながら二杯目の紅茶を注いでくれる。
なにがおかしいのだろうか、尋ねてみる。
「……いえ、御主人様は戦場でもお城でも常に考えごとをされて大変だと思いまして」
「たしかにその通りだ。休まる暇がない」
「謀略の王は常に考えを巡らせないといけないのですね」
「そうだな。今回、俺は諸葛孔明という軍師を得たが、もっと軍師を揃えたいな。司馬懿……は、孔明と仲が悪そうだから遠慮するとして、黒田官兵衛、竹中半兵衛、山本勘助、太公望、耶律楚材、なんか東洋に偏っている気がするが、西洋は文官と武官の境目がはっきりしていないからなあ」
と聞かれてもいないことを愚痴ると、俺は先ほどのもめ事の解決策を思いついた。
それを聞いてイヴは、
「さすがは謀略の王です。御主人様には軍師は不要でしょう」
と言い切った。
信頼されるのは有り難いが、毎回、頭をひねらせる王の気持ちも理解してほしかった。




